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281.お清めの儀式

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 美羽と隼斗は、それぞれ女湯と男湯の暖簾の前に立った。

「じゃ、あとでな」
「うん……」

 心細い気持ちを押し隠し、美羽は女湯の暖簾をくぐった。脱衣所にはちらほらと人がいて、中には小さい子供もいた。

 ここに住んでるわけじゃ……ない、よね。

 タクシーに乗っている時、この近くに学校は見えなかった。それどころか、病院やスーパー、ガソリンスタンドさえも……いや、あるにはあったが、縄が張られて閉鎖されていた。

 もし、こんな過疎地の閉ざされた教団施設で子供が育っていくのだとしたら……と考えたら、恐ろしくなった。

 美羽は着ていた服を脱ぎ、ロッカーに入れた。ここにいる間はもう、この服を着ることはない。教団のトップである先生以外は私服を禁じられ、白い作務衣を着ることになっているからだ。

 毎回、来たくないと思いつつもここに来るのは、母親への贖罪からだ。もし自分が弟との禁忌愛を犯さなければ、母は怪しげな新興宗教に入れ込むことはなかった。 

 タオルで前を隠し、浴室の扉を開ける。扉を開けた目の前には、白い作務衣を着た中年の女性が神妙な顔つきで立っていた。

「お清めいたします」
「お願い……します」

 美羽がタオルを外して裸体を晒すと、女性の表情が不審な顔つきになった。

「あなた、それ……」

 胸元を指さされ、美羽は俯いた。そこには、類に嵌められたままのネックレスが掛かっている。

「アクセサリーは外しなさい」
「す、すみません……鍵が、なくて。外せないんです……」

 自分のSM趣味を曝け出しているような気持ちになり、美羽は恥ずかしさで縮こまった。

 女性は美姫の首に掛かっている南京錠を手に取り、本当にネックレスが外れないか確認している。

 もし、チェーンを切られてしまったら……それを見つけた時、類はなんて言うだろう。どんな態度に出るんだろう。

 不安に思いながら立っていると、女性の手が南京錠から離れた。

「まぁ、外れないなら仕方ないわね」

 その一言に、ホッと美羽は息を吐いた。

 女性がかめから水を柄杓で汲み上げ、美羽の躰に水を掛ける。

「ック……」

 氷水のような冷たさに、一気に背筋が震える。女性はそんな美羽に気遣うことなく、次は頭から冷水をかぶせた。

『悪魔よ、出て行け!!』

 その声にハッとして瞑っていた目を開けて目の前の女性を見つめたが、発せられたのは彼女からではなく、記憶の中の声だった。

 二度、三度と頭から冷水を浴びせられ、美羽の躰が芯から冷えていく。

『清め給え! 清め給え! 清め給え!!
 幸福阿吽! 幸福阿吽! 幸福阿吽!!』

 ひとりの女性を中心にして、美羽は周りを取り囲まれていた。その中には母の姿もある。

 美羽は全裸で立たされ、周りの女性から冷水を浴びせられた。

『やめて! も……やめて!!』

 抵抗しようとしても両手を掴まれて拘束され、逃げ場を閉ざされる。目の中にも、口の中にも、鼻腔にまで水が入り込み、喉と頭の奥がキーンと鋭く痛む。

 華江が不敵な笑みを浮かべて、美羽を見下ろしていた。



『さぁ、悪魔を……類を、あなたの中から追い出すのよ!!』



 嫌。嫌だ。やめて……
 類、助けて……類、類っっ!!

「ッハ!」

 肌にザラッとした感触が這いずり回り、記憶の底なし沼から引き摺り出された美羽はブルッと躰を震わせた。女性が別の甕に入っている塩を手にし、美羽の全身に擦り込んでいる。

 あぁ、あの日私は……入信、させられたんだ。

 寒さに加え、他人の手で全身を触られていることへの恥ずかしさと気持ち悪さに躰がガクガクする。塩は躰だけでなく、髪の毛にも丹念に擦り込まれた。それが終わると、再び冷水をバシャバシャと掛けられる。

 ようやく、女性の手が止まった。

「お清め終わりました」
「ありがとうございました」

 冷え切った躰で、L字型に並んだ洗い場へと向かう。

 一番端に座り、蛇口を捻る。お湯の蛇口があるものの、使うことを禁じられているため、頭のてっぺんから足の先まで水で洗わなければならない。置かれているのは、全身用のシャンプーがひとつだけだ。

 浴場には1つの大浴槽と薬草風呂、電気風呂、水風呂、そしてサウナがあるのだが、『お清めの儀式』では、水風呂のみ浸かることになっている。

 美羽は唇を紫にさせ、震えながら、ゆっくりと爪先を沈めていった。

「つめたっ!! やだよー、ママーッ!!」

 先ほどの女の子がお清めの水をかけられ、泣き喚いているのが聞こえてきた。母親は女の子を宥めつつもしっかりと体を掴み、水を浴びさせている。

 不憫に思いながらも、あの子はここで暮らしているのではなかったと安堵もした。

 お清めを終え、浴室から出る。ロッカーからバスタオルを出して躰を包むと、その温もりがありがたかった。ジンジンとしていた痛みのような冷たさがようやく温かさへと変わるにつれ、血色が少しずつ戻ってきた。

 白い作務衣に着替え、髪を乾かすために洗面台の前に立つ。

「髪の毛を乾かしたら、纏めてくださいね」

 掃除をしていた女性がシンクの横に置かれたヘアゴムを指差し、美羽は頷いた。ドライヤーはないため、丁寧にタオルで髪を乾かし、後ろにひとつで髪を纏める。

 ふと横を見ると、洗面台に立つ3人の他の女性も同じ服装、同じ髪型で並んでいて、薄気味悪さを覚える。

 早く済ませて、帰りたい……

 まだ来たばかりだというのに、美羽の心が重苦しくなった。

 女湯を出ると、隼斗が待っていてくれた。

「寒くないか?」
「うん、大丈夫」

 美羽は微笑みながら、隼斗がここにいてくれることに感謝した。
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