上 下
256 / 498

250.とんだ勘違い

しおりを挟む
「あまり遠くまで行くのもまずいからな」

 そう言って、40分ほど走ったところで隼斗が車を停めた。

「少し歩くが、大丈夫か?」
「うん」

 そう答え、美羽が車から外に出た途端、ビューッと強風が吹きつけてきて髪が乱される。

 手で髪を抑えながら海側に視線を向けた美羽は、感嘆の声を上げた。

「凄く綺麗……!!」

 舗装されたプロムナードの対岸にコンテナ埠頭の薄オレンジや赤、黄色といった温かみのある光が横に広がり、その下の真っ黒な海に光のみがぼんやりと照らし出されている。コンテナ埠頭の奥に建ち並ぶ縦に伸びたビルの窓からは青みを帯びた白熱灯の光が灯っていた。なんの規則性もない無秩序な並びにも関わらず、計算されたかのように美しく感じる。
 コンテナの手前には、巨大な『海のキリン』とも呼ばれている、埠頭には欠かせないガントリークレーンのシルエットが黒く浮き上がっていた。

 幻想的な光景に目が奪われ、いつしか歩みが止まっていた。少し前を歩いていた隼斗が立ち止まった美羽に気付いて振り返った。

「青海南埠頭公園だ。すぐ隣接してるのが青海コンテナ埠頭、対岸にあるのが大井コンテナ埠頭、その奥が品川シーサイド。都会の海の夜景も、悪くないよな」

 指で指しながら説明した隼斗が、美羽に微笑みかける。その笑みは、決して職場では見られない、優しさ溢れる柔らかいものだった。

 夜中の真っ暗な海はどことなく薄気味悪くて、高く押し寄せる波が大きな口を開けているかのようで、呑み込まれそうな気がして怖いと思っていたが、こんな光景なら温かい気持ちになれる。

「寒くないか?」
「うん、大丈夫」

 そう答えたものの、本当は少し寒い。もっと厚着をしてくるべきだった。

「ちょっと、待ってろ」

 そう告げて、隼斗が速足で去っていった。少しの心細さを覚えながら、夜景を目の前にフェンスに躰を預けた。これから聞かれるであろうことを想像して、憂いの表情が美羽に浮かぶ。

 背後から微かな足音が聞こえて顔を向けると、隼斗の逞しい腕が缶と共に伸びてきた。

「飲むか?」
「ありがとう」

 ミルクティーの缶を受け取り、笑みを見せた。無骨に見えて、細かい気配りのできる隼斗はモテるのだろうなぁと心の中で思った。

 缶を傾けると甘いミルクティーが口の中に満たされ、それから喉元が熱くなり、全身が毛布に包まれているように温かくなった。

 それはまるで、隼斗の存在のようだと感じる。

 隼斗が美羽の隣に立ち、黙ってホットコーヒーの缶を傾けた。どうやら、自分から口を開くつもりはないらしい。

 美羽はどうしようかと思ったものの、意を決して口を開いた。

「隼斗兄さん……今日私を連れ出してくれたのって、お付き合いしてる人の話を私がお母さんにしたからだよね?」

 隼斗が口からコーヒーの缶を遠ざけ、美羽に視線を向けた。



「美羽……お前、付き合ってるやつがいたんだな。だが、結婚まで考えてたとは……」



 隼斗の言葉に、美羽は慌てて口を挟んだ。

「えっ、隼斗兄さん!? ちょ、私、彼氏なんていないよ!」
「そう、なのか?」
「そうだよ!! ただ、福岡に行きたくなくて咄嗟に嘘ついただけで……」

 時々隼斗と会話が噛み合わなくなることがある。どうしてそんな思考になるのか、美羽には謎だった。

「じゃあ、あの名刺はなんだったんだ?」

「あれ、は……
 今日、結婚を前提に付き合って欲しいって言ってきた常連さんから渡されて。隼斗兄さんも、知ってるでしょ? ほら、朝野さん! みんなが騒いでたじゃない」
「ん? あぁ、そういえばそんな話してたな。あの名刺は、その客のものだったのか。すまん、どうも名前を覚えるのは苦手でな」

 どうしてあの名刺を見て、それと結びつかなかったのか、その方が美羽には理解できなかった。
 
 隼斗だって、美羽にずっと恋人がいないのは分かっているはずで、母親について福岡に行くことを拒んでいることも知っている。そうとなれば、美羽がした行動は手に取るように分かるはずなのに、類なら美羽以上に理解するだろうに、どうも隼斗には伝わらない。

「じゃあ、私がお母さんに結婚を前提にお付き合いしてる人がいるって話した時、なんて思ってたの?」
「俺の知らないうちに、美羽に恋人ができて結婚の約束までしてたのかって、驚いた」
「そんなわけ、ないじゃん……」

 てっきり、美羽の嘘を見抜いてこれからどうしようかと相談にのってくれるのかと思っていたのに、とんだ誤算だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義兄の執愛

真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。 教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。 悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!

奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。 ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。 ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...