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250.とんだ勘違い
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「あまり遠くまで行くのもまずいからな」
そう言って、40分ほど走ったところで隼斗が車を停めた。
「少し歩くが、大丈夫か?」
「うん」
そう答え、美羽が車から外に出た途端、ビューッと強風が吹きつけてきて髪が乱される。
手で髪を抑えながら海側に視線を向けた美羽は、感嘆の声を上げた。
「凄く綺麗……!!」
舗装されたプロムナードの対岸にコンテナ埠頭の薄オレンジや赤、黄色といった温かみのある光が横に広がり、その下の真っ黒な海に光のみがぼんやりと照らし出されている。コンテナ埠頭の奥に建ち並ぶ縦に伸びたビルの窓からは青みを帯びた白熱灯の光が灯っていた。なんの規則性もない無秩序な並びにも関わらず、計算されたかのように美しく感じる。
コンテナの手前には、巨大な『海のキリン』とも呼ばれている、埠頭には欠かせないガントリークレーンのシルエットが黒く浮き上がっていた。
幻想的な光景に目が奪われ、いつしか歩みが止まっていた。少し前を歩いていた隼斗が立ち止まった美羽に気付いて振り返った。
「青海南埠頭公園だ。すぐ隣接してるのが青海コンテナ埠頭、対岸にあるのが大井コンテナ埠頭、その奥が品川シーサイド。都会の海の夜景も、悪くないよな」
指で指しながら説明した隼斗が、美羽に微笑みかける。その笑みは、決して職場では見られない、優しさ溢れる柔らかいものだった。
夜中の真っ暗な海はどことなく薄気味悪くて、高く押し寄せる波が大きな口を開けているかのようで、呑み込まれそうな気がして怖いと思っていたが、こんな光景なら温かい気持ちになれる。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫」
そう答えたものの、本当は少し寒い。もっと厚着をしてくるべきだった。
「ちょっと、待ってろ」
そう告げて、隼斗が速足で去っていった。少しの心細さを覚えながら、夜景を目の前にフェンスに躰を預けた。これから聞かれるであろうことを想像して、憂いの表情が美羽に浮かぶ。
背後から微かな足音が聞こえて顔を向けると、隼斗の逞しい腕が缶と共に伸びてきた。
「飲むか?」
「ありがとう」
ミルクティーの缶を受け取り、笑みを見せた。無骨に見えて、細かい気配りのできる隼斗はモテるのだろうなぁと心の中で思った。
缶を傾けると甘いミルクティーが口の中に満たされ、それから喉元が熱くなり、全身が毛布に包まれているように温かくなった。
それはまるで、隼斗の存在のようだと感じる。
隼斗が美羽の隣に立ち、黙ってホットコーヒーの缶を傾けた。どうやら、自分から口を開くつもりはないらしい。
美羽はどうしようかと思ったものの、意を決して口を開いた。
「隼斗兄さん……今日私を連れ出してくれたのって、お付き合いしてる人の話を私がお母さんにしたからだよね?」
隼斗が口からコーヒーの缶を遠ざけ、美羽に視線を向けた。
「美羽……お前、付き合ってるやつがいたんだな。だが、結婚まで考えてたとは……」
隼斗の言葉に、美羽は慌てて口を挟んだ。
「えっ、隼斗兄さん!? ちょ、私、彼氏なんていないよ!」
「そう、なのか?」
「そうだよ!! ただ、福岡に行きたくなくて咄嗟に嘘ついただけで……」
時々隼斗と会話が噛み合わなくなることがある。どうしてそんな思考になるのか、美羽には謎だった。
「じゃあ、あの名刺はなんだったんだ?」
「あれ、は……
今日、結婚を前提に付き合って欲しいって言ってきた常連さんから渡されて。隼斗兄さんも、知ってるでしょ? ほら、朝野さん! みんなが騒いでたじゃない」
「ん? あぁ、そういえばそんな話してたな。あの名刺は、その客のものだったのか。すまん、どうも名前を覚えるのは苦手でな」
どうしてあの名刺を見て、それと結びつかなかったのか、その方が美羽には理解できなかった。
隼斗だって、美羽にずっと恋人がいないのは分かっているはずで、母親について福岡に行くことを拒んでいることも知っている。そうとなれば、美羽がした行動は手に取るように分かるはずなのに、類なら美羽以上に理解するだろうに、どうも隼斗には伝わらない。
「じゃあ、私がお母さんに結婚を前提にお付き合いしてる人がいるって話した時、なんて思ってたの?」
「俺の知らないうちに、美羽に恋人ができて結婚の約束までしてたのかって、驚いた」
「そんなわけ、ないじゃん……」
てっきり、美羽の嘘を見抜いてこれからどうしようかと相談にのってくれるのかと思っていたのに、とんだ誤算だった。
そう言って、40分ほど走ったところで隼斗が車を停めた。
「少し歩くが、大丈夫か?」
「うん」
そう答え、美羽が車から外に出た途端、ビューッと強風が吹きつけてきて髪が乱される。
手で髪を抑えながら海側に視線を向けた美羽は、感嘆の声を上げた。
「凄く綺麗……!!」
舗装されたプロムナードの対岸にコンテナ埠頭の薄オレンジや赤、黄色といった温かみのある光が横に広がり、その下の真っ黒な海に光のみがぼんやりと照らし出されている。コンテナ埠頭の奥に建ち並ぶ縦に伸びたビルの窓からは青みを帯びた白熱灯の光が灯っていた。なんの規則性もない無秩序な並びにも関わらず、計算されたかのように美しく感じる。
コンテナの手前には、巨大な『海のキリン』とも呼ばれている、埠頭には欠かせないガントリークレーンのシルエットが黒く浮き上がっていた。
幻想的な光景に目が奪われ、いつしか歩みが止まっていた。少し前を歩いていた隼斗が立ち止まった美羽に気付いて振り返った。
「青海南埠頭公園だ。すぐ隣接してるのが青海コンテナ埠頭、対岸にあるのが大井コンテナ埠頭、その奥が品川シーサイド。都会の海の夜景も、悪くないよな」
指で指しながら説明した隼斗が、美羽に微笑みかける。その笑みは、決して職場では見られない、優しさ溢れる柔らかいものだった。
夜中の真っ暗な海はどことなく薄気味悪くて、高く押し寄せる波が大きな口を開けているかのようで、呑み込まれそうな気がして怖いと思っていたが、こんな光景なら温かい気持ちになれる。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫」
そう答えたものの、本当は少し寒い。もっと厚着をしてくるべきだった。
「ちょっと、待ってろ」
そう告げて、隼斗が速足で去っていった。少しの心細さを覚えながら、夜景を目の前にフェンスに躰を預けた。これから聞かれるであろうことを想像して、憂いの表情が美羽に浮かぶ。
背後から微かな足音が聞こえて顔を向けると、隼斗の逞しい腕が缶と共に伸びてきた。
「飲むか?」
「ありがとう」
ミルクティーの缶を受け取り、笑みを見せた。無骨に見えて、細かい気配りのできる隼斗はモテるのだろうなぁと心の中で思った。
缶を傾けると甘いミルクティーが口の中に満たされ、それから喉元が熱くなり、全身が毛布に包まれているように温かくなった。
それはまるで、隼斗の存在のようだと感じる。
隼斗が美羽の隣に立ち、黙ってホットコーヒーの缶を傾けた。どうやら、自分から口を開くつもりはないらしい。
美羽はどうしようかと思ったものの、意を決して口を開いた。
「隼斗兄さん……今日私を連れ出してくれたのって、お付き合いしてる人の話を私がお母さんにしたからだよね?」
隼斗が口からコーヒーの缶を遠ざけ、美羽に視線を向けた。
「美羽……お前、付き合ってるやつがいたんだな。だが、結婚まで考えてたとは……」
隼斗の言葉に、美羽は慌てて口を挟んだ。
「えっ、隼斗兄さん!? ちょ、私、彼氏なんていないよ!」
「そう、なのか?」
「そうだよ!! ただ、福岡に行きたくなくて咄嗟に嘘ついただけで……」
時々隼斗と会話が噛み合わなくなることがある。どうしてそんな思考になるのか、美羽には謎だった。
「じゃあ、あの名刺はなんだったんだ?」
「あれ、は……
今日、結婚を前提に付き合って欲しいって言ってきた常連さんから渡されて。隼斗兄さんも、知ってるでしょ? ほら、朝野さん! みんなが騒いでたじゃない」
「ん? あぁ、そういえばそんな話してたな。あの名刺は、その客のものだったのか。すまん、どうも名前を覚えるのは苦手でな」
どうしてあの名刺を見て、それと結びつかなかったのか、その方が美羽には理解できなかった。
隼斗だって、美羽にずっと恋人がいないのは分かっているはずで、母親について福岡に行くことを拒んでいることも知っている。そうとなれば、美羽がした行動は手に取るように分かるはずなのに、類なら美羽以上に理解するだろうに、どうも隼斗には伝わらない。
「じゃあ、私がお母さんに結婚を前提にお付き合いしてる人がいるって話した時、なんて思ってたの?」
「俺の知らないうちに、美羽に恋人ができて結婚の約束までしてたのかって、驚いた」
「そんなわけ、ないじゃん……」
てっきり、美羽の嘘を見抜いてこれからどうしようかと相談にのってくれるのかと思っていたのに、とんだ誤算だった。
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