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246.マジメくんからの告白
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「もうっ、お客様にそんな言い方しないの!」
そう言いながらも、美羽も少し口元を緩めた。『マジメくん』とは、半年ほどこのカフェに通っている常連客の男性のことだ。
いつもかっちりとしたスーツを着てマジメそうな雰囲気なので、香織が密かに名付けた。
黙っていると知的で大人な雰囲気の男性なのだが、大きさが合っていないのか鼻が少し低めのせいなのか、よく眼鏡がずり落ちてるところや、美羽の顔を見ただけで顔を真っ赤にして言葉をどもらせたりする、そのギャップに、美羽はなんとなく癒されていた。
「マジメくん、明らかに美羽狙いだよねぇ。ねぇ、もう告られた?」
香織は明らかに面白がっている。
「この前、チョコレートはもらったけど……」
「もう半年も通い続けてるよねぇ、健気だわー。
ねぇ、迷惑ならはっきり言った方がいいよ! 私、言ってあげようか?」
実際、美羽にしつこく言いよる男性を香織は何度も撃退しているし、隼斗と協力してストーカーを警察に突き出したこともある。
『マジメくん』と呼ばれている男性客の元へ、水とおしぼりを載せたトレーを手に歩いて行く。
「いらっしゃいませ」
「ど、どうも……」
もうここに通い始めてから半年経つと言うのに、いまだ目も合わせてくれず、美羽が近づいただけで顔を真っ赤にする。
だがいったん美羽が離れると、チラチラとこちらをいつも窺うように見てくることも知っていた。
おそらく、香織が言うように美羽に気があるのだろう。
職場では仕事の出来そうな男性なのに、女性に対してまったく免疫がなく、どう接していいのかも分からないのだろうと思うと、なんだか可愛く思えた。
「今日もAランチとコーヒーにされますか」
「は、はい……」
義昭はランチにいつもコーヒーを頼むものの、コーヒーに口をつけるところを見たことがなかった。ひょっとしたらコーヒーが苦手にも関わらず、美羽に対して見栄を張っているのかもしれない。
テーブルに置かれていたランチメニューを下げようと手にすると、ぐいとメニューを反対側から掴まれた。
ぇ?
「ごめんなさい。まだメニュー必要でした?」
慌てて美羽がメニューを渡そうとすると、男性はバッと手を離した。
「い、いえ。そうではなくて……す、すみません」
「いえ……」
不思議な人だけど、今日はいつもより少しおかしいかも……
疑問に思ったものの、すぐに客席が混んできてそれどころではなくなった。香織も人のことに構っている余裕などないのか、もう絡んでくることもなかった。
ようやくピークを過ぎ、休憩を挟んで美羽が仕事へと戻ると、まだあの男性客が座っていた。
あれっ? いつもなら、昼休憩の時間に合わせて帰るはずなのに……
しかも今日は、いつも手をつけないコーヒーが空になっていた。
美羽はコーヒーデカンタを手に、彼の元へ向かった。
「コーヒーのお代わり、いかがですか」
「あ。あぁ、ありが……とう」
空になったコーヒーカップにコーヒーを注ぎ、スッとテーブルに置いて立ち去ろうとした美羽の背中に声がかかる。
「あ、あの!」
振り返ると、彼の手には先日渡されたのと同じチョコレートの箱があった。実は食べていないのだが、『美味しかったです』とお礼を言ったので、また買ってきたのかもしれない。
「あの……こういったプレゼントは一度きりと先日お話したかと思うんですが。
お気持ちだけ、頂いておきますね」
客の中には何度断ってもプレゼントを渡してくるものがいる。
以前は頑なに拒否していたのだが、香織に『あぁいうのは、一度もらっとけば満足するものなのよ』と言われてからは、高価なものでなければ受け取り、それ以降はお断りするようにしていた。
「す、すみませんっ」
恐縮する男性客を前に申し訳ない気持ちになったが、ここで例外を作ってしまうと他に対しても同じように対応しなくてはならなくなる。
「こちらこそ、ごめんなさい。本当に、お気遣いなく……」
そう言って立ち去ろうとすると、男性の震えた声が大きく響いた。
「ぼっ、僕とっ、結婚してください!!」
「ぇ?」
怪訝な表情で振り返った美羽に、慌てた義昭がさらに声を大きくした。
「じゃなくて! 僕とっ、結婚を前提にお付き合いしてください!!」
こんな場所でウェイトレスに向かってプロポーズするなどありえないし、からかっているとしか思えない。だが、彼の真剣で必死な表情や普段の態度からして、冗談を言っているのではないのは明らかだ。
「あ、あの……」
なんと言って断るべきか考えていると、男性が胸元からケースを取り、名刺を一枚出して美羽に渡した。
「返事は、急ぎませんから!」
立ち上がると千円札をテーブルに置き、逃げるようにして去っていく。
美羽は名刺を手に、ぽかんとその後ろ姿を見送った。
そう言いながらも、美羽も少し口元を緩めた。『マジメくん』とは、半年ほどこのカフェに通っている常連客の男性のことだ。
いつもかっちりとしたスーツを着てマジメそうな雰囲気なので、香織が密かに名付けた。
黙っていると知的で大人な雰囲気の男性なのだが、大きさが合っていないのか鼻が少し低めのせいなのか、よく眼鏡がずり落ちてるところや、美羽の顔を見ただけで顔を真っ赤にして言葉をどもらせたりする、そのギャップに、美羽はなんとなく癒されていた。
「マジメくん、明らかに美羽狙いだよねぇ。ねぇ、もう告られた?」
香織は明らかに面白がっている。
「この前、チョコレートはもらったけど……」
「もう半年も通い続けてるよねぇ、健気だわー。
ねぇ、迷惑ならはっきり言った方がいいよ! 私、言ってあげようか?」
実際、美羽にしつこく言いよる男性を香織は何度も撃退しているし、隼斗と協力してストーカーを警察に突き出したこともある。
『マジメくん』と呼ばれている男性客の元へ、水とおしぼりを載せたトレーを手に歩いて行く。
「いらっしゃいませ」
「ど、どうも……」
もうここに通い始めてから半年経つと言うのに、いまだ目も合わせてくれず、美羽が近づいただけで顔を真っ赤にする。
だがいったん美羽が離れると、チラチラとこちらをいつも窺うように見てくることも知っていた。
おそらく、香織が言うように美羽に気があるのだろう。
職場では仕事の出来そうな男性なのに、女性に対してまったく免疫がなく、どう接していいのかも分からないのだろうと思うと、なんだか可愛く思えた。
「今日もAランチとコーヒーにされますか」
「は、はい……」
義昭はランチにいつもコーヒーを頼むものの、コーヒーに口をつけるところを見たことがなかった。ひょっとしたらコーヒーが苦手にも関わらず、美羽に対して見栄を張っているのかもしれない。
テーブルに置かれていたランチメニューを下げようと手にすると、ぐいとメニューを反対側から掴まれた。
ぇ?
「ごめんなさい。まだメニュー必要でした?」
慌てて美羽がメニューを渡そうとすると、男性はバッと手を離した。
「い、いえ。そうではなくて……す、すみません」
「いえ……」
不思議な人だけど、今日はいつもより少しおかしいかも……
疑問に思ったものの、すぐに客席が混んできてそれどころではなくなった。香織も人のことに構っている余裕などないのか、もう絡んでくることもなかった。
ようやくピークを過ぎ、休憩を挟んで美羽が仕事へと戻ると、まだあの男性客が座っていた。
あれっ? いつもなら、昼休憩の時間に合わせて帰るはずなのに……
しかも今日は、いつも手をつけないコーヒーが空になっていた。
美羽はコーヒーデカンタを手に、彼の元へ向かった。
「コーヒーのお代わり、いかがですか」
「あ。あぁ、ありが……とう」
空になったコーヒーカップにコーヒーを注ぎ、スッとテーブルに置いて立ち去ろうとした美羽の背中に声がかかる。
「あ、あの!」
振り返ると、彼の手には先日渡されたのと同じチョコレートの箱があった。実は食べていないのだが、『美味しかったです』とお礼を言ったので、また買ってきたのかもしれない。
「あの……こういったプレゼントは一度きりと先日お話したかと思うんですが。
お気持ちだけ、頂いておきますね」
客の中には何度断ってもプレゼントを渡してくるものがいる。
以前は頑なに拒否していたのだが、香織に『あぁいうのは、一度もらっとけば満足するものなのよ』と言われてからは、高価なものでなければ受け取り、それ以降はお断りするようにしていた。
「す、すみませんっ」
恐縮する男性客を前に申し訳ない気持ちになったが、ここで例外を作ってしまうと他に対しても同じように対応しなくてはならなくなる。
「こちらこそ、ごめんなさい。本当に、お気遣いなく……」
そう言って立ち去ろうとすると、男性の震えた声が大きく響いた。
「ぼっ、僕とっ、結婚してください!!」
「ぇ?」
怪訝な表情で振り返った美羽に、慌てた義昭がさらに声を大きくした。
「じゃなくて! 僕とっ、結婚を前提にお付き合いしてください!!」
こんな場所でウェイトレスに向かってプロポーズするなどありえないし、からかっているとしか思えない。だが、彼の真剣で必死な表情や普段の態度からして、冗談を言っているのではないのは明らかだ。
「あ、あの……」
なんと言って断るべきか考えていると、男性が胸元からケースを取り、名刺を一枚出して美羽に渡した。
「返事は、急ぎませんから!」
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