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245.香織の存在
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翌日、美羽は昨日聞いた母の話を引き摺りながら暗い気持ちでカフェに立っていた。
「美羽! 何ボーッとしてんの?」
背中をポンと叩かれて振り返ると、ショートカットで背の高い香織が心配そうに美羽を見つめていた。
「香織……うん、昨日眠れなくて」
「えっ、試験ってまだ先だよね!? レポート提出とかあったっけ?」
いつもの調子の香織に、自分だけが日常から切り離されたような気持ちになり、美羽は苦笑いを浮かべた。
「ただ、なんとなく……寝れなかっただけ」
自分のことを話すのは苦手だ。どんなことを話しても、類へと繋がりそうで怖くなる。
腰を少し屈めるようにして、香織が美羽を覗き込む。きりりとした眉、切れ長の涼しげな目元、面長な顔立ちはまさにクールビューティーで、女性の美羽から見ても格好いいと感じる。
「なんか悩みとかあるなら、絶対に言ってよ。自分ひとりで抱えちゃダメだからね!」
加えてこの面倒見の良さ。香織が男女共に好かれるのは納得だ。
「うん、ありがと」
心の中で詫びつつ、美羽は笑顔を浮かべた。
香織は美羽にとって、初めて出来た親友だ。
幼稚園、小学校、中学校と、それなりに友人と楽しく過ごしていたが、あまり仲良くしすぎると類が嫉妬するので、ある程度の距離を置くように常に心がけていたし、それを寂しいとも思わなかった。
ーー美羽の世界は、いつだって類を中心に回っていたのだから。
高校に入ると、ふたりが恋人であることを悟られないためのカモフラージュとして、友人と付き合うようになった。皆が恋人や好きな人の話をしても、自分はそれを言えない。美羽は表面上は穏やかに友人と接しながらも高い壁を築き、類との関係を守り通そうとした。
類との関係が両親に発覚し、離れ離れにされてからも、美羽には心を許せるような友人は出来なかった。
虐められていたわけでもないし、無視されていたわけでもない。寧ろ周りは気を遣って話しかけてくれていたし、誰とも打ち解けようとしない美羽の相談にのろうともしてくれたクラスメートもいた。
けれど、美羽は類と離れてしまったことがショックで、心を閉ざしてしまっていた。
その頃、母の再婚により義兄となった隼斗に対してもそうだった。
大学に入ってから隼斗とは少しずつ距離が近づいていたものの、構内では相変わらず無口で誰とも話をせずに過ごしていた。美羽にとって大学は、卒業して類と一緒になる為の時間潰しの場所でしかなかった。
こんな……類のいない場所にいても、意味なんてない。早く類に会いたい。会って、触れたい、抱き合いたい。
早く、一刻も早く……時間が過ぎて欲しい。
そんな美羽に、大学の講義室で話しかけてきたのが香織だった。
そっけなく対応していたにも関わらず、香織は怯むことなく何度も声をかけてきた。そんな彼女の態度に頑なになっていた心が少しずつ解され、次第に打ち解けるようになっていた。
社交的で面倒見のいい香織には友人が多く、なにも無理して美羽と友達にならなくても良かっただろうに、香織はいつでも美羽と行動を共にした。
そして、美羽がカフェで働いていることを知ると、自分もそこで働き出したのだった。
今では、誰よりも同じ時間を過ごすのが長い。そんな友人、美羽には今までひとりとしていなかった。
香織といると、いつでも笑っていられる。悲しいことも、辛いことも、苦しいことも……その時だけは、忘れられる。
優秀な香織は大学卒業後は一流会社に就職するのだろうと思っていたが、彼女に就職先を尋ねられた際、母親の意向により就職活動はせず隼斗のカフェで働き続けることを告げると、香織もそうすると言ってあっさりと就職活動をやめてしまった。
美羽は何度も香織を説得しようと試みたが、『私には会社勤めなんて向いてないし、隼斗さんのカフェで働く方が楽しいから』と言って、押し切られてしまったのだった。
それなのに、類が美羽を迎えに来て駆け落ちし、音信不通になったら……きっと香織は、ショックを受けるに違いない。
たとえ類が来なくても、母に福岡に連れていかれる。そうしたら、香織とは二度と会えないかもしれない。
そう考えて、胸が痛くなった。
「ねぇ、また来たよ。マジメくん!」
突然、香織に腰を突かれ、美羽は現実に戻された。香織は美羽に話しかけながら、入ってきた客を見てニヤニヤしていた。
「美羽! 何ボーッとしてんの?」
背中をポンと叩かれて振り返ると、ショートカットで背の高い香織が心配そうに美羽を見つめていた。
「香織……うん、昨日眠れなくて」
「えっ、試験ってまだ先だよね!? レポート提出とかあったっけ?」
いつもの調子の香織に、自分だけが日常から切り離されたような気持ちになり、美羽は苦笑いを浮かべた。
「ただ、なんとなく……寝れなかっただけ」
自分のことを話すのは苦手だ。どんなことを話しても、類へと繋がりそうで怖くなる。
腰を少し屈めるようにして、香織が美羽を覗き込む。きりりとした眉、切れ長の涼しげな目元、面長な顔立ちはまさにクールビューティーで、女性の美羽から見ても格好いいと感じる。
「なんか悩みとかあるなら、絶対に言ってよ。自分ひとりで抱えちゃダメだからね!」
加えてこの面倒見の良さ。香織が男女共に好かれるのは納得だ。
「うん、ありがと」
心の中で詫びつつ、美羽は笑顔を浮かべた。
香織は美羽にとって、初めて出来た親友だ。
幼稚園、小学校、中学校と、それなりに友人と楽しく過ごしていたが、あまり仲良くしすぎると類が嫉妬するので、ある程度の距離を置くように常に心がけていたし、それを寂しいとも思わなかった。
ーー美羽の世界は、いつだって類を中心に回っていたのだから。
高校に入ると、ふたりが恋人であることを悟られないためのカモフラージュとして、友人と付き合うようになった。皆が恋人や好きな人の話をしても、自分はそれを言えない。美羽は表面上は穏やかに友人と接しながらも高い壁を築き、類との関係を守り通そうとした。
類との関係が両親に発覚し、離れ離れにされてからも、美羽には心を許せるような友人は出来なかった。
虐められていたわけでもないし、無視されていたわけでもない。寧ろ周りは気を遣って話しかけてくれていたし、誰とも打ち解けようとしない美羽の相談にのろうともしてくれたクラスメートもいた。
けれど、美羽は類と離れてしまったことがショックで、心を閉ざしてしまっていた。
その頃、母の再婚により義兄となった隼斗に対してもそうだった。
大学に入ってから隼斗とは少しずつ距離が近づいていたものの、構内では相変わらず無口で誰とも話をせずに過ごしていた。美羽にとって大学は、卒業して類と一緒になる為の時間潰しの場所でしかなかった。
こんな……類のいない場所にいても、意味なんてない。早く類に会いたい。会って、触れたい、抱き合いたい。
早く、一刻も早く……時間が過ぎて欲しい。
そんな美羽に、大学の講義室で話しかけてきたのが香織だった。
そっけなく対応していたにも関わらず、香織は怯むことなく何度も声をかけてきた。そんな彼女の態度に頑なになっていた心が少しずつ解され、次第に打ち解けるようになっていた。
社交的で面倒見のいい香織には友人が多く、なにも無理して美羽と友達にならなくても良かっただろうに、香織はいつでも美羽と行動を共にした。
そして、美羽がカフェで働いていることを知ると、自分もそこで働き出したのだった。
今では、誰よりも同じ時間を過ごすのが長い。そんな友人、美羽には今までひとりとしていなかった。
香織といると、いつでも笑っていられる。悲しいことも、辛いことも、苦しいことも……その時だけは、忘れられる。
優秀な香織は大学卒業後は一流会社に就職するのだろうと思っていたが、彼女に就職先を尋ねられた際、母親の意向により就職活動はせず隼斗のカフェで働き続けることを告げると、香織もそうすると言ってあっさりと就職活動をやめてしまった。
美羽は何度も香織を説得しようと試みたが、『私には会社勤めなんて向いてないし、隼斗さんのカフェで働く方が楽しいから』と言って、押し切られてしまったのだった。
それなのに、類が美羽を迎えに来て駆け落ちし、音信不通になったら……きっと香織は、ショックを受けるに違いない。
たとえ類が来なくても、母に福岡に連れていかれる。そうしたら、香織とは二度と会えないかもしれない。
そう考えて、胸が痛くなった。
「ねぇ、また来たよ。マジメくん!」
突然、香織に腰を突かれ、美羽は現実に戻された。香織は美羽に話しかけながら、入ってきた客を見てニヤニヤしていた。
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