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242.隼斗の元カノ
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隼斗は美羽と義昭の夫婦関係が良好であることを、露ほども疑っていないようだ。
美羽から義昭に対しての愚痴を零したことなどないし、隼斗は半年に一回、福岡の実家に行く際に義昭に会うだけなのだ。その時には義昭はいつもの外面の良さを発揮して夫婦仲が良いことをアピールしているので、傍目にはふたりの関係が冷え切っていることなど、特にそういった恋愛ごとに鈍感な隼斗は気づきもしないだろう。
美羽はなんとか義昭の話題を避けようと、隼斗に水を向けた。
「そういう隼斗兄さんの方こそ、大丈夫なの? ちゃんと連絡しておかないと」
「誰に連絡するんだ?」
隼斗が眉を寄せる。
「もうっ、恋人のことだよ。付き合ってる人とかいないの?」
「あぁ……仕事が忙しくてな。そこまで手が回らん」
そっけない返事に失望しつつ、気を取り直して隼斗に遠慮がちに尋ねる。
「絵麻さんとは……もう、会ってないの?」
その名を聞き、隼斗の肩が僅かに揺れた。
絵麻とは、隼斗が付き合っていた恋人で、前オーナーの娘でもあった。
当時、絵麻はフロアマネージャーとしてデタントで働いていた。
絵麻は隼斗より2つ年上で、知的で女性らしさが溢れ、清楚な雰囲気でありながらもしっかりとした意見を持った女性で、そんな絵麻に美羽は憧れを抱き、姉のように慕っていた。
美羽が働き始める前、隼斗はその性格からなかなか従業員達と馴染めずにいたが、その橋渡しとなったのが絵麻だった。隼斗も絵麻には心を許しているのが見て取れたし、信頼し合っているのが伝わってきた。
美羽はそんな二人を、羨ましく思ったものだった。
隼斗が雇われ店長を経て前オーナーからレストランの権利を買い取るとなった時、美羽はてっきり隼斗が絵麻と結婚して店を盛り立てていくものと思っていた。
だが、絵麻は隼斗以外の従業員に伝えることなく、突然仕事を辞めてしまった。それどころか、携帯も自宅の電話も繋がらず、連絡が取れなくなった。
隼斗に尋ねたところ、絵麻と別れて新しい連絡先も知らないと聞き、美羽はショックのあまり泣いてしまったのだった。
絵麻は隼斗とふたりで参列するはずだった美羽と義昭の結婚式にも顔を出すことはなく、その後も客としてカフェを訪れることもなく、交流が途絶えたままだ。
隼斗は立ち上がると背を向け、新たに冷蔵庫からビールを取り出した。再び美羽の前に座るとプルトップを開けながら、呟いた。
「絵麻とは、連絡すらとってない。
もう今頃、結婚してるかもな」
そんな隼斗に、美羽は苛立ちを覚えた。
「隼斗兄さんは……後悔、してないの?
絵麻さんとあんなに仲が良さそうだったのに。今でもまだ、忘れられないんじゃないの?」
自分と類との関係を重ねてしまい、思わず感情が昂ぶってしまう。
別れても、何年離れていようとも……本当に愛していたのなら、その思いを簡単に諦められるはずなどない。
忘れることなんて、出来ないはず。
隼斗は遠い目をしてから、フッと視線を下に向けた。
「もう終わったことだ。
それに、あいつから別れを告げてきたんだ。俺にはどうしようも出来ない」
絵麻さんは、なぜ隼斗兄さんに別れを告げたの?
そう聞きたかったが、隼斗はこれ以上の詮索を拒むかのように、ビールを一気に煽った。
これ以上聞いたところで、隼斗は何も話してくれないだろう。美羽は努めて明るく、隼斗に声をかけた。
「そう、だよね。過去に囚われてても仕方ないもんね」
過去にいつまでも囚われてるのは私だ。隼斗兄さんに、同じことを強要しちゃいけないんだ……
「これから新しい出会いがあるかもしれないし、もう出会ってるかもしれないし」
「それはないだろ」
真っ向から否定され、美羽は唇をとがらせた。
「隼斗兄さんが気づいてないだけかもよ」
「気づいてないのに恋人になるわけないだろ」
「友情から始まる恋もあるかもしれないじゃない!」
「……ないな」
「ほら、かおりんとか!」
「香織?」
隼斗に怪訝な顔をされ、美羽はしまったという顔を浮かべた。
隼斗と香織が恋人になり、結婚してカフェを支えて欲しいという自分の密かな願いをつい口に出してしまった。
「え。えーっと、ほら、隼斗兄さんと香織って長い付き合いでお互いすごくよく理解してるし、気が合いそうじゃない? それに、よっぴーや萌たんのことは『芳子さん』、『萌さん』ってさん付けなのに、かおりんのことは『香織』って呼んでるし。
意識したこと……ない、かな?」
「まったくないな」
隼斗の答えは一刀両断だった。
「そっ、か……でも、人の気持ちなんていつ変わるかわからないし、ね」
カワラナイ気持ちモ、アルケド……
妙な空気になり、美羽が重苦しさを感じていると、隼斗が空き缶を手に立ち上がった。
「そろそろ寝るか。明日のこともあるし」
「うん、そうだね……」
隼斗と恋愛話をしたことを後悔しつつ、ホッと息を吐きながら美羽は頷いた。
考えてみれば、隼斗とまともに恋愛話をしたのはこれが初めてかもしれない。
隼斗は絵麻と付き合っている時もふたりの仲を他人に話すようなことはしなかったし、美羽に対しても詮索するようなことは一切しなかった。
隼斗が美羽の恋愛に干渉したのはただ一度。義昭との結婚に関してのみだ。
ーーもし、隼斗からの後押しがなければ、美羽は義昭と結婚していなかったかもしれない。
あの時の美羽は、切羽詰まった状況にあり、一生を揺さぶるような選択肢を緊急に迫られていた。
美羽から義昭に対しての愚痴を零したことなどないし、隼斗は半年に一回、福岡の実家に行く際に義昭に会うだけなのだ。その時には義昭はいつもの外面の良さを発揮して夫婦仲が良いことをアピールしているので、傍目にはふたりの関係が冷え切っていることなど、特にそういった恋愛ごとに鈍感な隼斗は気づきもしないだろう。
美羽はなんとか義昭の話題を避けようと、隼斗に水を向けた。
「そういう隼斗兄さんの方こそ、大丈夫なの? ちゃんと連絡しておかないと」
「誰に連絡するんだ?」
隼斗が眉を寄せる。
「もうっ、恋人のことだよ。付き合ってる人とかいないの?」
「あぁ……仕事が忙しくてな。そこまで手が回らん」
そっけない返事に失望しつつ、気を取り直して隼斗に遠慮がちに尋ねる。
「絵麻さんとは……もう、会ってないの?」
その名を聞き、隼斗の肩が僅かに揺れた。
絵麻とは、隼斗が付き合っていた恋人で、前オーナーの娘でもあった。
当時、絵麻はフロアマネージャーとしてデタントで働いていた。
絵麻は隼斗より2つ年上で、知的で女性らしさが溢れ、清楚な雰囲気でありながらもしっかりとした意見を持った女性で、そんな絵麻に美羽は憧れを抱き、姉のように慕っていた。
美羽が働き始める前、隼斗はその性格からなかなか従業員達と馴染めずにいたが、その橋渡しとなったのが絵麻だった。隼斗も絵麻には心を許しているのが見て取れたし、信頼し合っているのが伝わってきた。
美羽はそんな二人を、羨ましく思ったものだった。
隼斗が雇われ店長を経て前オーナーからレストランの権利を買い取るとなった時、美羽はてっきり隼斗が絵麻と結婚して店を盛り立てていくものと思っていた。
だが、絵麻は隼斗以外の従業員に伝えることなく、突然仕事を辞めてしまった。それどころか、携帯も自宅の電話も繋がらず、連絡が取れなくなった。
隼斗に尋ねたところ、絵麻と別れて新しい連絡先も知らないと聞き、美羽はショックのあまり泣いてしまったのだった。
絵麻は隼斗とふたりで参列するはずだった美羽と義昭の結婚式にも顔を出すことはなく、その後も客としてカフェを訪れることもなく、交流が途絶えたままだ。
隼斗は立ち上がると背を向け、新たに冷蔵庫からビールを取り出した。再び美羽の前に座るとプルトップを開けながら、呟いた。
「絵麻とは、連絡すらとってない。
もう今頃、結婚してるかもな」
そんな隼斗に、美羽は苛立ちを覚えた。
「隼斗兄さんは……後悔、してないの?
絵麻さんとあんなに仲が良さそうだったのに。今でもまだ、忘れられないんじゃないの?」
自分と類との関係を重ねてしまい、思わず感情が昂ぶってしまう。
別れても、何年離れていようとも……本当に愛していたのなら、その思いを簡単に諦められるはずなどない。
忘れることなんて、出来ないはず。
隼斗は遠い目をしてから、フッと視線を下に向けた。
「もう終わったことだ。
それに、あいつから別れを告げてきたんだ。俺にはどうしようも出来ない」
絵麻さんは、なぜ隼斗兄さんに別れを告げたの?
そう聞きたかったが、隼斗はこれ以上の詮索を拒むかのように、ビールを一気に煽った。
これ以上聞いたところで、隼斗は何も話してくれないだろう。美羽は努めて明るく、隼斗に声をかけた。
「そう、だよね。過去に囚われてても仕方ないもんね」
過去にいつまでも囚われてるのは私だ。隼斗兄さんに、同じことを強要しちゃいけないんだ……
「これから新しい出会いがあるかもしれないし、もう出会ってるかもしれないし」
「それはないだろ」
真っ向から否定され、美羽は唇をとがらせた。
「隼斗兄さんが気づいてないだけかもよ」
「気づいてないのに恋人になるわけないだろ」
「友情から始まる恋もあるかもしれないじゃない!」
「……ないな」
「ほら、かおりんとか!」
「香織?」
隼斗に怪訝な顔をされ、美羽はしまったという顔を浮かべた。
隼斗と香織が恋人になり、結婚してカフェを支えて欲しいという自分の密かな願いをつい口に出してしまった。
「え。えーっと、ほら、隼斗兄さんと香織って長い付き合いでお互いすごくよく理解してるし、気が合いそうじゃない? それに、よっぴーや萌たんのことは『芳子さん』、『萌さん』ってさん付けなのに、かおりんのことは『香織』って呼んでるし。
意識したこと……ない、かな?」
「まったくないな」
隼斗の答えは一刀両断だった。
「そっ、か……でも、人の気持ちなんていつ変わるかわからないし、ね」
カワラナイ気持ちモ、アルケド……
妙な空気になり、美羽が重苦しさを感じていると、隼斗が空き缶を手に立ち上がった。
「そろそろ寝るか。明日のこともあるし」
「うん、そうだね……」
隼斗と恋愛話をしたことを後悔しつつ、ホッと息を吐きながら美羽は頷いた。
考えてみれば、隼斗とまともに恋愛話をしたのはこれが初めてかもしれない。
隼斗は絵麻と付き合っている時もふたりの仲を他人に話すようなことはしなかったし、美羽に対しても詮索するようなことは一切しなかった。
隼斗が美羽の恋愛に干渉したのはただ一度。義昭との結婚に関してのみだ。
ーーもし、隼斗からの後押しがなければ、美羽は義昭と結婚していなかったかもしれない。
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