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235. 嫉妬……させたい

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 やっぱり……類は、気付くよね。

 大勢の声に混じっていても美羽が類の声を聞き取れたのだ。どんなに微かな笑い声だって、類が聞き逃すわけがなかった。

 隼斗は青褪める美羽を見つめてから、答えた。

「……明日、一緒に実家に行くことになってるんだ」

 類に、お母さんのとこに行くのを知られちゃった……

 隼斗は、美羽が類に実家に行くことを秘密にしていたのを知らない。だから、隼斗がそう答えてしまっても責められないのは分かっているし、嘘をついて欲しいとも思わない。

 けれど、失望せずにいられなかった。

『じゃあ、今はヨシの実家に来てるってこと?』

 類が尋問するような口調で聞いてきた。

「あ、いや……そうではないんだが」

 嘘がつけない隼斗は言葉を濁らせた。美羽の反応を見て、何かまずいことを言ってしまったのかと口を閉ざしたのだが、そんなことをすれば、ますます類に怪しまれてしまう。

 類に誤魔化しなんてきかない。ちゃんと、話さないと。

 美羽は喉を鳴らすと、小さな声で隼斗に訴えた。

「隼斗兄さん、替わって……」
「ぁ。あぁ……」

 隼斗がスマホを渡し、美羽はそれを耳に当てた。

「る、い……」
『ミュー』

 自分の名前を呼ぶ類の声が鼓膜からさざ波のように心臓へと伝わり、打ち震える。甘美なさざめきが、全神経に電気が走ったかのように駆け抜ける。こんな状況にも関わらず、類の声が聞けたことを涙が出るほど嬉しいと思ってしまう。

 たった2日会っていなかっただけなのに、もう既に恋しくて……恋しくて、仕方なかった。どれだけ自分が類を求めていたのか、嫌でも思い知らされる。

『ねぇ、どうしてミューは隼斗兄さんといるの? ヨシも一緒なの? ヨシの実家にいるんだよね?』

 焦って質問攻めにする類の声を聞き、それまでの美羽の焦燥と不安が一気に雲散霧消し、口角がフッと緩む。

 類、無関心なフリをしてたけど、本当は私のこと、気になって仕方なかったんだ。

 類の気持ちは離れてなんかいない。
 やっぱり私のことを、好きでいてくれてるんだ……

 そう思うと、今までの類の行動がするすると読めた。

 類は美羽が義昭の実家にいる間、美羽の気を引くためにわざと自分からLINEを送ることなく、関心のないふりをしていた。そして、友人からのメッセージを美羽が読むことで嫉妬心を煽り、焦燥を募らせるように仕向けた。

 それだけではない。昨夜義昭に迫られ、美羽が恐怖に怯えた後に送られてきた、類からのメッセージ。

『僕がいなくて寂しいでしょ』

 あれは、美羽がどんな目にあっていたのか、分かっていて送ってよこしたものではないのか。そうだ、類には伝わっていたのだ。あの時の美羽の強い嫌悪が、恐怖が、憎悪が……

 それ、なのに……美羽の気持ちを確かめるようなメッセージを送り、こちらから助けを求めるように謀った。

 美羽が精神的にボロボロになって、正常な判断が出来なくなり、助けを求めて堕ちてくる瞬間を……類は手を広げて、今か今かと待っていたのだ。

 もし今夜も美羽が義昭の実家に泊まり、昨夜のように義昭に迫られていたら……いや、あれ以上のことをされていたら、美羽は間違いなくあの場から逃げ出し、類に助けを求めていただろう。

 それが、類の狙いだったのだ。
 先ほどまで類に恋い焦がれて求めていた透き通った想いの水溜りに赤いインクが一滴落ち、水紋が広がっていく。



 許、せない……
 私がどれだけ怯えていたのか、どんなに嫌な思いをしていたのか類は分かっていたはずなのに。心の底から類に助けを求めて、それでもそれが出来ずに苦しんでいたことを知っていながら、更に私がどん底に落ちるのを待っていたなんて。

 私の気持ちを試して、弄ぶようなことするなんて酷い。



 今の状況は予想外の出来事だったし、いつもなら類に対して申し訳なく後ろめたい気持ちになるところだったが、類の謀略を知った今、美羽は類に少し意地悪したくなった。

「ごめんなさい。実は、急に実家に行くことが決まったの……」

 こんな言い方をしたら、隼斗に疑われるだろうかと内心ビクビクしたが、隼斗は美羽と類の会話に関心を寄せるような様子はなかった。

『どう、して……』

 呆然とした類の問いかけに、キュッと心臓が縮まる。



 動揺したら、類に伝わってしまう……
 うまく、やらなきゃ。



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