234 / 498
228.隼斗からの言葉
しおりを挟む
結局、琴子が大作からの婚姻費用をもらうまでの間、義昭が毎週1万円を生活費として晃の銀行口座に振り込むことなった。毎週振り込むのは面倒だが、纏めて振り込んだらすぐに使い込みされ、再度請求される恐れがあるから仕方ない。
もちろん、お金を使い切っても正当な理由がない限り、余分なお金は一切払わないことは伝えているし、合意書を作成してサインもさせた。法的にどこまで効力があるかどうか分からないが、口約束だけよりは遥かにましだろう。
また、弁護士や税理士を雇う金がない琴子の婚姻費用や離婚の慰謝料請求に関わる経費も、こちらで負担することになった。
その代わり、晃たちの新居購入の頭金を一切貸さないことを条件としてつけた。もちろん圭子たちは納得していないし、散々『ケチ』だの『血も涙もない』だのと罵られ、いびられた。
琴子にも『あげるわけじゃないんだし、いいじゃない。貸してあげたら?』なんて言われたが、美羽はそれをやんわりと躱したのだった。ここで更に義母との関係に亀裂が入ったと感じたが、もう美羽にはそれを修復しようという気力はなかった。
義昭が母の機嫌を直そうと、晃たちが新居購入後には彼女の生活費をこれまでより5千円多く支払うことを提案し、これで一応の話し合いがついた形となった。
だが、今後問題が次々に持ち上がってくるのは間違いないだろう……そう思うと頭が痛い。
そんなことを考えて溜息を吐いていると隼斗が運転席に乗り込んできたので、慌てて表情を取り繕った。
「忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫」
この家に私のものなんて、何ひとつない。
忘れたい、何もかも……せめて、今だけは。
美羽は睫毛を伏せて震わせてから、真っ直ぐ前方の景色を見据えた。
「そうだ、美羽」
ふと思いついたように隼斗に声を掛けられ、美羽は小さく肩を震わせた。
「どうしたの?」
もしかして、何かあった?
お願い、この後に及んでやっぱりやめるなんて言わないで……
美羽が不安に駆られながら隼斗に顔を向けると、頭を下げられた。
「あけましておめでとう」
ぁ……
美羽は思わずポカンとした。
隼斗に新年の挨拶することをすっかり忘れていた。いつもなら、隼斗が迎えに来た時に美羽の方から真っ先にするのに。
「あけまして、おめでとうございます。
隼斗兄さん、今年もよろしくお願いします」
「あぁ。よろしく」
かしこまって挨拶をした美羽に、隼斗が小さく笑みを見せる。隼斗と挨拶を交わし、ようやく新年を迎えた心持ちになった。
「じゃ、出発するぞ」
「うん」
隼斗がウッド調のステアリングに、骨ばった逞しい手を掛ける。エンジンをふかす音が響き、車が発進する。サイドミラーに映る義昭の実家が小さくなっていくのを見ながら、これから取り残される大作のことを思い、チクッと美羽の胸が痛んだ。
だがそれも、僅かな時だけだった。完全に視界から消えると、美羽の心は次第に軽くなっていき、心地いい車の振動を感じながら深く沈む込む黒の本革シートにゆったりと身を委ねた。
もちろん、お金を使い切っても正当な理由がない限り、余分なお金は一切払わないことは伝えているし、合意書を作成してサインもさせた。法的にどこまで効力があるかどうか分からないが、口約束だけよりは遥かにましだろう。
また、弁護士や税理士を雇う金がない琴子の婚姻費用や離婚の慰謝料請求に関わる経費も、こちらで負担することになった。
その代わり、晃たちの新居購入の頭金を一切貸さないことを条件としてつけた。もちろん圭子たちは納得していないし、散々『ケチ』だの『血も涙もない』だのと罵られ、いびられた。
琴子にも『あげるわけじゃないんだし、いいじゃない。貸してあげたら?』なんて言われたが、美羽はそれをやんわりと躱したのだった。ここで更に義母との関係に亀裂が入ったと感じたが、もう美羽にはそれを修復しようという気力はなかった。
義昭が母の機嫌を直そうと、晃たちが新居購入後には彼女の生活費をこれまでより5千円多く支払うことを提案し、これで一応の話し合いがついた形となった。
だが、今後問題が次々に持ち上がってくるのは間違いないだろう……そう思うと頭が痛い。
そんなことを考えて溜息を吐いていると隼斗が運転席に乗り込んできたので、慌てて表情を取り繕った。
「忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫」
この家に私のものなんて、何ひとつない。
忘れたい、何もかも……せめて、今だけは。
美羽は睫毛を伏せて震わせてから、真っ直ぐ前方の景色を見据えた。
「そうだ、美羽」
ふと思いついたように隼斗に声を掛けられ、美羽は小さく肩を震わせた。
「どうしたの?」
もしかして、何かあった?
お願い、この後に及んでやっぱりやめるなんて言わないで……
美羽が不安に駆られながら隼斗に顔を向けると、頭を下げられた。
「あけましておめでとう」
ぁ……
美羽は思わずポカンとした。
隼斗に新年の挨拶することをすっかり忘れていた。いつもなら、隼斗が迎えに来た時に美羽の方から真っ先にするのに。
「あけまして、おめでとうございます。
隼斗兄さん、今年もよろしくお願いします」
「あぁ。よろしく」
かしこまって挨拶をした美羽に、隼斗が小さく笑みを見せる。隼斗と挨拶を交わし、ようやく新年を迎えた心持ちになった。
「じゃ、出発するぞ」
「うん」
隼斗がウッド調のステアリングに、骨ばった逞しい手を掛ける。エンジンをふかす音が響き、車が発進する。サイドミラーに映る義昭の実家が小さくなっていくのを見ながら、これから取り残される大作のことを思い、チクッと美羽の胸が痛んだ。
だがそれも、僅かな時だけだった。完全に視界から消えると、美羽の心は次第に軽くなっていき、心地いい車の振動を感じながら深く沈む込む黒の本革シートにゆったりと身を委ねた。
0
お気に入りに追加
239
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる