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227.隼斗の出迎え
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玄関のインターホンが鳴り、美羽は飛び出すように出て行った。
ガラッと引き戸を開けると黒いダウンベストが目に飛び込んできて、美羽はグイと高く首を持ち上げた。隼斗は色褪せたレッドチェックシャツの上にダウンベスト、ベージュのチノパンにスニーカーというカジュアルな出で立ちだった。服装に無頓着な隼斗は流行ものには興味がなく、着やすさを重視している。けれど、こんなシンプルな格好でも背丈があり、がっしりした体つきのせいか、様になっている。
「渋滞、大丈夫だった?」
「あぁ。裏道通ってきたから、そんなに時間かからなかった。荷物、これか?」
「あ、うん……」
隼斗は既に玄関先に置いてあった美羽のボストンバッグを軽々と持ち上げ、右肩に担いだ。義昭とは違い、なんと自然な仕草なのだろうと美羽が感心していると、隼斗は立ち止まったまま廊下の奥を見つめた。
「義昭くんは?」
隼斗の問いに、美羽は身を縮こませた。
このまま出て行くことなんて、出来ないよね。
「それ、が……義昭さん、体調が悪いから今回は私たちだけで行って欲しいって言ってて」
隼斗が精悍な眉を寄せ、美羽の顔を覗き込む。
「だったら俺だけ行くから、美羽はここに残って義昭くんの看病をしてあげた方がいいんじゃないか?」
隼斗の真摯な双眸に見つめられ、美羽の喉の奥がグッと潰れたように固まった。妻としてそうするのが当然だということは分かっている……それが、仮病でなければ。
グルグルと胃を掻き混ぜられるような気持ち悪さに襲われる。
隼斗兄さんに、どう説明したらいいんだろう……
美羽が困っていると、隼斗が短く息を吐いた。
「義昭くん……病院には行ったのか?」
「ううん。ただの風邪だから、寝てれば治るって。お義母さんも、『せっかくなんだから、行ってきなさい』って言ってくれてるし」
隼斗から視線を逸らし、俯いた。
お願い。どうか拒否しないで。
私も一緒に連れてって……
祈るような気持ちでいると、隼斗に背中を向けられた。
「隼斗、兄さ……」
小さく呟いた美羽の瞳の奥が熱くなる。
「じゃ、行くか」
ボソッと呟いた隼斗の声を聞き、美羽は大きく頷いた。
「うん!」
良かった……
だが、隼斗の足が止まり、美羽を振り返った。
「義昭くんのご両親に挨拶しておかないとな」
「あっ、大丈夫!
その、お正月でバタバタしてて手が離せないから……よろしく伝えてほしいって言われてたの」
「そうなのか?」
何度も嘘を上塗りすることに胸を痛めつつ、美羽は何かのきっかけでようやく掴んだ逃亡の機会を逃さないよう、必死に取り繕った。
「うん……」
隼斗が「そうか」と答えて、引き戸に手を掛け出て行く。その後ろ姿に、美羽は安堵の息を吐いた。
隼斗がトランクを開け、美羽のボストンバッグを積み入れた。
普段は3列シートの後ろ2列分を収納して契約農家から仕入れた食材等を載せられるようになっているが、今日は美羽と義昭が乗ることを考慮して3列シートの状態になっていた。美羽はその間に助手席の扉を開け、サイドステップを踏んで車高の高い座席に腰を下ろした。
仕入れた食材を車から店に運び込む手伝いをすることはあるが、こうして助手席に乗るのは義昭と結婚してからというもの半年に1回、お盆と正月だけだ。
それでも懐かしい気持ちを抱くのは、車を乗り換えても隼斗が毎回黒のランドクルーザーを購入するせいなのかもしれない。それだけでなく、車のフロアマットや清潔感を感じさせるシトラスブルーの芳香剤に至るまで、何ひとつ変えていない。それは、美羽をひどく安堵させた。
何度行っても慣れることのない義昭の実家の空気に触れていたせいで、特にそう感じているのだろう。
隼斗がここに来るまでの2時間が、なんと長く感じたことか。美羽は先程までの家族会議のことを思い出して、淀んだ気持ちになった。
ガラッと引き戸を開けると黒いダウンベストが目に飛び込んできて、美羽はグイと高く首を持ち上げた。隼斗は色褪せたレッドチェックシャツの上にダウンベスト、ベージュのチノパンにスニーカーというカジュアルな出で立ちだった。服装に無頓着な隼斗は流行ものには興味がなく、着やすさを重視している。けれど、こんなシンプルな格好でも背丈があり、がっしりした体つきのせいか、様になっている。
「渋滞、大丈夫だった?」
「あぁ。裏道通ってきたから、そんなに時間かからなかった。荷物、これか?」
「あ、うん……」
隼斗は既に玄関先に置いてあった美羽のボストンバッグを軽々と持ち上げ、右肩に担いだ。義昭とは違い、なんと自然な仕草なのだろうと美羽が感心していると、隼斗は立ち止まったまま廊下の奥を見つめた。
「義昭くんは?」
隼斗の問いに、美羽は身を縮こませた。
このまま出て行くことなんて、出来ないよね。
「それ、が……義昭さん、体調が悪いから今回は私たちだけで行って欲しいって言ってて」
隼斗が精悍な眉を寄せ、美羽の顔を覗き込む。
「だったら俺だけ行くから、美羽はここに残って義昭くんの看病をしてあげた方がいいんじゃないか?」
隼斗の真摯な双眸に見つめられ、美羽の喉の奥がグッと潰れたように固まった。妻としてそうするのが当然だということは分かっている……それが、仮病でなければ。
グルグルと胃を掻き混ぜられるような気持ち悪さに襲われる。
隼斗兄さんに、どう説明したらいいんだろう……
美羽が困っていると、隼斗が短く息を吐いた。
「義昭くん……病院には行ったのか?」
「ううん。ただの風邪だから、寝てれば治るって。お義母さんも、『せっかくなんだから、行ってきなさい』って言ってくれてるし」
隼斗から視線を逸らし、俯いた。
お願い。どうか拒否しないで。
私も一緒に連れてって……
祈るような気持ちでいると、隼斗に背中を向けられた。
「隼斗、兄さ……」
小さく呟いた美羽の瞳の奥が熱くなる。
「じゃ、行くか」
ボソッと呟いた隼斗の声を聞き、美羽は大きく頷いた。
「うん!」
良かった……
だが、隼斗の足が止まり、美羽を振り返った。
「義昭くんのご両親に挨拶しておかないとな」
「あっ、大丈夫!
その、お正月でバタバタしてて手が離せないから……よろしく伝えてほしいって言われてたの」
「そうなのか?」
何度も嘘を上塗りすることに胸を痛めつつ、美羽は何かのきっかけでようやく掴んだ逃亡の機会を逃さないよう、必死に取り繕った。
「うん……」
隼斗が「そうか」と答えて、引き戸に手を掛け出て行く。その後ろ姿に、美羽は安堵の息を吐いた。
隼斗がトランクを開け、美羽のボストンバッグを積み入れた。
普段は3列シートの後ろ2列分を収納して契約農家から仕入れた食材等を載せられるようになっているが、今日は美羽と義昭が乗ることを考慮して3列シートの状態になっていた。美羽はその間に助手席の扉を開け、サイドステップを踏んで車高の高い座席に腰を下ろした。
仕入れた食材を車から店に運び込む手伝いをすることはあるが、こうして助手席に乗るのは義昭と結婚してからというもの半年に1回、お盆と正月だけだ。
それでも懐かしい気持ちを抱くのは、車を乗り換えても隼斗が毎回黒のランドクルーザーを購入するせいなのかもしれない。それだけでなく、車のフロアマットや清潔感を感じさせるシトラスブルーの芳香剤に至るまで、何ひとつ変えていない。それは、美羽をひどく安堵させた。
何度行っても慣れることのない義昭の実家の空気に触れていたせいで、特にそう感じているのだろう。
隼斗がここに来るまでの2時間が、なんと長く感じたことか。美羽は先程までの家族会議のことを思い出して、淀んだ気持ちになった。
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