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226.義昭の頼み
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障子を閉めて少し歩いてから義昭が立ち止まり、振り返った。美羽は警戒するように、必要以上に義昭とのスペースをあけた。
義昭が申し訳なさそうに切り出す。
「実は、先生に渡す金が用意できてないんだ。封筒はあるんだが、まだ銀行に行ってなくて、な……」
昨夜のことについての話題ではなかったとホッとしつつも、美羽は警戒を解くことなく、胸の前で腕を組んだ。
「じゃあ、隼斗兄さんと行く時にATMに寄って、お金おろしておけばいいかな? いつもと同じ金額でいい?」
美羽は生活費を義昭から現金で受け取っている。慶事や弔事などの際には、義昭が銀行からお金を引き出して美羽に手渡すことになっていた。もちろん、カードは義昭が管理しているため、美羽がお金を準備するなら彼からカードを借りなければならない。
美羽が尋ねると、義昭は顔を曇らせた。
「そのこと、なんだが……これから母さんの生活費のサポートで色々と金がかかるだろう? 母さんの生活費は僕の方から出すようにするから、お義母さんの方は……その……美羽が、工面してくれないか?」
あぁ、そういうこと……
「分かったわ」
ケチな義昭が、たとえ美羽の母親に体面を保つためとはいえ、毎年お金を出し続けてくれたことの方が普通ではなかったのだ。
ただ、これから先、義昭も美羽に他のことでも経済的に頼るようになったら……そんな不安が頭を掠めた。それを振り払うように気持ちを奮い立たせ、美羽は義昭に念を押した。
「その、代わり……お義母さんや圭子さんたちに、遺産に手をつけるつもりがないことをはっきり伝えて欲しいの。あのお金は、大切なお父さんの形見でもあるから。
お義母さんの生活費のことで、絶対にお義母さんや圭子さんたちの言いなりにならないで。ちゃんと金額を決めて、それ以上のお金は渡さないようにしないと、これからトラブルになりかねないから」
自分からそれを彼らに言えば、角が立ってしまう。美羽は、夫である義昭を間に立たせることで、なんとか穏やかにこの話し合いを収束させたかった。
「わ、分かったよ。これから美羽の迎えが来るまでの間に、このことを母さんも含めて話し合おう、なっ?
絶対に圭子の言うがままになんか、させないからさ」
ずれた眼鏡のまま義昭がヘラッと笑い、美羽はまたゾクリと背筋を震わせた。昨夜の恐怖が再び蘇り、ジリ……と一歩後退りする。
「美羽、もしかして怒ってるのか? 僕が勝手に母さんを家に泊めるって言ったから」
美羽の態度を勘違いした義昭が、機嫌をとるように、いつもより1トーン高い声で尋ねてくる。
怒ってる。もう、そんなレベルじゃない……それに、お母さんのこと以前の問題なのに。自分が昨日何をしたのか、分かっていないの!?
苛立ちを抱えたまま、美羽は諛うように笑う義昭から背を向けた。けれど、ここで喧嘩になって義昭が美羽についてくると言い出されても困る。
「……お義母さんが泊まるのは、圭子さんが晃さんの実家にいる間だけ、だよね? それ以上泊まることは、ないんだよね?」
自分が戻ってきてからも義母が我が物顔で家を占拠するようになれば、そこに自分の居場所はもうない。類が加われば、どんなことになるのか想像もつかなかった。
「ハハッ、そんなこと心配してたのか。母さんも言ってただろ? 圭子がいない間だけ泊まらせて欲しいって。
なぁ、美羽。大丈夫だ……僕たちの邪魔はさせないから」
違う。そんな心配をしてるんじゃない……
自分の質問が、義昭には美羽が母親に嫉妬していると取られたのだと分かり、雷に打たれたようなショックを受けた。家に帰ればまたあの恐怖が再現されるのだと仄めかされ、胃液がグゥと食道から喉奥へとせり上がり、吐き気を覚える。
今すぐにでも逃げ出したくなり、美羽は一刻も早く隼斗が来るようにと祈らずにはいられなかった。
義昭が申し訳なさそうに切り出す。
「実は、先生に渡す金が用意できてないんだ。封筒はあるんだが、まだ銀行に行ってなくて、な……」
昨夜のことについての話題ではなかったとホッとしつつも、美羽は警戒を解くことなく、胸の前で腕を組んだ。
「じゃあ、隼斗兄さんと行く時にATMに寄って、お金おろしておけばいいかな? いつもと同じ金額でいい?」
美羽は生活費を義昭から現金で受け取っている。慶事や弔事などの際には、義昭が銀行からお金を引き出して美羽に手渡すことになっていた。もちろん、カードは義昭が管理しているため、美羽がお金を準備するなら彼からカードを借りなければならない。
美羽が尋ねると、義昭は顔を曇らせた。
「そのこと、なんだが……これから母さんの生活費のサポートで色々と金がかかるだろう? 母さんの生活費は僕の方から出すようにするから、お義母さんの方は……その……美羽が、工面してくれないか?」
あぁ、そういうこと……
「分かったわ」
ケチな義昭が、たとえ美羽の母親に体面を保つためとはいえ、毎年お金を出し続けてくれたことの方が普通ではなかったのだ。
ただ、これから先、義昭も美羽に他のことでも経済的に頼るようになったら……そんな不安が頭を掠めた。それを振り払うように気持ちを奮い立たせ、美羽は義昭に念を押した。
「その、代わり……お義母さんや圭子さんたちに、遺産に手をつけるつもりがないことをはっきり伝えて欲しいの。あのお金は、大切なお父さんの形見でもあるから。
お義母さんの生活費のことで、絶対にお義母さんや圭子さんたちの言いなりにならないで。ちゃんと金額を決めて、それ以上のお金は渡さないようにしないと、これからトラブルになりかねないから」
自分からそれを彼らに言えば、角が立ってしまう。美羽は、夫である義昭を間に立たせることで、なんとか穏やかにこの話し合いを収束させたかった。
「わ、分かったよ。これから美羽の迎えが来るまでの間に、このことを母さんも含めて話し合おう、なっ?
絶対に圭子の言うがままになんか、させないからさ」
ずれた眼鏡のまま義昭がヘラッと笑い、美羽はまたゾクリと背筋を震わせた。昨夜の恐怖が再び蘇り、ジリ……と一歩後退りする。
「美羽、もしかして怒ってるのか? 僕が勝手に母さんを家に泊めるって言ったから」
美羽の態度を勘違いした義昭が、機嫌をとるように、いつもより1トーン高い声で尋ねてくる。
怒ってる。もう、そんなレベルじゃない……それに、お母さんのこと以前の問題なのに。自分が昨日何をしたのか、分かっていないの!?
苛立ちを抱えたまま、美羽は諛うように笑う義昭から背を向けた。けれど、ここで喧嘩になって義昭が美羽についてくると言い出されても困る。
「……お義母さんが泊まるのは、圭子さんが晃さんの実家にいる間だけ、だよね? それ以上泊まることは、ないんだよね?」
自分が戻ってきてからも義母が我が物顔で家を占拠するようになれば、そこに自分の居場所はもうない。類が加われば、どんなことになるのか想像もつかなかった。
「ハハッ、そんなこと心配してたのか。母さんも言ってただろ? 圭子がいない間だけ泊まらせて欲しいって。
なぁ、美羽。大丈夫だ……僕たちの邪魔はさせないから」
違う。そんな心配をしてるんじゃない……
自分の質問が、義昭には美羽が母親に嫉妬していると取られたのだと分かり、雷に打たれたようなショックを受けた。家に帰ればまたあの恐怖が再現されるのだと仄めかされ、胃液がグゥと食道から喉奥へとせり上がり、吐き気を覚える。
今すぐにでも逃げ出したくなり、美羽は一刻も早く隼斗が来るようにと祈らずにはいられなかった。
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