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217.背中越しの欲情

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「ックフ……フフッ……ハァッ、ハァッ」

 全身で拒絶する美羽の反応をあざけるかのような甲高い義昭の笑い声が、耳を塞いでいてもクチュクチュという厭らしい音に混じって鼓膜の中に染み込んでくる。細胞の隙間からヒタヒタと侵食し、美羽を汚染していく。

 堪えようとしても、全身が小刻みに震えてくるのを止められない。歯の根が合わず、布団を噛んだ。

「アハァッ、あぁっ!
 っぃ……美羽……!!」

 ジュプジュプと屹立した猛りを激しく上下する気配が、美羽の背中にビンビン伝わってくる。いっそ、義昭がAVでも見ながら自慰行為をしてくれた方がよほど良かった。

 今の義昭の性欲の対象が自分にあり、想像されながら自慰行為をされていることに身の毛がよだつ。

 ーー自分がどうして今までこの男と躰を重ねていられたのか分からない。

 義昭とのセックスを思い起こすことさえ、苦痛だった。

 どうして、こんなことするの!?
 隣には、離縁宣言されたばかりのお義父さんだって寝てるのに……

 これは、大作に対してのパフォーマンスなのだろうか。妻に見限られて落胆する父親に対しての、復讐なのか。
 自分は父親とは違い、妻と良好な夫婦関係を築いているのだと、セックスしている演技を聞かせているつもりなのだろうか。

 美羽は混乱しながらも、突然始まった義昭の自慰行為に怒りさえ覚えた。

 だとしても、私は父親にあてつけるための道具なんかじゃない。いったい義昭さんが何を考えているのか、全然分からない。

 早く、早く終わって……

「ゴホンッ、ゴホッ……」

 障子を隔てた隣の部屋から義父の咳の音が響いてきて、美羽はビクッと肩を揺らした。

 それを境に義昭の声がピタッと止み、ピンとした空気が張り詰める。

 やっぱりお義父さん、起きてたんだ!

 障子1枚を隔てているだけなのだ。大作が起きていたのだとしたら、義昭の喘ぎ声だけでなく、卑猥な水音も聞かれていたに違いない。 

 いざとなったら怖じけづいたのか、義昭は衣摺れの音すらさせず、身を潜めて呼吸さえも止めているかのようだった。

 お義父さん、こんな時に不謹慎だって怒鳴り込んでくるつもりじゃ……

 布団がガバッと捲れ、義父が立ち上がる音が聞こえてきた。義昭が低く「ヒッ」と呻く。

 スッと障子が開けられ、緊張で鼓動が速くなる。

 だが、それは義父と自分たちの部屋を隔てている方ではなく、廊下へと続く障子の方だった。

 バタン!

 大きな音を響かせて障子が閉められ、ドスッドスッと不快感を露わにする足音を響かせながら、大作が部屋から去って行った。

「フゥ……」

 美羽は布団の中で短く息を吐き出した。いまだに、心臓がコトコトと鳴っている。

 義父に障子を開けられずに安堵する一方で、息子の痴態を見せつけたかったという思いも胸に込み上がる。

 だが、これで義昭の自慰行為を聞かせられずに済むと息を吐き出した。

 今まで気にならなかった隣の部屋の時計の秒針音が、高く響いて聞こえる。美羽と義昭は、息を潜め続けた。
 
 大作は、5分経っても10分経っても戻ってくることはなかった。おそらく、今夜は書斎で寝ることにしたのだろう。

 美羽はようやく緊張を解き、躰の力を緩めた。これでようやく、眠りにつけると安心した。

 だが……

「ッハァ、ハァッ……ぁあ」

 義昭の自慰行為が、再び始まったのだ。

 どう、して……!?

 美羽は、信じられない思いで落胆し、布団を掴む手にギュッと力を込めた。

 どうしたらそんな事が出来るのか、義昭の行動は美羽には理解不能だった。いや、理解したくもなかった。

 再び聞こえてくる喘ぎ声は義父がいなくなったことにより、更に大きく、激しくなっている。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……ハッ、ハッ、ハッ……」

 畳から振動が伝わってくる。自分の躰まで揺さぶられ、犯されているかのような錯覚に陥る。

 もう、嫌……
 やめて! お願い……耐えられないック。

「ウクッ……ンッ、ンッ……ンンッ!」

 美羽の我慢が限界に達しようとした時、情けない声と共に義昭の手が美羽へと伸びてくる気配がした。

「ヒッ!!」

 声にならない声をあげ、美羽は被った布団の中で怯えながら全身を震わせた。

 シュッ、シュッと素早くティッシュが引き抜かれる音が聞こえてきた。

「ッック!! ッフ……」

 ち、がった……

 布団を被った美羽の額から、じっとりと脂汗が浮き出た。

 手を伸ばしたのは自分にではなく、自分と義昭の布団の間の上に置かれていたティッシュ箱だと分かりホッとするものの、義昭が今まさに自分の隣で欲を吐き出してティッシュで包み込み、拭いているのだと考えるだけで寒気がした。

 布団を被っていても雄独特の獣の臭いが入り込んできているような気がして、美羽は胃から湧き上がってくる吐き気を覚えて喉をぐっと押し下げた。

 背中に衣擦れの音が響き、義昭がスッと立ち上がる気配がする。

 な、にをするつもり、なの……

 額からジワリと汗が吹き出てくるのを感じながら、美羽は指の関節が痛くなるほど殊更強く布団を掴んだ。 

 義昭が美羽の頭の横を通り過ぎ、障子を開けて出て行く音が聞こえた。

 力が抜けるのを感じながら、美羽はそれでも布団から顔を出すことはしなかった。

 怖い……
 これからもし、毎晩こんなことが続くのだとしたら、耐えられない!
 ううん。これからもっと酷くなるかもしれない。

 どうしたら、どうしたら……いいの。
  
 義昭の足音が近づいてきて、美羽はビクッと躰を震わせた。義昭の視線を布団の中からでも感じる。

「美羽、おやすみ」

 義昭の声にゾクゾクと虫が這いずるような感触が背中を走る。

 もう、やだ……
 ここから、逃げたい。

 鼻の奥がジンと熱くなり、痛くなった。
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