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214.偽りの家族

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 琴子の離縁宣言により、いつの間にか新年を迎えていた。当然のことながら、義昭と初詣に行くことはなかった。

 もう時間が遅いからとそれぞれの自室へ帰ることになったが、今夜琴子は茶の間で寝ると宣言し、それを聞き、怒った大作はひとり寝室に入って行った。

 客間に戻った美羽は、隣の部屋で寝ている大作に聞かれるかもしれないと思いながらも、ゴクッと生唾をのんでから、義昭に面と向って切りつけた。

「義昭さん……
 類のことも、遺産のことも、お義母さんに話していたのね」

 普段より強い口調の美羽に、義昭は表情を引き攣らせた。

「あ、あぁ……家族なんだから、当然だろう」

 美羽の硬く抑えていたストッパーが、義昭の言葉が引き金となってカチャリと外された。全身が焼けるように熱くなり、美羽は声を震わせながらも義昭を責めた。

「じゃあなんで家族である私には、類のことや遺産の話をお義母さんに伝えたことを言わなかったの!?

 それだけじゃない! 私には生活費について細かく指示を出して文句を言ってたくせに、自分はこっそりお義母さんにお小遣いあげて黙ってたし!! 手土産だって、毎月1、2回帰るのに、あんな高い羊羹毎回買う必要あるの? うちには1回も買ってきたことなんてないのに!!」

 マグマ溜まりとなっていた義昭への怒りが、今にも噴火山のように爆発してしまいそうだった。

 義昭は頬を紅潮させ、媚びを売るようにヘラと美羽に笑いかけた。

「わ、分かった。今度から、うちにも羊羹買うから」
「そんなことじゃない!!」

 なんで分からないの!?

 怒りは鎮まるどころか、ますます増すばかりだ。瞳の奥が熱くなり、涙が溢れないよう義昭をキッと睨みつけ、美羽はギリギリのところでなんとか平静さを保とうとした。

 美羽とは対照的に、義昭はますますへつらうようにして取り入ろうとしてくる。

「母さんに話してることを美羽は分かっているだろうと思ってたし、理解してくれるはずだと思ってたんだよ。僕たち、夫婦だろ」

 美羽の肩が大きく震え、顔が熱くなる。

 分かるわけ、ない。
 あなたは私を理解しようともしなかったし、私だってもうあなたを理解したくなんてなかったのだから!

 ……こんなの、夫婦だなんて言えるはずないじゃない。

 震える唇を無理やり閉じて、荒くなりそうな呼吸を意識して深くすることで心を落ち着かせ、美羽は義昭に静かに尋ねた。

「ねぇ、お義母さんが離婚するつもりだってことは知ってたの?」
「いや……今日初めて聞いて、驚いたよ」

 先ほどの母親の宣告を思い出して落胆した表情を見せる義昭に、美羽は皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「それじゃ、義昭さんはお義母さんにはなんでも話してるけど、お義母さんは義昭さんになんでも話してるわけじゃないってことだよね」

 義昭にこれぐらいの仕返しでもしなければ、気が済まなかった。

 ううん、今まで私が義昭さんにされてきた仕打ちを考えたら、こんなのじゃ全然足りない。
 もっと酷い目に合わせたい……

 そんな残酷な感情まで、心の奥から芽生えてきそうだった。

 美羽は更に義昭を問い詰めた。

「圭子さんたちと同居するつもりだったことや、その為にもっと大きな家に引っ越ししようと考えてたことは?」
「もちろん、知るわけないだろう。
 母さんに、離婚する意思があることも知らなかったんだから!」

 義昭は大きく首を振った。

「疑ってるのか? なぁ、信じてくれよ美羽」

 縋るように見つめてきた義昭は、突然じゃれついてきた薄汚い野良猫のようで、違和感と気色悪さしか覚えなかった。

 美羽は纏わりつく義昭の視線を振り払い、声を押し殺した。



「お義母さんは……私の遺産を当てにして、離婚を決意したってことだよね」



 美羽だって、こんなこと本当は言いたくなかった。

 けれど、義昭の家族の中で一番信頼し、慕っていた義母のあまりの発言に失望し、打ちのめされていた。義母にとって息子の義昭が可愛いということはよく理解しているつもりだったが、それでも美羽は義母に大切にされていると信じていたのに……

 この家には、自分の味方は誰一人いないのだと思い知らされた。
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