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205.夫からの誘い
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大作を囲んで再びぴりぴりとした空気が漂う中、夕食が始まった。大作は自分でカニの身を解すことをせず、琴子が全てやっている。しかも、ほのかにも食べさせているため自分が食べる暇などまったくない。
美羽はそんな琴子を心配しながらも、息子の嫁である自分が口出しするべきではないと押し黙った。この家に来てからまだ半日も経っていないのに、既に胃に穴が空きそうなほどのストレスを感じていた。
少しでも気を抜くと、類への気持ちが溢れ出してくる。類が何をしているのか気になって仕方ない。忘れよう、考えないようにしようと思っていても、針ほどの隙間からさえも入り込んでくる。
もしかしたら今頃、類からLINEが入ってきてるかも……
そう考えてしまったが最後、美羽は落ち着いていられなくなった。カニでべとべとになった手を濡れ布巾で拭くと立ち上がった。
逸る気持ちを抑えて客間へと向かい、障子を閉めてゆっくりと息を吐き出した。鞄のジッパーを開ける指が震えている。
期待に満ちた心で手に取ったスマホには、類からのメッセージは何もなかった。
「ック……」
期待してた分だけ、余計に裏切られたような気持ちになり、美羽の瞳の奥が熱くなる。
本当に、あの時……『行かないで、私の傍にいて』って言えば良かった。
類からのメッセージ以外は何も見たくない。
そう思うのに、何をしているのか気になって、美羽はカフェ仲間からのLINEのメッセージを次々に開けていった。
『めちゃめちゃ渋滞に捕まってるっす! でも、ゲームとかカラオケしてるんで全然気にならないってか、むしろ楽しんでますよー!!』
『みんなお酒飲みすぎ! 萌が絡んできて超ウザいの、美羽助けてー。シラフなのは私と類くんだけだよ、ったくもう』
『みうたんみうたんみうたんたーん♪』
『ようやくロッジ到着ー!
楽しんできますねー!!』
『ロッジ、めちゃめちゃ広いよ! しかも温泉付きなの!
あー、美羽も来られれば良かったのに』
メッセージのひとつひとつから皆が楽しんでることが伝わってきて、ジンジンと肌に突き刺さる。
添えられた写真にはどれも類が笑顔で写っていて、皆との親密度が増しているのを見せつけられて胸が痛くて呼吸が苦しくなった。
類……どうして何も連絡くれないの。
寂しいよ……
鼻の奥がツンと熱くなり、涙が溢れてきた。
突然スッと障子が開き、美羽は肩を震わせた。
「ッ!!」
「美羽、何してるんだ?」
よし……あき、さん……
どうして、ここに!?
美羽は動揺しながらも、舌の先を強く噛んで涙を止めるとゴクリと生唾を飲み込んだ。
「義昭さんこそ、どうしたの?」
時間を稼ぎつつ、義昭に背を向けたまま頬に手を当て、涙を拭った。
「あぁ……美羽が戻ってくるのが遅いから、体調でも悪くなったんじゃないかと心配になって」
私の体調が心配になって見に来たって……
義昭さんこそ、おかしいんじゃない? そんなこと、今までなかったのに。
そう言いたくなる気持ちを抑え、美羽は立ち上がった。
「類が無事に着いたか、確認してただけだから」
「そ、そうか……類は、なんて?」
類から直接連絡をもらったわけではない美羽の脳髄が、カッと熱くなった。
「さっき着いたみたい」
義昭とふたりきりの空間が耐えきれずに立ち去ろうとしてすぐ脇を通り過ぎようとすると、義昭が美羽の手首を握ってきた。
全身に寒気が走り、ビクッと震える。
「な、なに……!?」
思わず嫌悪を顔に出してそう尋ねた美羽に、義昭はパッと手を離した。
「ぁ。あぁ……今夜、初詣に行かないかと思って」
ぇ。なんで?
義昭の突然の誘いに困惑する。
毎年、大晦日は紅白の後で「ゆく年くる年」を見て、それが終わると形だけの挨拶を済ませ、それぞれ寝室へと戻る。家族で初詣に行くことなど、翌日の新年以降ですらしない。
だいたい、出不精の義昭が自らどこかに行こうと誘うこと自体が普通ではない。
「どう、したの……そんなこと、言い出すなんて。だったら、私じゃなく、お義父さんやお義母さんに聞いてみたら?」
自分にはそんな大事なことの決定権はないというように振ると、義昭はずれた眼鏡をクイと持ち上げ、ヘラ……と笑った。
「いや、家族全員でって意味じゃなく、ふたりでってことなんだが」
ますます意味が分からなかった。
義昭さんとふたりでなんて、行きたくない……
それが美羽の本音だった。
だが、初詣に行けば帰りが遅くなるし、疲れているからという理由で、もし寝室で迫られても言い訳が出来るかもしれない。
「うん、考えとく……」
美羽は曖昧に返事をすると、足早に客間を去っていった。
美羽はそんな琴子を心配しながらも、息子の嫁である自分が口出しするべきではないと押し黙った。この家に来てからまだ半日も経っていないのに、既に胃に穴が空きそうなほどのストレスを感じていた。
少しでも気を抜くと、類への気持ちが溢れ出してくる。類が何をしているのか気になって仕方ない。忘れよう、考えないようにしようと思っていても、針ほどの隙間からさえも入り込んでくる。
もしかしたら今頃、類からLINEが入ってきてるかも……
そう考えてしまったが最後、美羽は落ち着いていられなくなった。カニでべとべとになった手を濡れ布巾で拭くと立ち上がった。
逸る気持ちを抑えて客間へと向かい、障子を閉めてゆっくりと息を吐き出した。鞄のジッパーを開ける指が震えている。
期待に満ちた心で手に取ったスマホには、類からのメッセージは何もなかった。
「ック……」
期待してた分だけ、余計に裏切られたような気持ちになり、美羽の瞳の奥が熱くなる。
本当に、あの時……『行かないで、私の傍にいて』って言えば良かった。
類からのメッセージ以外は何も見たくない。
そう思うのに、何をしているのか気になって、美羽はカフェ仲間からのLINEのメッセージを次々に開けていった。
『めちゃめちゃ渋滞に捕まってるっす! でも、ゲームとかカラオケしてるんで全然気にならないってか、むしろ楽しんでますよー!!』
『みんなお酒飲みすぎ! 萌が絡んできて超ウザいの、美羽助けてー。シラフなのは私と類くんだけだよ、ったくもう』
『みうたんみうたんみうたんたーん♪』
『ようやくロッジ到着ー!
楽しんできますねー!!』
『ロッジ、めちゃめちゃ広いよ! しかも温泉付きなの!
あー、美羽も来られれば良かったのに』
メッセージのひとつひとつから皆が楽しんでることが伝わってきて、ジンジンと肌に突き刺さる。
添えられた写真にはどれも類が笑顔で写っていて、皆との親密度が増しているのを見せつけられて胸が痛くて呼吸が苦しくなった。
類……どうして何も連絡くれないの。
寂しいよ……
鼻の奥がツンと熱くなり、涙が溢れてきた。
突然スッと障子が開き、美羽は肩を震わせた。
「ッ!!」
「美羽、何してるんだ?」
よし……あき、さん……
どうして、ここに!?
美羽は動揺しながらも、舌の先を強く噛んで涙を止めるとゴクリと生唾を飲み込んだ。
「義昭さんこそ、どうしたの?」
時間を稼ぎつつ、義昭に背を向けたまま頬に手を当て、涙を拭った。
「あぁ……美羽が戻ってくるのが遅いから、体調でも悪くなったんじゃないかと心配になって」
私の体調が心配になって見に来たって……
義昭さんこそ、おかしいんじゃない? そんなこと、今までなかったのに。
そう言いたくなる気持ちを抑え、美羽は立ち上がった。
「類が無事に着いたか、確認してただけだから」
「そ、そうか……類は、なんて?」
類から直接連絡をもらったわけではない美羽の脳髄が、カッと熱くなった。
「さっき着いたみたい」
義昭とふたりきりの空間が耐えきれずに立ち去ろうとしてすぐ脇を通り過ぎようとすると、義昭が美羽の手首を握ってきた。
全身に寒気が走り、ビクッと震える。
「な、なに……!?」
思わず嫌悪を顔に出してそう尋ねた美羽に、義昭はパッと手を離した。
「ぁ。あぁ……今夜、初詣に行かないかと思って」
ぇ。なんで?
義昭の突然の誘いに困惑する。
毎年、大晦日は紅白の後で「ゆく年くる年」を見て、それが終わると形だけの挨拶を済ませ、それぞれ寝室へと戻る。家族で初詣に行くことなど、翌日の新年以降ですらしない。
だいたい、出不精の義昭が自らどこかに行こうと誘うこと自体が普通ではない。
「どう、したの……そんなこと、言い出すなんて。だったら、私じゃなく、お義父さんやお義母さんに聞いてみたら?」
自分にはそんな大事なことの決定権はないというように振ると、義昭はずれた眼鏡をクイと持ち上げ、ヘラ……と笑った。
「いや、家族全員でって意味じゃなく、ふたりでってことなんだが」
ますます意味が分からなかった。
義昭さんとふたりでなんて、行きたくない……
それが美羽の本音だった。
だが、初詣に行けば帰りが遅くなるし、疲れているからという理由で、もし寝室で迫られても言い訳が出来るかもしれない。
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