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204.気不味い空間

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 圭子がキッと義昭を睨みつける。

「兄さんの方が黙ってよ、関係ないんだから。たとえ兄さんのお金だったんだろうと、お母さんに渡した時点でお母さんのお金なんだから、どう使おうが勝手でしょ!」
「僕はお前にやるために母さんに渡したんじゃない!」
「ちょっとふたりとも静かにしなさい。ほのちゃんが起きちゃうでしょ!」

 晃はビールの空き缶をテーブルの隅に押しやり、「ちょっとタバコ買ってくる」と言って立ち上がり、逃げるように去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、義昭が呆れたように息を吐いた。

「ほんとに晃さん、店の経営が苦しいのか? お前らギャンブルで借金とか作ってんじゃないだろうな」

 圭子はビクッとして、肩を窄めた。

「そ、そんなわけないでしょ! 私たちだって子供いるんだし、ちゃんと趣味の範囲で楽しんでるわよ……」

 ビールを手にしてグッと飲み干すと、再びTVへと視線を戻し、これ以上会話をすることを全身で拒否した。

 義昭はそんな圭子に対して文句を言いたりなさそうな表情を見せたものの、母親の手前これ以上何も言えず、悔しそうに口を閉じた。

 重苦しい空気が流れる中、琴子が寿司を食べ終えて立ち上がったのをきっかけに、美羽も片付けを始めた。

 台所に来るとホッとする。昔は『台所は女の城』などと言われたが、それは、台所以外に自分の場所がなかった妻のせめてもの憩いの場であったのだろうと思った。今の美羽にとって、まさにそうだ。

 寿司桶を片付け、湯のみを洗い終えると、美羽は琴子に声を掛けた。

「お義母さん、あと大掃除済んでいないところがあれば言ってください。今年は文子おばさんがいないですし、大変ですよね」

 琴子は布巾で手を拭きながら、にっこりと微笑んだ。

「じゃあ、そうね……電球の傘とカーテンレール、箪笥や書棚の上を拭いてもらえるかしら。年を取ると高いところの掃除が億劫になっちゃって。
 美羽さんがいてくれると、助かるわ」
「いえ、少しでもお役に立てて良かったです」

 これで、ちょっとは気を紛らわすことが出来る……

 美羽はホッと表情を緩ませた。

 琴子がコップを手に取り、蛇口から水を入れて錠剤を用意した。

「お義母さん、どこかお体の具合が悪いんですか?」
「最近、頭痛と肩凝りが酷くてね。高血圧や不整脈も出てるし、年を取るとあちこちにボロが出ていやぁね」

 琴子は気怠そうに首を鳴らし、錠剤を手にすると水で飲み下した。

「どうか、無理しないでくださいね」

 そう声を掛けながら、不安が広がる。まだまだ先だと思っていた義両親の介護問題が近づいてきているのを感じた。もし今、同居を迫られたら類はどうなるのだろう。

 それを機に類と離れられるチャンスであるはずだが、美羽は心から喜ぶことは出来なかった。

 美羽はそれから掃除に没頭し、それが終わると琴子と共にカニ鍋の準備を始めた。その間にほのかが昼寝から起きてきて再び賑やかになり、ほのかの世話をするために家事の主導権が琴子から美羽へと渡り、急に慌ただしくなる。

 夕飯は紅白歌合戦の開始と共に始まるので、それまでに全て準備をしなければならない。こたつの上にカセットコンロを置き、鍋をセッティングした頃には、書斎にいた大作やタバコを買いに外に出ていた晃も戻り、再び茶の間に家族が集まった。

 大作がどっかり腰を下ろすと、琴子に呼び掛ける。

「おい、熱燗」
「はい、お父さん」

 琴子はほのかを抱っこしたまま台所にいき、鍋に水をかけると酒を入れたとっくりを沈めた。取り皿や箸を準備していた美羽が顔を上げる。

「あとは何かありますか?」
「あとはお父さんの熱燗持っていくだけだから、美羽さんは座ってて」
「じゃあ、私持って行きますよ」

 少しでも茶の間にいたくなくて美羽がそう言うと、琴子は困ったように微笑んだ。

「そうして欲しいんだけど、熱燗は私が持っていかないとお父さんの機嫌が悪くなるから」
「そう、ですか……分かりました。じゃ、ほのちゃん連れて行きますね」
「ありがとう。来年には美羽さんに熱燗持って行ってもらえるようにお父さん変えるから、その時はよろしくね」

 そんな冗談を言いながら琴子がにっこりと笑い、美羽も微笑み返した。

「えぇ、その時は任せてください。
 じゃ、ほのちゃんいこっか」
「やーだ!」

 だが、ほのかは琴子の胸からなかなか離れようとしない。

「ごめんね、ほのちゃん……」
「ほのちゃーん、アチチになっちゃうから美羽おばちゃんと一緒にTV見てて。ね?」
「やーだ!!」

 引き剥がすようにして、なんとかほのかを受け取った。ギャーギャー喚く声は届いてるはずなのに、こんな時にも母親であるはずの圭子は顔すら見せようとしないことに苛立ちが募る。
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