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202.ほのかの癇癪

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 美羽は人数分の湯のみにお茶を入れ、まずは大作の前に置いた。

「お義父さん、どうぞ」

 当然のように、返事はない。今まで生きてきた人生において、誰かに頭を下げたり、感謝の言葉を述べたことなどないのでは、と思えてくる。1年前に会社を辞めてから、大作の意固地さは更に輪をかけて酷くなっている。

 先ほどよりもピリピリした空気が流れる中、美羽は湯のみを配っていった。晃の目の前に置いた途端、厭らしい視線でねっとりと見つめられ、美羽はサッと目を逸らした。

 湯のみが全員に行き渡り、大作が箸を取ったのを合図に、食事が開始となる。

「ほのちゃんは玉子なら食べるかしら?」
「やーだ」
「じゃあ、かっぱ巻きは? きゅうり」
「やーだ」
「困ったわねぇ。
 圭子! ほのちゃん、お寿司だと何なら食べられるのかしら?」

 ほのかを胸に抱きながら尋ねた琴子に、圭子は視線をTVに向けたまま答えた。

「今は何言っても『やーだ』しか言わないもん。なんか適当に食べれるもん食べさせて」
「あ、そうだ! お雑煮なら食べられるかしら。お餅は入れずに汁だけとか」
「やーだ!」
「ちょっと待っててね、ほのちゃん」
「やぁーーーーーーーーーーーーーーーーーだっっ!!」

 ほのかを下ろし、台所に向かった琴子に向かって、ほのかが絶叫した。

 圭子がイライラしてほのかの腕をグイと取り、頬をムニと抓った。

「あぁっ、ほんとこっちが嫌になっちゃう!
 ねぇ、ほのか! あんた、『やーだ』しか言えないの!?」

 美羽は圭子の行為にギョッとし、咎めたい気持ちになったものの、グッと押さえつけた。圭子の行為を批判したところで、『子供を産んだこともないくせに、何が分かるのよ!』とか『うちの躾に口出さないでよ!』と返されるのは目に見えている。ただでさえ、義昭と圭子の仲が険悪なのに、美羽まで関係を悪化させたくなかった。

「やぁだ!! やぁだ!! やぁだ!!」

 ほのかは母親の圭子の手を振り払って「ウォーーーッッ!!」と獣のように叫ぶと畳に寝転び、足をバタバタさせて騒ぎ出した。

 圭子も晃もそんなほのかを横目に新たな缶ビールを手にし、TVの音量を上げた。それに負けじと声を大きくするほのかに対抗して、TVの音量はどんどん上がっていく。

 鼓膜がグワングワン鳴り響く。

「うるさいっ! おい、なんとかしろっっ!!」

 大作が耐えかねて箸をバンッと置き、圭子を叱りつけた。

 圭子はわざとらしく大きく溜息を吐いた。

「しょうがないでしょ、お父さん。こうなった時のほのかに構うと、余計に酷くなるんだから。静かになるまでほっとくしかないの」
「食事に集中出来んだろうが!」
「だったらお父さんが、ほのかどっか連れてってよ」
「俺には関係ない。お前が勝手にこの男と作って出来た子供だろう!」

 晃が『この男』と大作に指をさされて首を竦め、慌てて座り直す。

「ちょっ、仮にも孫に向かってそれはないでしょ!」
「こんな年の離れた男に騙されおって。あいつは認めたかもしれんが、俺はまだ許していないぞ!」
「なに昔の話蒸し返してんのよ! やめてよね、もう3年も前の話でしょ。ほのかもいるのに!!」
「だったら俺たちに迷惑をかけるなと言ってるんだ。お前、この男の店の経営がうまくいってないとか言って、母さんから金借りてるんだろ。そんなのは自分たちで何とかしろ!」

 ほのかの声は鳴き声となってこの家全体に響き渡っていた。ワンワン鳴り響く音は脳髄までガンガン揺さぶられ、頭痛を引き起こす。

「ほのちゃん……」

 美羽は宥めるようにほのかの腕を取ってみたが、ほのかは腕を振り払い、更に足を大きくジタバタさせるだけだ。子供の扱いに慣れていない美羽はどうしていいのかわからず、途方に暮れた。

 義昭は、まるで自分だけが別世界の人間のように、新聞を片手に寿司を食べている。たとえ一時でも彼との子供を望んでいた自分に嫌気がさした。子供が産まれたところで育児に参加しないのは、目に見えている。

 寿司を食べる気になど、とてもじゃないがなれなかった。今頃類は大勢の友達に囲まれてスキーを楽しんでいるのかと思うと、悲しくなってくる。

「ほらー、ほのちゃん!
 美味しいお雑煮持ってきましたよー♪」

 お雑煮を手に戻ってきた琴子に、美羽は救いの女神を見上げるが如く安堵の息を吐いた。

 その後、ほのかは泣き疲れて琴子の胸の中で眠ってしまった。

「ほのちゃん、運ぶわね」
「あ、お義母さん。私、やりましょうか?」

 美羽が心配して声を掛けたが、琴子は笑顔で首を振った。

「大丈夫よ。まだほのちゃんぐらいなら軽いものだし、下手に動かして起こしちゃうといけないから」
「じゃあお布団敷きましょうか?」
「ほのちゃんがお昼寝するだろうと思って、あらかじめ敷いておいたのよ。ありがとう、美羽さん」

 そんなふたりの会話がまるで聞こえていないかのように圭子は一切を母親に任せ、いくら巻きを口に運んだ。
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