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194.萌への不安

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 皆、連日の忙しさが終わって明日から長期休暇に入ることでくつろいだ表情になっている。いつもならここに芳子がいて忘年会を取り仕切るのに、いないことに寂しさを覚えた。

 よっしー、どうしてるかな。
 LINEのメッセージでは元気そうだったけど、出産まできっと不安だよね。明日には退院するってことだし、近いうちに会いに行こうかな……

 料理に手をつけようとしない美羽に気づき、類が彼女の皿を手に取った。

「ミュー、何食べる? 取ってあげるよ」
「えっと、じゃあローストチキンとパスタを」
「うん、りょーかい♪」

 類がトングを手にゴルゴンゾーラチーズのパスタを綺麗に皿に取り分け、サイドにローストチキンを添える。

「はい!」
「ありがとう」
「えーっ、美羽たんいいなー。私も類たんに取ってもらいたーい!」

 ちゃっかり類の左隣を確保した萌が、身を乗り出した。

 右隣に座る美羽の躰が強張るのを感じながら、類は美しい笑みを見せた。

「うん、いいよ」
「類たん、ジェントルマーン♪」
「何が欲しい?」
「じゃあ、フライドチキンとポテトお願いたーん!」

 類が萌の皿を受け取ってフライドチキンとフライドポテトを載せ、ケチャップとマヨネーズを添える。

「ケチャマヨ付きとは、類たん気が利くたーん」
「これ、ハーブと塩こしょうで既に味付けしてあるから、そのままで十分美味しいけどね。あと、ニンニクは臭いが気になるかもしれないと思ってやめといたよ」
「うわぁ、類たん気遣い、神ぃ!!」

 いつも自分だけを特別扱いしてくれていた類が、萌を自分と同等に扱うことに耐えられない。それが普通なのだと言い聞かせようとしても、心が拒否反応を示してしまう。

「あ、じゃあ俺の分も類くんお願い」

 皿を差し出した浩平に、類が笑顔で押し返す。

「ごめんね、可愛い女の子しか受け付けないんだ」
「えぇっ、じゃあ私は!?」

 香織が耳をピクンとさせ、怪訝な表情を浮かべた。

「もちろん、香織さんのも取ってあげるよ。どれがいい?」
「アハハ、冗談だから! 自分が食べるものぐらい、自分で取るし!」

 香織が類のオファーを断ったことにホッとしつつも、冗談を言い合えるような仲になっていることにチリチリと焼け付くような痛みを覚える。

「あーっ、明日からスノボ楽しみっすねー。類くんは美羽さんと一緒に住んでんですよね?」

 もう既に周知の事実にも関わらず、改めて浩平の口から言われるとドキッとしてしまう。類は柔らかく微笑んだ。

「うん、そうだよ」
「じゃ、明日は朝8時に迎えに行くんでそれまでに準備しといてください! それからかおりん、萌たんを拾っていきますねー」

 香織がカボチャのキャセロールを自分の皿によそいながら、浩平に視線を向ける。

「浩平が運転すんの? 雪道とか、大丈夫なわけ?」
「俺が運転すんじゃないっすよー。ツレで中型免許持ってる奴がいて、マイクロバス借りてみんな纏めて行くんすよ。えーっと、全部で男が5、女が5で10人っすね。今年は今まで一番賑やかになりそうっすよー!!」
「ウキャーッ、楽しみたーん♪」
「あんた、寒いの嫌だったんじゃないの?」
「あーっ、こーたん告げ口!! 萌たん今年はがんばるたんっ」
「何を頑張るんだか」
「まぁま、みんなで楽しく過ごしましょーよ! ねっ、類くん!」
「うん、楽しみだね」

 まるで謀ったかのように席順も奥が隼斗と美羽、残りがスノボ組となっているため、自然と4人で顔を突き合わせてスノボの話題で盛り上がっていた。

 美羽はローストチキンを食べてから、隼斗に顔を向けた。

「隼斗兄さん、これ凄く味が染み込んでて美味しい」
「そうか、良かった」

 隼斗が表情を緩ませる。

「美羽、これからデザートを出すんだが、盛り付け手伝ってくれないか」
「ぇ。あぁ、うん……」

 厨房の皿洗いや雑事をこなすことはあるものの、盛り付けなど今まで頼まれたことはなかった。不思議に思ったが、これは会話に加われずにいる自分への隼斗なりの気遣いなのだと気づき、美羽は心が温かくなった。

 立ち上がった美羽に、類がすかさず声をかける。

「ミュー、どこ行くの?」
「今からデザートの準備、手伝ってくるね」
「あっ、じゃあ僕も!」

 立ち上がりかけた類を隼斗が制す。

「2人いれば十分だ。今日は類の歓迎会でもあるんだから、楽しんでくれ」
「そぉっすよー、隼斗さんもそう言ってるんすから、気ぃ遣わなくて大丈夫ですって!」

 気遣いじゃねぇーっつーの!

 そんな隼斗と浩平に、類は激しい憤りを覚える。

 だが、そんなことを少しも感じさせない笑みを見せて答えた。

「でも、少しでも厨房に慣れたいし、デザートの盛り付けって興味あるんだよね」
「だーめ、今日は類たんお仕事終了たーん! みんなで楽しく話してるんだからー」

 萌が類の腕をギュッと掴んで、パッドの詰まった胸を押し付けてきた。

 マジうぜー、このロリヲタ女!! 気持ち悪いもん、押し付けてくんな!!

 こめかみがピクピクしそうになるのを感じながら美羽に助けを求めると、フイと目を逸らされた。

「せっかくみんなが類と喋りたがってるんだし、こっちは大丈夫だから。ありがとね、類」
「ミュー……」

 美羽はくるりと背を向けると、厨房へと歩いて行った。涙が込み上がってきそうになるのを、必死で抑える。

 萌たん、類のこと本気で狙ってるんだ。どうしよう……5日も一緒にいたら、積極的な萌たんのことだし、絶対何か起こっちゃう。
 もし類が萌たんと付き合いだしたら、私……普通でなんて、いられないよ。
 
 先ほど萌が類の腕にしがみついているのを思い出し、美羽はグッと目頭に一層力を込めた。
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