上 下
192 / 498

186.不機嫌

しおりを挟む
 義昭は今日から正月休みに入るまでの3日間は連日残業となっているため、早く家に帰宅する必要はない。初めて全日シフトに入り、疲れがピークに達している萌を早めに帰し、美羽は香織と共に閉店まで残ることになった。

 厨房では浩平が類に指示しながら清掃作業をし、隼斗は休みまでに大量に食材を残さないために在庫リストを確認し、メニューを考えていた。

「美羽が最後まで残ってくれると助かるわー。閉店作業ひとりでやるの大変なんだよね」

 レジ閉めでお金を数えている香織に、美羽は申し訳ない気持ちになった。

 閉店作業はやることが多い。調味料やナプキンの補充、メニューの消毒拭き、テーブルクロスの汚れチェック、フロアーの掃除機とモップがけ、トイレ清掃等に加え、レジ閉めもある。萌が手伝うこともあるが、客が遅くまでいるような時には先に帰らせるので、香織がひとりで閉店作業をする。

「ごめんね、かおりん。いつもお任せして先に帰っちゃって……」
「いいの、いいの。美羽は私と違って結婚して旦那さん待ってるわけだし、そんなに遅くなるわけにいかないしね」

 そう言われ、美羽は藤本のことを思い出していた。

「ねぇ、かおりん。あの日、藤本先生大丈夫だった?」
「ぇ? 結局空いてるホテルなくて家に帰ったみたいよー」
「そ、そうなの?」
「でも、奥さんも子供もすっかり眠ってたって言ってたわ。ほんと、どうしようもない旦那だよね」

 その旦那と浮気しておきながら言うのはおかしいと思いながらも、きっと藤本みたいなタイプの男は香織と浮気していなければ他の女性と同じことをしていただろうと美羽は考えた。『どうしようもない旦那』と言いながらも、未だ愛人関係を続けている香織にも理解に苦しむ。

 きっと、私には分からないふたりだけの深い絆があるんだろうな。
 私と類みたいに……

 仕事を終え、香織と共に控え室に入るとまたバイブ音が聞こえてきた。

 香織が自分のロッカーの扉を開け、鞄からスマホを取り出すと、電話に出ることなく切った。

「ねぇ……昼間にも何回か電話鳴ってたよ」
「うーん、そうなんだよね。私が休憩中にも掛かってきて、出ても何も言わずに切るし、番号通知なしだから」
「非通知でかかってきた電話を全て拒否するサービスとか番号通知するように案内音を流して切るサービスとかあるから、それやってみたら?」
「そうだね。番号通知なしで友達からかかってくるとかありえないし、気持ち悪いもんね。そうするわ」

 思い立ったらすぐ行動する香織は早速スマホを操作し、番号通知お願いサービスの設定をした。電話番号非通知の着信に対して「最初に186をつけて発信するなど、電話番号を通知しておかけ直しください」というアナウンスが流れた後、通話が自動的に終了するシステムになっていて、こちらも着信履歴は残らない。

「これでもかかってくるようなら、着拒するわ」
「うん、それがいいよ」

 ただの間違い電話や短絡的な悪戯電話であることを願いつつ、美羽は頷いた。

 控え室が開き、隼斗を先頭に厨房組が入ってきた。

「お疲れ」
「あ、隼斗さんも珍しく一緒に上がり?」

「あぁ。やっぱり3人いると全然進みが違うな」
「俺もめちゃめちゃ助かったっす。いっつも雑用押し付けられてるのが、類くんいてくれて負担めちゃめちゃ減ったし!」

 ウキウキする浩平を隼斗が睨みつけた。

「お前はもっと店に貢献するべきだ。俺が在庫チェックしてる間に勝手に特大パフェ作っただろーが」
「うぇっ、バレてたー!!」
「あっ、隼斗兄さん。ごめんなさい、それ私も食べたの……」

 美羽が慌てて謝ると、隼斗は浩平に見せた凄みのきいた顔を緩ませた。

「いや、浩平が勝手にしたことだろ。別に美羽は悪くない」
「あーっ、狡いっすよ! いっつも隼斗さんは美羽さんには甘々なんすからー」
「ほんとだよねぇ。可愛い妹だもんねぇ」

 香織までが浩平のノリに乗じてからかってきた。

「別に、そんなことないだろ」

 眉を寄せた隼斗に、香織がププッと吹き出した。

「はいはい、分かってるよ。隼斗さんは特別美羽に甘いんじゃなくて、特別浩平に厳しいんだよね」
「うわっ、それも嫌っすけどー」

 頭を抱えた浩平の側で類が微笑んでから、美羽の腕を取った。

「ミュー、あんまり遅くならないうちに帰ろ!」
「ぇ。あ……うん」

 類は素早くロッカーからチェスターコートを取り出すと颯爽と羽織り、鞄を手にした。美羽も急かされるようにロッカーを開け、ロングコートを着る。

「お疲れ様でしたー」
 
 カフェを出てから類は再び美羽の手を取り、無言で歩いていく。いつもの見慣れた景色が後ろに流れていき、美羽は類に慌てて声をかけた。

「ね、ねぇ類……こっち、駅と反対方向だよ?」
「いいの!」

 類は美羽を振り返ることなく言い放ち、無言のまま歩き続ける。強い風が吹き付けて美羽の顔から首筋へと入り込み、ブルッと躰を震わせる。類の後ろ姿を見上げながら、美羽は眉をギュッと寄せた。



 どうして類、機嫌が悪くなってるの?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...