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186.不機嫌
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義昭は今日から正月休みに入るまでの3日間は連日残業となっているため、早く家に帰宅する必要はない。初めて全日シフトに入り、疲れがピークに達している萌を早めに帰し、美羽は香織と共に閉店まで残ることになった。
厨房では浩平が類に指示しながら清掃作業をし、隼斗は休みまでに大量に食材を残さないために在庫リストを確認し、メニューを考えていた。
「美羽が最後まで残ってくれると助かるわー。閉店作業ひとりでやるの大変なんだよね」
レジ閉めでお金を数えている香織に、美羽は申し訳ない気持ちになった。
閉店作業はやることが多い。調味料やナプキンの補充、メニューの消毒拭き、テーブルクロスの汚れチェック、フロアーの掃除機とモップがけ、トイレ清掃等に加え、レジ閉めもある。萌が手伝うこともあるが、客が遅くまでいるような時には先に帰らせるので、香織がひとりで閉店作業をする。
「ごめんね、かおりん。いつもお任せして先に帰っちゃって……」
「いいの、いいの。美羽は私と違って結婚して旦那さん待ってるわけだし、そんなに遅くなるわけにいかないしね」
そう言われ、美羽は藤本のことを思い出していた。
「ねぇ、かおりん。あの日、藤本先生大丈夫だった?」
「ぇ? 結局空いてるホテルなくて家に帰ったみたいよー」
「そ、そうなの?」
「でも、奥さんも子供もすっかり眠ってたって言ってたわ。ほんと、どうしようもない旦那だよね」
その旦那と浮気しておきながら言うのはおかしいと思いながらも、きっと藤本みたいなタイプの男は香織と浮気していなければ他の女性と同じことをしていただろうと美羽は考えた。『どうしようもない旦那』と言いながらも、未だ愛人関係を続けている香織にも理解に苦しむ。
きっと、私には分からないふたりだけの深い絆があるんだろうな。
私と類みたいに……
仕事を終え、香織と共に控え室に入るとまたバイブ音が聞こえてきた。
香織が自分のロッカーの扉を開け、鞄からスマホを取り出すと、電話に出ることなく切った。
「ねぇ……昼間にも何回か電話鳴ってたよ」
「うーん、そうなんだよね。私が休憩中にも掛かってきて、出ても何も言わずに切るし、番号通知なしだから」
「非通知でかかってきた電話を全て拒否するサービスとか番号通知するように案内音を流して切るサービスとかあるから、それやってみたら?」
「そうだね。番号通知なしで友達からかかってくるとかありえないし、気持ち悪いもんね。そうするわ」
思い立ったらすぐ行動する香織は早速スマホを操作し、番号通知お願いサービスの設定をした。電話番号非通知の着信に対して「最初に186をつけて発信するなど、電話番号を通知しておかけ直しください」というアナウンスが流れた後、通話が自動的に終了するシステムになっていて、こちらも着信履歴は残らない。
「これでもかかってくるようなら、着拒するわ」
「うん、それがいいよ」
ただの間違い電話や短絡的な悪戯電話であることを願いつつ、美羽は頷いた。
控え室が開き、隼斗を先頭に厨房組が入ってきた。
「お疲れ」
「あ、隼斗さんも珍しく一緒に上がり?」
「あぁ。やっぱり3人いると全然進みが違うな」
「俺もめちゃめちゃ助かったっす。いっつも雑用押し付けられてるのが、類くんいてくれて負担めちゃめちゃ減ったし!」
ウキウキする浩平を隼斗が睨みつけた。
「お前はもっと店に貢献するべきだ。俺が在庫チェックしてる間に勝手に特大パフェ作っただろーが」
「うぇっ、バレてたー!!」
「あっ、隼斗兄さん。ごめんなさい、それ私も食べたの……」
美羽が慌てて謝ると、隼斗は浩平に見せた凄みのきいた顔を緩ませた。
「いや、浩平が勝手にしたことだろ。別に美羽は悪くない」
「あーっ、狡いっすよ! いっつも隼斗さんは美羽さんには甘々なんすからー」
「ほんとだよねぇ。可愛い妹だもんねぇ」
香織までが浩平のノリに乗じてからかってきた。
「別に、そんなことないだろ」
眉を寄せた隼斗に、香織がププッと吹き出した。
「はいはい、分かってるよ。隼斗さんは特別美羽に甘いんじゃなくて、特別浩平に厳しいんだよね」
「うわっ、それも嫌っすけどー」
頭を抱えた浩平の側で類が微笑んでから、美羽の腕を取った。
「ミュー、あんまり遅くならないうちに帰ろ!」
「ぇ。あ……うん」
類は素早くロッカーからチェスターコートを取り出すと颯爽と羽織り、鞄を手にした。美羽も急かされるようにロッカーを開け、ロングコートを着る。
「お疲れ様でしたー」
カフェを出てから類は再び美羽の手を取り、無言で歩いていく。いつもの見慣れた景色が後ろに流れていき、美羽は類に慌てて声をかけた。
「ね、ねぇ類……こっち、駅と反対方向だよ?」
「いいの!」
類は美羽を振り返ることなく言い放ち、無言のまま歩き続ける。強い風が吹き付けて美羽の顔から首筋へと入り込み、ブルッと躰を震わせる。類の後ろ姿を見上げながら、美羽は眉をギュッと寄せた。
どうして類、機嫌が悪くなってるの?
厨房では浩平が類に指示しながら清掃作業をし、隼斗は休みまでに大量に食材を残さないために在庫リストを確認し、メニューを考えていた。
「美羽が最後まで残ってくれると助かるわー。閉店作業ひとりでやるの大変なんだよね」
レジ閉めでお金を数えている香織に、美羽は申し訳ない気持ちになった。
閉店作業はやることが多い。調味料やナプキンの補充、メニューの消毒拭き、テーブルクロスの汚れチェック、フロアーの掃除機とモップがけ、トイレ清掃等に加え、レジ閉めもある。萌が手伝うこともあるが、客が遅くまでいるような時には先に帰らせるので、香織がひとりで閉店作業をする。
「ごめんね、かおりん。いつもお任せして先に帰っちゃって……」
「いいの、いいの。美羽は私と違って結婚して旦那さん待ってるわけだし、そんなに遅くなるわけにいかないしね」
そう言われ、美羽は藤本のことを思い出していた。
「ねぇ、かおりん。あの日、藤本先生大丈夫だった?」
「ぇ? 結局空いてるホテルなくて家に帰ったみたいよー」
「そ、そうなの?」
「でも、奥さんも子供もすっかり眠ってたって言ってたわ。ほんと、どうしようもない旦那だよね」
その旦那と浮気しておきながら言うのはおかしいと思いながらも、きっと藤本みたいなタイプの男は香織と浮気していなければ他の女性と同じことをしていただろうと美羽は考えた。『どうしようもない旦那』と言いながらも、未だ愛人関係を続けている香織にも理解に苦しむ。
きっと、私には分からないふたりだけの深い絆があるんだろうな。
私と類みたいに……
仕事を終え、香織と共に控え室に入るとまたバイブ音が聞こえてきた。
香織が自分のロッカーの扉を開け、鞄からスマホを取り出すと、電話に出ることなく切った。
「ねぇ……昼間にも何回か電話鳴ってたよ」
「うーん、そうなんだよね。私が休憩中にも掛かってきて、出ても何も言わずに切るし、番号通知なしだから」
「非通知でかかってきた電話を全て拒否するサービスとか番号通知するように案内音を流して切るサービスとかあるから、それやってみたら?」
「そうだね。番号通知なしで友達からかかってくるとかありえないし、気持ち悪いもんね。そうするわ」
思い立ったらすぐ行動する香織は早速スマホを操作し、番号通知お願いサービスの設定をした。電話番号非通知の着信に対して「最初に186をつけて発信するなど、電話番号を通知しておかけ直しください」というアナウンスが流れた後、通話が自動的に終了するシステムになっていて、こちらも着信履歴は残らない。
「これでもかかってくるようなら、着拒するわ」
「うん、それがいいよ」
ただの間違い電話や短絡的な悪戯電話であることを願いつつ、美羽は頷いた。
控え室が開き、隼斗を先頭に厨房組が入ってきた。
「お疲れ」
「あ、隼斗さんも珍しく一緒に上がり?」
「あぁ。やっぱり3人いると全然進みが違うな」
「俺もめちゃめちゃ助かったっす。いっつも雑用押し付けられてるのが、類くんいてくれて負担めちゃめちゃ減ったし!」
ウキウキする浩平を隼斗が睨みつけた。
「お前はもっと店に貢献するべきだ。俺が在庫チェックしてる間に勝手に特大パフェ作っただろーが」
「うぇっ、バレてたー!!」
「あっ、隼斗兄さん。ごめんなさい、それ私も食べたの……」
美羽が慌てて謝ると、隼斗は浩平に見せた凄みのきいた顔を緩ませた。
「いや、浩平が勝手にしたことだろ。別に美羽は悪くない」
「あーっ、狡いっすよ! いっつも隼斗さんは美羽さんには甘々なんすからー」
「ほんとだよねぇ。可愛い妹だもんねぇ」
香織までが浩平のノリに乗じてからかってきた。
「別に、そんなことないだろ」
眉を寄せた隼斗に、香織がププッと吹き出した。
「はいはい、分かってるよ。隼斗さんは特別美羽に甘いんじゃなくて、特別浩平に厳しいんだよね」
「うわっ、それも嫌っすけどー」
頭を抱えた浩平の側で類が微笑んでから、美羽の腕を取った。
「ミュー、あんまり遅くならないうちに帰ろ!」
「ぇ。あ……うん」
類は素早くロッカーからチェスターコートを取り出すと颯爽と羽織り、鞄を手にした。美羽も急かされるようにロッカーを開け、ロングコートを着る。
「お疲れ様でしたー」
カフェを出てから類は再び美羽の手を取り、無言で歩いていく。いつもの見慣れた景色が後ろに流れていき、美羽は類に慌てて声をかけた。
「ね、ねぇ類……こっち、駅と反対方向だよ?」
「いいの!」
類は美羽を振り返ることなく言い放ち、無言のまま歩き続ける。強い風が吹き付けて美羽の顔から首筋へと入り込み、ブルッと躰を震わせる。類の後ろ姿を見上げながら、美羽は眉をギュッと寄せた。
どうして類、機嫌が悪くなってるの?
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