187 / 498
181.噂
しおりを挟む
カフェがオープンし、いつも通りの営業が始まった。クリスマスが終わり、客層はいつものように昼休みのサラリーマンやOL、近所の主婦たちで賑わっている。
「こんにちは、大川さん、水井さん」
美羽はにこやかにグラスをテーブルに2つ置いた。彼らはこの近くの会社で営業として働いている、常連客だ。大川は美羽が大学生の頃から通っているので、長年の付き合いになる。水井は大川の部下で、最近よく連れ立ってランチに来ていた。
大川はグラスを手に取り、目尻の皺を一層深くした。
「美羽ちゃーん、いつも可愛いねぇ」
「大川さん、そのセリフは奥さんに言ってあげてください」
「いやぁ、うちのかみさんなんて、いつもTV見て寝そべってるトドみたいなもんだから、そんな気にもなんなんいよ!」
首と手を大袈裟に振った大川に、部下の水井が笑い掛ける。
「課長、そんなこと言っていいんですか? 奥さんに言いつけますよ」
「おいおい、やめろよ水井。お前だっていっつも『美羽ちゃん可愛い』って言ってんじゃないか」
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ!!」
水井は少し顔を赤らめ、一気にグラスの水を飲み干した。
「おふたりは、いつものでいいですか?」
昔は客に好意を向けられたり、誘われたりする度にドギマギしていたが、今では交わすのが上手くなったし、常連客は美羽が人妻であり、オーナーの妹であることを承知の上で冗談として言っているので気が楽だ。
注文を取り終え、厨房に向かう途中、大勢の騒めきから若い女の子達の会話が耳に入ってきた。
「あ、マミが話してたのってあの店員さんの弟じゃない?」
やっぱりもう、噂になってるんだ……
そう思いつつ美羽は素知らぬ顔で歩き、耳だけは会話に集中した。
「絶対そうだよ、めっちゃ綺麗だもん!! ねぇ、弟どこ? 見えないけど」
「厨房で働いてるって。でもオープンキッチンから見えないね。うわーっ、めっちゃ気になる!!」
美羽は彼女たちが自分の担当卓じゃなかったことにホッとしつつ、速足で厨房のカウンターに向かった。
店内を見回すと香織の担当卓の客が腰を上げ、レシートを手にレジへと向かっている。香織は新規の客に水を運んでおり、萌はウェイティングリストを確認していたが、客が向かってくるのを確認して、慌ててレジに入った。
「Aランチ2つ、お願いします!」
美羽はオーダー表をカウンターに通して早口で告げると、空席になったテーブルを片付けるために踵を返した。
自分の担当卓でなくても、互いに協力しあって客の流れをスムーズにする。長年一緒に働いている美羽と香織は何も言わなくてもそれが自然に出来、分かり合える。この一体感もまた、カフェ店員として働くうえで感じる充実感だった。
昨日、一昨日と通常営業でなかったせいか、いつもより客が多い。普段なら11時半から客が増えてきて12時を過ぎると満席状態となりウェイティングかかるのだが、今日はオープンの10時からコンスタントに客が入り、11時半には満席となっていた。店の外にはウェイティングの長蛇の列が出来ている。
厨房では隼斗がサラダを2つカウンターに出したが、美羽はテーブルを片付けていてすぐに取りに来られない。香織は新規の客にランチのことで色々質問を受けていて注文を取るのに時間がかかっており、萌はレジは終えたものの、ウェイティング客から苦情を受けている。
隼斗はずらっと並んでいるオーダー表をザッと眺めてから短く息を吐き、前を向いたまま浩平に告げた。
「浩平! Aランチのサラダ、5番テーブルに持ってけ」
「えぇっ、無理っすよー! 今、パスタ茹でてんすからっっ!!」
浩平がトマトソースをかき混ぜながら、声を荒げた。長年働いていてもランチタイムの忙しさは格別だ。特に今日はいつもより忙しいため、次々に入るオーダーをこなすのに精一杯で、厨房と接客を両方こなすなど、到底無理だ。
「じゃ、僕が持ってきますよ」
隼斗が類に振り向いた。
「類。いや……類くん、卓番わかるのか?」
「えぇ、覚えました。隼斗兄さん、ほんとは呼び捨ての方が呼びやすいんでしょ? 浩平くんみたいに、僕のことも類って呼んでくれればいいから」
類はにっこり微笑むと、隼斗の返事を待たずして厨房のドアを開けた。
「こんにちは、大川さん、水井さん」
美羽はにこやかにグラスをテーブルに2つ置いた。彼らはこの近くの会社で営業として働いている、常連客だ。大川は美羽が大学生の頃から通っているので、長年の付き合いになる。水井は大川の部下で、最近よく連れ立ってランチに来ていた。
大川はグラスを手に取り、目尻の皺を一層深くした。
「美羽ちゃーん、いつも可愛いねぇ」
「大川さん、そのセリフは奥さんに言ってあげてください」
「いやぁ、うちのかみさんなんて、いつもTV見て寝そべってるトドみたいなもんだから、そんな気にもなんなんいよ!」
首と手を大袈裟に振った大川に、部下の水井が笑い掛ける。
「課長、そんなこと言っていいんですか? 奥さんに言いつけますよ」
「おいおい、やめろよ水井。お前だっていっつも『美羽ちゃん可愛い』って言ってんじゃないか」
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ!!」
水井は少し顔を赤らめ、一気にグラスの水を飲み干した。
「おふたりは、いつものでいいですか?」
昔は客に好意を向けられたり、誘われたりする度にドギマギしていたが、今では交わすのが上手くなったし、常連客は美羽が人妻であり、オーナーの妹であることを承知の上で冗談として言っているので気が楽だ。
注文を取り終え、厨房に向かう途中、大勢の騒めきから若い女の子達の会話が耳に入ってきた。
「あ、マミが話してたのってあの店員さんの弟じゃない?」
やっぱりもう、噂になってるんだ……
そう思いつつ美羽は素知らぬ顔で歩き、耳だけは会話に集中した。
「絶対そうだよ、めっちゃ綺麗だもん!! ねぇ、弟どこ? 見えないけど」
「厨房で働いてるって。でもオープンキッチンから見えないね。うわーっ、めっちゃ気になる!!」
美羽は彼女たちが自分の担当卓じゃなかったことにホッとしつつ、速足で厨房のカウンターに向かった。
店内を見回すと香織の担当卓の客が腰を上げ、レシートを手にレジへと向かっている。香織は新規の客に水を運んでおり、萌はウェイティングリストを確認していたが、客が向かってくるのを確認して、慌ててレジに入った。
「Aランチ2つ、お願いします!」
美羽はオーダー表をカウンターに通して早口で告げると、空席になったテーブルを片付けるために踵を返した。
自分の担当卓でなくても、互いに協力しあって客の流れをスムーズにする。長年一緒に働いている美羽と香織は何も言わなくてもそれが自然に出来、分かり合える。この一体感もまた、カフェ店員として働くうえで感じる充実感だった。
昨日、一昨日と通常営業でなかったせいか、いつもより客が多い。普段なら11時半から客が増えてきて12時を過ぎると満席状態となりウェイティングかかるのだが、今日はオープンの10時からコンスタントに客が入り、11時半には満席となっていた。店の外にはウェイティングの長蛇の列が出来ている。
厨房では隼斗がサラダを2つカウンターに出したが、美羽はテーブルを片付けていてすぐに取りに来られない。香織は新規の客にランチのことで色々質問を受けていて注文を取るのに時間がかかっており、萌はレジは終えたものの、ウェイティング客から苦情を受けている。
隼斗はずらっと並んでいるオーダー表をザッと眺めてから短く息を吐き、前を向いたまま浩平に告げた。
「浩平! Aランチのサラダ、5番テーブルに持ってけ」
「えぇっ、無理っすよー! 今、パスタ茹でてんすからっっ!!」
浩平がトマトソースをかき混ぜながら、声を荒げた。長年働いていてもランチタイムの忙しさは格別だ。特に今日はいつもより忙しいため、次々に入るオーダーをこなすのに精一杯で、厨房と接客を両方こなすなど、到底無理だ。
「じゃ、僕が持ってきますよ」
隼斗が類に振り向いた。
「類。いや……類くん、卓番わかるのか?」
「えぇ、覚えました。隼斗兄さん、ほんとは呼び捨ての方が呼びやすいんでしょ? 浩平くんみたいに、僕のことも類って呼んでくれればいいから」
類はにっこり微笑むと、隼斗の返事を待たずして厨房のドアを開けた。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる