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169.戻ってきた家

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「お疲れーっす!」
「また明日ね、ふたりともー!!」

 浩平と香織に笑顔で手を振られ、美羽は微笑んで手を振り返したが、内心不安でたまらなかった。

「ミュー、かーえろ♪」

 類が美羽の腕を取り、歩き出す。

「る、類……こんなこと、普通の姉弟はしない、よ」
「そぉ?」

 類は気にするでもなく、パッと腕を離し、鼻歌を歌いながら美羽の少し前を歩く。

「ミューの職場の人たち、いい人たちばっかだねー。浩平くんはフレンドリーだしぃ、香織さんは面倒見が良くて優しいしぃ、隼斗兄さんは無口だけど頼りになるって感じで!
 フフッ、これから毎日楽しくなりそう♪」

 これまで癒しの場であり、大切だった人たちはもう、自分だけのものではなくなってしまったのだと、類の背中を見つめながら憂いていると、くるりと類が振り返って瞳を煌めかせた。

「そういえば、ヨシが今日クリスマスケーキ買ってきてくれるって言ってたよねー。楽しみだね!」

 これから……また私は、あの家に帰らなくちゃいけないんだ。
 義昭さんの、待つ家に。

 義昭が昨日友人と飲みに行き、実家に泊まったことは偶然だったのだろうか。義昭から電話が掛かってきた時、類に責められて思わず声を上げてしまった美羽に、彼は気づいていないのだろうか。

 義昭は帰ってきたら、どんな態度で自分と類を迎え入れるのだろう。

 どんどん不安な気持ちが強くなってくる。

 そんな美羽の元に類が歩いていくと、美羽の両方の口角に人差し指を当て、キュッと引き上げた。

「ミュー、笑って? そんな顔してると、何かあったんだってすぐにヨシにばれちゃうよ?
 フフッ……」

 優しげな表情を浮かべつつも、瞳の奥に見える嗜虐性。

「う、ん……」

 それでも美羽は、逆らうことが出来ない。類に表面上でも弟して振舞ってもらうために、もう決して禁忌の道へと外れないために、そうするしか出来なかった。

 ふたりで電車に乗っていると、チラチラと視線を感じる。

「ねぇ、あのふたりって双子なのかな? 凄く似てない?」
「うわーっ、双子で美男美女とかありえない!」
「あ、こっち見たっっ」

 ヒソヒソ声で喋っていても、そういう声は不思議と耳に届くものだ。美羽が俯いていると、類が耳元に唇を寄せてきた。

「ミューが電車通勤が嫌なら、これからは車で移動する?」
「ぇ。でも、類は日本の免許証持ってないでしょ?」

 驚いて見上げると、類が財布から何かを取り出した。

「ジャーン♪ もう、書き換えしてきたんだぁ」

 それは紛れもなく、日本の免許証だった。アメリカを始めとする幾つかの国々とは協定により、互いの国の免許証の書き換えが試験なしで簡単に出来てしまうのだ。

「で、でも車なんて持ってないし……」
「買えばいいじゃん。あればこれから何かと便利だし、家の敷地内に駐車場あるから駐車場代かかんないし!」
「それは、そうだけど……」

 けれど、もし類が車を購入して一緒にバイト先に行くとしたら、密室の中をふたりきりで過ごすことになってしまう。

「見世物みたいにされるより、マシだと思うけど?」

 言われて周りからの視線を感じ、美羽はハッとした。今日はカフェでも、類が表に出たことにより、注目を浴びてしまった。これからこんな生活が続くのだと思うと、美羽は溜息を吐かずにいられなかった。

 駅を出て、類と歩きながら不思議な気持ちになる。

 昨日、家を飛び出した時には、こんな風に類の隣を歩くなんて想像出来なかった。顔も見れないと思ってたのに……

「嬉しいな。こうしてまた、ミューと並んで歩ける」

 ふわりと類に微笑まれ、胸が締め付けられる。

 類を怖いと思いながらも、こここそが自分の居場所なのだと本能で感じてしまう自分がいる。類のいる空気感に懐かしさと愛おしさが溢れ出してくる。

 その一方で、誰かに見られないか、自分たちの関係が気づかれてやしないかとヒヤヒヤする自分もいる。

 もし、世間や他の人間など一切気にせずにいられたら、どんなに気持ちが楽になるだろう。

「あ、家の灯りがついてる! もうヨシ、帰ってきてるんだね」
「う、ん……」

 見慣れた家が、知らないものに思えてくる。そこに義昭がいるのだと思うと、躰が硬くなり、足が鉛のように重くなった。

「ミュー、大丈夫だから。おいで」
 
 類が手を伸ばすけれど、美羽はその手を掴むことはしなかった。
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