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168.同僚となった弟
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「ハーッ!! 終わった、終わったー!!」
「お疲れー! なんとか乗り切ったわねぇ」
外から看板を運んできた香織が、厨房で満面の笑顔を浮かべる浩平に笑顔で返す。いつもとは違う特別な雰囲気に少しの緊張感はあったものの、全てのお客様に満足してもらえるサービスを提供できたという充実感で心が満たされていた。
それはやはり、厨房で類が雑事を一手に引き受けてくれたことが大きかったと言わざるをえないだろう。萌には昼休みに再度電話やLINEをしたものの掴まらず、結局連絡がとれないまま一日が終わってしまった。類がいなければ、確実に回っていなかったに違いない。
「類くん、大活躍だったっすね。厨房の手伝いだけじゃなく、ウェイターまでこなしてたし! あの外国人夫婦、食事が終わってからシェフと話したいとか言い出すから焦ったけど、類くんが通訳してくれて助かったっすよね、隼斗さん!」
「あぁ」
「フフッ……僕で役に立てることがあって、良かった」
類は皿を片付ける手を休めることなく、ふわっと微笑んだ。
「うわー、類くんめちゃめちゃいい人ー!!
あー、マジで一緒に働きてー。ねぇ、明日も来てくださいよー!」
浩平はまるで尻尾を振る犬のように、類に懐いていた。類は浩平に笑みを見せてから隼斗に向き直ると、上目遣いに見上げ、首を傾げた。
「あの……最近、ミューにもそろそろ仕事探したらって言われて考えてたとこだったし、今日一日働かせてもらって、皆さん凄くいい人だし、カフェでの仕事に興味も持ったので、もし人手が必要ならここで働かせてもらえたら嬉しいんですが」
類の言葉に、美羽は唇を噛み締めた。
確かに類に仕事を見つけて独り立ちして欲しいと思っていたけど、これは私が望んでいた形なんかじゃないことはわかってるはずなのに。私の気持ちを逆手にとって、類は隼斗兄さんまでも味方につけようとしている……
「なーんだ、美羽さんも類くんに仕事して欲しいって思ってたんすね。最初に口出ししたのは、アメリカ暮らしが長いから心配してただけだったんだ! だったら、ここなら一緒に働けるし、安心じゃないっすか?」
勝手に勘違いして話を進める浩平に、香織も乗った。
「そうだよ! そしたら時間が遅くなっても一緒に帰れるから安心だし!
類くんがいれば、美羽がストーカーに付き纏われて悩まされるようなこともなくなるじゃない」
美羽がまだ大学生だった頃、ここの客にずっとつけられていたことがあった。美羽の仕事が終わる時間まで待ち伏せし、距離をあけて自宅までついてきて見送るというだけで、話しかけてきたり、襲われるようなことはなかったが、それでも気持ち悪く、いつか何かされるのではと不安だった。
そこで香織に相談したところ、それを香織が隼斗に告げ、隼斗が直接その客と話をつけ、彼はそれから姿を見せなくなったのだった。それ以来、美羽が遅くなる時には隼斗が一緒に帰るようになり、結婚してからはなるべく早く帰れるようにと気遣ってくれている。
隼斗は逡巡する様子を見せてから、類を見つめた。
「じゃあ、明日から正式にここで働いてもらえるか。もし夜遅くなりそうな時は、ふたりの時間を合わせるようにしよう。
コックコートの注文をしておくから、後で浩平にサイズを見てもらうといい」
今は、夜道より、ストーカーにあとをつけられるよりも、類とふたりきりになる方が何より恐いのに……
美羽は言葉を返す余裕もなく、呆然とした。
類を拒絶したことを境にして、類は美羽のテリトリーへと侵入した。そして、美羽が大切にしている居場所を侵食し、大切にしている人たちを懐柔しようとしている。
このままでは、どこにも美羽の安心できる居場所がなくなってしまう。だからといって、ここを離れることも出来ない。
事態は、どんどん美羽の望まぬ方向へと進み、類の思うままに流れていく。その辿り着く先にはいったい何があるのか……怖くて想像すら出来ない。
もし……もっと早く、香織や隼斗兄さんに打ち明けられていたなら、こんなことにはならなかったのかな。
けれど、類がここで働くことになった今はもう、絶対に言えない……
「わーっ、ありがとう隼斗兄さん!
ミュー、これからよろしくね♪」
無邪気にこちらに向かって手を振り、目を細める類に、美羽はピクリと口角を引き攣らせた。
「お疲れー! なんとか乗り切ったわねぇ」
外から看板を運んできた香織が、厨房で満面の笑顔を浮かべる浩平に笑顔で返す。いつもとは違う特別な雰囲気に少しの緊張感はあったものの、全てのお客様に満足してもらえるサービスを提供できたという充実感で心が満たされていた。
それはやはり、厨房で類が雑事を一手に引き受けてくれたことが大きかったと言わざるをえないだろう。萌には昼休みに再度電話やLINEをしたものの掴まらず、結局連絡がとれないまま一日が終わってしまった。類がいなければ、確実に回っていなかったに違いない。
「類くん、大活躍だったっすね。厨房の手伝いだけじゃなく、ウェイターまでこなしてたし! あの外国人夫婦、食事が終わってからシェフと話したいとか言い出すから焦ったけど、類くんが通訳してくれて助かったっすよね、隼斗さん!」
「あぁ」
「フフッ……僕で役に立てることがあって、良かった」
類は皿を片付ける手を休めることなく、ふわっと微笑んだ。
「うわー、類くんめちゃめちゃいい人ー!!
あー、マジで一緒に働きてー。ねぇ、明日も来てくださいよー!」
浩平はまるで尻尾を振る犬のように、類に懐いていた。類は浩平に笑みを見せてから隼斗に向き直ると、上目遣いに見上げ、首を傾げた。
「あの……最近、ミューにもそろそろ仕事探したらって言われて考えてたとこだったし、今日一日働かせてもらって、皆さん凄くいい人だし、カフェでの仕事に興味も持ったので、もし人手が必要ならここで働かせてもらえたら嬉しいんですが」
類の言葉に、美羽は唇を噛み締めた。
確かに類に仕事を見つけて独り立ちして欲しいと思っていたけど、これは私が望んでいた形なんかじゃないことはわかってるはずなのに。私の気持ちを逆手にとって、類は隼斗兄さんまでも味方につけようとしている……
「なーんだ、美羽さんも類くんに仕事して欲しいって思ってたんすね。最初に口出ししたのは、アメリカ暮らしが長いから心配してただけだったんだ! だったら、ここなら一緒に働けるし、安心じゃないっすか?」
勝手に勘違いして話を進める浩平に、香織も乗った。
「そうだよ! そしたら時間が遅くなっても一緒に帰れるから安心だし!
類くんがいれば、美羽がストーカーに付き纏われて悩まされるようなこともなくなるじゃない」
美羽がまだ大学生だった頃、ここの客にずっとつけられていたことがあった。美羽の仕事が終わる時間まで待ち伏せし、距離をあけて自宅までついてきて見送るというだけで、話しかけてきたり、襲われるようなことはなかったが、それでも気持ち悪く、いつか何かされるのではと不安だった。
そこで香織に相談したところ、それを香織が隼斗に告げ、隼斗が直接その客と話をつけ、彼はそれから姿を見せなくなったのだった。それ以来、美羽が遅くなる時には隼斗が一緒に帰るようになり、結婚してからはなるべく早く帰れるようにと気遣ってくれている。
隼斗は逡巡する様子を見せてから、類を見つめた。
「じゃあ、明日から正式にここで働いてもらえるか。もし夜遅くなりそうな時は、ふたりの時間を合わせるようにしよう。
コックコートの注文をしておくから、後で浩平にサイズを見てもらうといい」
今は、夜道より、ストーカーにあとをつけられるよりも、類とふたりきりになる方が何より恐いのに……
美羽は言葉を返す余裕もなく、呆然とした。
類を拒絶したことを境にして、類は美羽のテリトリーへと侵入した。そして、美羽が大切にしている居場所を侵食し、大切にしている人たちを懐柔しようとしている。
このままでは、どこにも美羽の安心できる居場所がなくなってしまう。だからといって、ここを離れることも出来ない。
事態は、どんどん美羽の望まぬ方向へと進み、類の思うままに流れていく。その辿り着く先にはいったい何があるのか……怖くて想像すら出来ない。
もし……もっと早く、香織や隼斗兄さんに打ち明けられていたなら、こんなことにはならなかったのかな。
けれど、類がここで働くことになった今はもう、絶対に言えない……
「わーっ、ありがとう隼斗兄さん!
ミュー、これからよろしくね♪」
無邪気にこちらに向かって手を振り、目を細める類に、美羽はピクリと口角を引き攣らせた。
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