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163.偶然か必然か

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 控え室に戻ると誰もおらず、美羽は厨房に顔を見せ、類が今日手伝いに入ることを隼斗に伝えた。

「美羽は、それで大丈夫か?」

 包丁を動かす手を止めることなく、チラリと美羽を見つめてから隼斗は視線をまな板へと戻す。一瞬しか目が合っていないのに、そこに美羽を心配している思いが込められているのを感じ、グッと胸が熱くなる。

 隼斗の言葉に縋りたくなる自分がいる。本当は、類を受け入れたくない。これからどうなってしまうのか、恐くて仕方ない。

 けれどもう……引き返すことなど出来ないのだ。
 ここで意見を覆してしまえば、類からどんな報復を受けるのか想像するだけで恐ろしい。

「うん。類がお店に迷惑かけないか心配だったけど、本人もやりたがってるから……
 私、制服出してくるね」

 パタンと厨房の扉を閉め、美羽は溜息を吐いた。

 控え室には予備のハンチング帽とロングエプロンのみが置いてあった。厨房用のコックコートはそれぞれの丈に合ったものを注文しており、その下に着る白シャツと黒パンツは各自用意することになっている。今日働く予定ではなかった類が、それらを用意できるはずない。

 だが……

「わぁっ、偶然白シャツに黒いパンツ履いてきてたから、良かったぁ♪」

 更衣室から出てきた類は、チルデンニットを脱いで白のオックスフォードシャツになり、黒のスキニーパンツにロングエプロンを締め、ハンチング帽を被り、完璧にそれを着こなしていた。

 美羽の脳裏にひとつの可能性が浮かぶ。

 まさか類、今日ここで働くつもりでこの格好をして来たなんてこと……ないよね。
 だってよっしーが入院するなんて誰も予想出来ないし、萌たんと連絡とれないのは彼氏と一緒に過ごしてるからで……

 ウキウキしている類とは対照的に、美羽は落ち着かずソワソワしていた。

 偶然だとしても、類の思うがままになってるようで恐い。
 早く、今日という日が過ぎて欲しい……

 美羽は心の中で祈らずにはいられなかった。

「類さん、めちゃめちゃカッコいいっす!!」

 厨房に入ってきた類を見て、浩平が声を上げる。

「美羽さんが男になったらなんて想像したことなかったっすけど、美羽さんって男でもイケメンっすね!」

 香織もカウンター越しに類を覗き込んだ。

「ほんと。美羽の顔立ちと同じなのに、男に見えるなんて不思議」

 類がふたりを交互に見ながら、にこやかに答えた。

「小さい頃は女顔だって言われてからかわれたから、そう言ってもらえて嬉しいです」

 この場にいる類に違和感を覚えているのは自分だけなのかと思うほどに、類はごく自然に馴染んでいるように見えて、不安感を煽られる。

 美羽は現実から目を逸らすように、ほうきと塵取りを手に外へと出て行った。
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