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141. 禁忌の恋人であること
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食事を終えると、類が自分と美羽のグラスを手に立ち上がった。
「ソファでテレビでも見ながら、くつろごっか」
美羽が返事をするのを待たず、類はソファに移動するとローテーブルにグラスを2つ並べた。
もし義昭が同じことをすれば嫌悪感を覚えるのに、類がするとその強引さに胸がキュンとしてしまう。そんな自分勝手な考えに、我ながら呆れてしまう。
一人分の隙間を空けて座った美羽に類がグラスを渡し、再度乾杯をする。自分でスペースを空けておきながら、この距離をもどかしく感じる。気持ちが大きくなっているのは、立ち上がって歩いたから酔いが回ったせいなのだろうか。
「今からケーキ用意してくるから、ミューはテレビでも見てて」
「うん、分かった。ありがとう」
リモコンを渡され、素直に頷く。きっと美羽がやると言っても、類はやらせてくれないだろうから。
こんな風に甘えてしまえる関係に、胸の奥が甘酸っぱくなる。視界に二階から運んできた洗濯籠が映り、洗濯物を畳まないといけないと頭の片隅では考えているのに、それをすることで現実の世界に戻されるのがわかっているから、今はする気になれない。
ふわふわとした気持ちに浸りながら、美羽はリモコンの電源を押した。
どのTV局でもクリスマス特番が組まれていて、バラエティや音楽番組なんかがやっていたが、賑やかすぎていまいち観る気になれない。
別に無理して観ることないよね。
そう考えていた矢先、美羽の手が止まり、画面に視線が釘付けになった。
そこには、かつて『ピアノ界の貴公子』として一世を風靡したピアニスト、来栖秀一が映っていた。
スタジオに置かれた漆黒のピアノの前に座って青い背景の中スポットライトを浴び、フレデリック・ショパン作曲の「幻想即興曲」を演奏している。
熱に浮かされたような、ハッとするほど色香に満ちたライトグレーの蠱惑的な瞳によく似合う繊細な細いフレームの眼鏡をかけ、すっと通った美麗なラインの鼻梁の下で薄情そうな薄い唇を少し開いている。艶めく長い黒髪は後ろで一つに束ねられ、旋律に合わせて揺れ動く様がセクシーだった。
ピアニストになるべくして生まれたかのような、大きな掌から伸びた細く長い指から生みだされる旋律は、時に繊細に、時に大胆に響き、聴くものの心を強く掻き乱す。彼の鍵盤から流れ出るのは音だけでなく、色や香り、風景までもが聴衆の目の前に広がっていく。
類がケーキの皿を手に、戻ってきた。ソファに座ると、ローテーブルに皿を並べながらTV画面を見つめる。
「これって、以前に演奏されたものだよね?」
先ほどよりもかなり狭まった距離を意識しつつ、美羽は頷いた。
「うん、そうだと思う。
彼はもうずっと、行方不明だから」
2年前、来栖秀一は姪、つまり自身の兄である来栖財閥社長の娘である令嬢とのスキャンダルを週刊誌にすっぱ抜かれた。腹を空かせたピラニアが餌を投げ込まれたかのようにマスコミはこぞってそのネタに食いつき、新聞や雑誌、TVのワイドショーだけでなくニュースでも連日のように報道された。
週刊誌が世間に出る直前に二人は揃って行方不明となり、これをきっかけにして来栖財閥への不買運動が起こり、株が大暴落し、社会現象を起こすほどの大騒ぎになった。
世界的なピアニストと財閥令嬢という有名人であったことから、これほどまで騒がれたということはもちろん理解しているが、叔父と姪という禁忌の恋愛に対して世間がどんな目で見るのかということを、美羽はその時、体感した。
『血が繋がった関係で愛し合うなんて……倫理観がおかしいとしか言えませんね』
『考えただけで、怖気が走る』
『道徳観念の欠片もない奴らだ』
既に類はアメリカにいて離れ離れになっていたものの、そんな言葉がTVやラジオから聞こえてくるたびに、まるで自分と類の関係を責め立てられ、過去の古傷を抉られているように感じた。
美羽は強い調子で否定した。
「そんなわけないでしょ!
だ、だって、来栖美姫は来栖秀一との恋愛関係を否定した会見で、婚約を発表したじゃない! 来栖大和と美姫はおしどり夫婦として有名で、去年の『仲良し夫婦アワード』にも選ばれてたし」
行方不明から暫く経って、来栖美姫が突然マスコミの前に姿を現した。その会見で来栖秀一とのスキャンダルを否定し、同席していた羽鳥大蔵議員の三男である羽鳥大和との婚約を発表したのだった。
その後、TVでも放映された豪華な結婚式を挙げ、来栖美姫は自社ブランド『KURUSU』を立ち上げた。今ではデザイナーとしてだけでなく、経営者としても大成功を収めている。
一方、来栖秀一はウィーンへ渡り、世界的に高名なザルツブルグ音楽祭に出演して大喝采を浴び、多くの音楽批評家を唸らせ、完全復活を果たして国際的ピアニストとしての地位を確立した。だが、それから暫くすると彼は、再び世間から雲隠れしてしまったのだった。
巷ではさまざまな噂が取り沙汰されたが、真相は未だ解明されていない。
TVカメラがぐっと秀一の顔に寄り、眉目秀麗な表情を映し出していた。濃厚な男性の色香と頂点に君臨する支配的なオーラが、画面越しですら漂ってくるかのようだ。
やっぱりこの人、怖い……それなのに、引き摺り込まれる。
もしかしたら姪の来栖美姫は、そんな彼の魔性に呑み込まれたのかな。
たった今ふたりの関係を否定したばかりなのに、そんな考えが美羽の脳裏を過ぎった。
「僕は、あのふたり……恋人だったと思うな。
来栖大和と美姫夫妻ってさ、僕の中でなんかしっくりこないんだよねー。『仲良し夫婦アワード』の時も、ぎこちない感じしたし」
類が画面の秀一を見つめながら、確信に満ちた声で言った。美羽はそんな類を見つめ、苦しそうに視線を落とした。
それって、類の中で禁断の関係にあるふたりを認めさせたいという思いがあるからなの?
「もしも本当にあのふたりが恋人だったとしても……
やっぱり世間は近親相姦なんて、認めないんだよ」
美羽は類を説得するというよりは、自分に言い聞かせるように呟いた。
ましてや双子の私たちの関係なんて、絶対に認められるはずない……
心の声が、美羽の胸のなかにこだまする。
「ソファでテレビでも見ながら、くつろごっか」
美羽が返事をするのを待たず、類はソファに移動するとローテーブルにグラスを2つ並べた。
もし義昭が同じことをすれば嫌悪感を覚えるのに、類がするとその強引さに胸がキュンとしてしまう。そんな自分勝手な考えに、我ながら呆れてしまう。
一人分の隙間を空けて座った美羽に類がグラスを渡し、再度乾杯をする。自分でスペースを空けておきながら、この距離をもどかしく感じる。気持ちが大きくなっているのは、立ち上がって歩いたから酔いが回ったせいなのだろうか。
「今からケーキ用意してくるから、ミューはテレビでも見てて」
「うん、分かった。ありがとう」
リモコンを渡され、素直に頷く。きっと美羽がやると言っても、類はやらせてくれないだろうから。
こんな風に甘えてしまえる関係に、胸の奥が甘酸っぱくなる。視界に二階から運んできた洗濯籠が映り、洗濯物を畳まないといけないと頭の片隅では考えているのに、それをすることで現実の世界に戻されるのがわかっているから、今はする気になれない。
ふわふわとした気持ちに浸りながら、美羽はリモコンの電源を押した。
どのTV局でもクリスマス特番が組まれていて、バラエティや音楽番組なんかがやっていたが、賑やかすぎていまいち観る気になれない。
別に無理して観ることないよね。
そう考えていた矢先、美羽の手が止まり、画面に視線が釘付けになった。
そこには、かつて『ピアノ界の貴公子』として一世を風靡したピアニスト、来栖秀一が映っていた。
スタジオに置かれた漆黒のピアノの前に座って青い背景の中スポットライトを浴び、フレデリック・ショパン作曲の「幻想即興曲」を演奏している。
熱に浮かされたような、ハッとするほど色香に満ちたライトグレーの蠱惑的な瞳によく似合う繊細な細いフレームの眼鏡をかけ、すっと通った美麗なラインの鼻梁の下で薄情そうな薄い唇を少し開いている。艶めく長い黒髪は後ろで一つに束ねられ、旋律に合わせて揺れ動く様がセクシーだった。
ピアニストになるべくして生まれたかのような、大きな掌から伸びた細く長い指から生みだされる旋律は、時に繊細に、時に大胆に響き、聴くものの心を強く掻き乱す。彼の鍵盤から流れ出るのは音だけでなく、色や香り、風景までもが聴衆の目の前に広がっていく。
類がケーキの皿を手に、戻ってきた。ソファに座ると、ローテーブルに皿を並べながらTV画面を見つめる。
「これって、以前に演奏されたものだよね?」
先ほどよりもかなり狭まった距離を意識しつつ、美羽は頷いた。
「うん、そうだと思う。
彼はもうずっと、行方不明だから」
2年前、来栖秀一は姪、つまり自身の兄である来栖財閥社長の娘である令嬢とのスキャンダルを週刊誌にすっぱ抜かれた。腹を空かせたピラニアが餌を投げ込まれたかのようにマスコミはこぞってそのネタに食いつき、新聞や雑誌、TVのワイドショーだけでなくニュースでも連日のように報道された。
週刊誌が世間に出る直前に二人は揃って行方不明となり、これをきっかけにして来栖財閥への不買運動が起こり、株が大暴落し、社会現象を起こすほどの大騒ぎになった。
世界的なピアニストと財閥令嬢という有名人であったことから、これほどまで騒がれたということはもちろん理解しているが、叔父と姪という禁忌の恋愛に対して世間がどんな目で見るのかということを、美羽はその時、体感した。
『血が繋がった関係で愛し合うなんて……倫理観がおかしいとしか言えませんね』
『考えただけで、怖気が走る』
『道徳観念の欠片もない奴らだ』
既に類はアメリカにいて離れ離れになっていたものの、そんな言葉がTVやラジオから聞こえてくるたびに、まるで自分と類の関係を責め立てられ、過去の古傷を抉られているように感じた。
美羽は強い調子で否定した。
「そんなわけないでしょ!
だ、だって、来栖美姫は来栖秀一との恋愛関係を否定した会見で、婚約を発表したじゃない! 来栖大和と美姫はおしどり夫婦として有名で、去年の『仲良し夫婦アワード』にも選ばれてたし」
行方不明から暫く経って、来栖美姫が突然マスコミの前に姿を現した。その会見で来栖秀一とのスキャンダルを否定し、同席していた羽鳥大蔵議員の三男である羽鳥大和との婚約を発表したのだった。
その後、TVでも放映された豪華な結婚式を挙げ、来栖美姫は自社ブランド『KURUSU』を立ち上げた。今ではデザイナーとしてだけでなく、経営者としても大成功を収めている。
一方、来栖秀一はウィーンへ渡り、世界的に高名なザルツブルグ音楽祭に出演して大喝采を浴び、多くの音楽批評家を唸らせ、完全復活を果たして国際的ピアニストとしての地位を確立した。だが、それから暫くすると彼は、再び世間から雲隠れしてしまったのだった。
巷ではさまざまな噂が取り沙汰されたが、真相は未だ解明されていない。
TVカメラがぐっと秀一の顔に寄り、眉目秀麗な表情を映し出していた。濃厚な男性の色香と頂点に君臨する支配的なオーラが、画面越しですら漂ってくるかのようだ。
やっぱりこの人、怖い……それなのに、引き摺り込まれる。
もしかしたら姪の来栖美姫は、そんな彼の魔性に呑み込まれたのかな。
たった今ふたりの関係を否定したばかりなのに、そんな考えが美羽の脳裏を過ぎった。
「僕は、あのふたり……恋人だったと思うな。
来栖大和と美姫夫妻ってさ、僕の中でなんかしっくりこないんだよねー。『仲良し夫婦アワード』の時も、ぎこちない感じしたし」
類が画面の秀一を見つめながら、確信に満ちた声で言った。美羽はそんな類を見つめ、苦しそうに視線を落とした。
それって、類の中で禁断の関係にあるふたりを認めさせたいという思いがあるからなの?
「もしも本当にあのふたりが恋人だったとしても……
やっぱり世間は近親相姦なんて、認めないんだよ」
美羽は類を説得するというよりは、自分に言い聞かせるように呟いた。
ましてや双子の私たちの関係なんて、絶対に認められるはずない……
心の声が、美羽の胸のなかにこだまする。
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