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140.火照っていく躰

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 乾いた洗濯物を手に階下へと下りていく足が、震えている。美羽は寝着ではなく、Tシャツの上にふわもこのピンクと白のボーダーパーカーを羽織り、それとお揃いのロングパンツを履いていた。

 キッチンに置かれたスピーカーからクリスマスキャロルが流れ、温かいスープの匂いが漂ってきて美羽の尖っていた心を優しく撫でてくれる。

 リビングルームに洗濯籠を置き、キッチンへと足を運ぶと類が美羽を見つめていた。

「ごめんね、準備に手間取っちゃって」

 目を逸らしてダイニングテーブルに座ろうとすると、類に頬を手で包まれ、正面から覗き込まれた。

「る、類!?」

 美羽がドギマギしながら尋ねるが、類の表情は崩れない。長い睫毛が揺れ、鼻と鼻を突き合わせるほどの近さまで類が近づき、鏡のように正面に自分と同じ顔が視界いっぱいに映る。

「ねぇ、何があったの?」

 類の指摘にドクンと心臓が音を立てる。

 さっきの私の感情、類に気づかれた?

「な、なんでもないよ」
「目が少し、赤い。それにメイクで誤魔化してるけど顔色悪いし、さっきと雰囲気が違う」

 やっぱり、類には分かっちゃうんだ。

 けれど、事実を話すことなど出来ない。
 類を絶対に巻き込んではいけない……

「お風呂に入りすぎて、のぼせちゃったの……それで、少し気分が悪くなって。でも今はもう、大丈夫だから」
「そぉ、なの?
 ……無理しないでね」

 類は納得いかない表情を浮かべながらも、椅子を引いた。

「ミュー、どうぞ」
「ありがとう」

 ダイニングテーブルに載せられたスープボウルから、湯気が上っている。真っ白な四角いプレートの上にはグレービーソースがかけられたターキーにクランベリーソースが添えられている。その横にはスタッフィングとマッシュポテト、切り分けられたハムが載せられていた。既にグラスには、ワインが注がれている。

 クリスマスディナーを目の前にして、暗い雰囲気を払拭する為にも、美羽はいつもより高いテンションで声を上げた。

「うわーっ、カフェで同じ料理を何度もサーブしたのに、自分が食べる側になると気分が違うね! ウキウキしちゃう」

 類の表情が柔らかくなり、席につく。

「うん、僕も用意しながらテンション上がった。まさか日本でターキー食べられるって思ってなかったから」
「フフッ、だよね♪」

 ふたりで顔を合わせて微笑むと、美羽の中の母が小さくなっていくように感じた。

 七面鳥は隼斗が契約している養鶏農家から仕入れたもので、クリスマスディナーとして毎年出している。大きなオーブンで丸ごと焼く七面鳥は、ジューシーで美味しいと評判だ。貴重な食材なので、従業員は試食として一切れ食べさせてもらえるだけなので、今回初めてちゃんとした食事を頂くことになる。

 類の白く細い指が、ワイングラスにかかる。

「じゃ、乾杯しよっか」
「うん」

 グラスを手に取った美羽は、注がれたワインの色を見て首を傾げた。

「ねぇ、このワインって……ロゼ、なの?」

 赤とも白とも違うが、ロゼにしては色味が薄い。
「これは、オレンジワインだよ。世界中で流行ってるんだって。簡単に言うと、赤ワインの製法を使って作られた白ワインなんだ」
「ふぅん……そう、なんだ?」

 そう言いながらも理解できていない美羽に、類が甘やかな笑みを浮かべた。

「皮が黄色や緑のブドウのことを白ブドウって呼んでるんだけど、白ワインを作る際に使う白ブドウは皮や種を取り除いて醸造するんだ。でも、オレンジワインを作る場合、皮や種も一緒に仕込む。そうすることによって、皮由来の香りや、通常白ワインにない渋みを伴う複雑な味わいのワインになるんだって。
 実はこれ、ワインを選ぶ時に教えてもらったんだけどね」
「へぇ、それでこんな色をしてるんだね」

 言われてみれば、オレンジというか琥珀色をしている。

 こんな他愛ない会話が出来ることも、楽しい。義昭とふたりの食卓では雑談というものは存在せず、ただひたすら重い無言の中、食事をしていた。

 ふたりで笑みを交わし、『乾杯!』と言ってグラスを重ねる。そんな瞬間が、愛おしくなる。類を見つめながら、彼の瞳には自分が映っているのだと思うと泣きたくなった。

 オレンジワインはキリリとしたキレのある辛口で、通常の白ワインよりも渋みとコクを感じた。さっぱりとした味わいの七面鳥との相性がいい。

 類が七面鳥を口にした途端、瞳をキラキラと輝かせた。

「このターキー、すっごくジューシーで美味しい! 前に家政婦さんが作ってくれたのは、パサパサしてたのに。
 どうやって作ってるの?」
「ホワイトビネガーで洗った七面鳥にバターを塗って、塩胡椒してからポルトリーシーズニングで味付けして、その他にもオールスパイスとかナツメグ、シナモン、チリパウダーとか様々なスパイスを塗り込んでからオーブンで蒸し焼きにしてるって隼斗に……オーナーが、話してたよ」

 いけない、ついいつもの癖で『隼斗兄さん』って話しちゃうとこだった……

 すっかりリラックスした雰囲気の中、思わず口を滑らせそうになった美羽は一気に緊張感に包まれた。だが類は気にする素振りを見せず、にこやかにワインを口にした。

「ふぅん、そうなんだ。そんな特別なメニューが家で食べられるなんていいね」
「そう、だね」

 美羽もワイングラスを手に取り、グラスを傾けた。

「んー、このスタッフィングも美味しいっっ! いろんな野菜とかドライフルーツに、ナッツも入ってる!」

 類は蕩けるような笑顔を見せた。

 類が美羽と同じメールを受け取っているのか分からないが、義昭がこの場にいないことに互いに触れることなく、会話と食事が進んでいく。

 和やかな表情の中にも熱の籠った類の瞳に見つめられ、美羽の躰がジワジワと火照らされていく。落ち着かずにワインを口にすれば余計に酔いが回ると知っているのに、酔いさましの水を口にしたくない。

 酔った雰囲気に、このまま流されてしまいたい……

 そんな気持ちになってしまう。 
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