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124.夜に溺れて−1

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 部屋の扉を閉め、鍵を掛けると昼間の仮面が剥がれ落ちる。

 長い睫毛を揺らし、潤んだ瞳の視線の先には……誰もいない。

 けれど、感じる。
 躰の深い奥から、伝わってくる。

 全身が火照り、頬が薔薇色に染まり、自然と口元に笑みが浮かんでくる。

 早く、類の『声』が聞きたい。
 その『感触』を感じたい。

 視界には映らずとも、美羽の脳裏にははっきりと類の姿が映し出されていた。

 クリスマスツリーを飾ったあの夜、類の誘惑を拒んだことで何かあるかのではと恐れていたが、翌朝の類は何事もなかったかのように接してくれた。

 いつもと変わらない、優しい姉思いの弟。

 けれど、それは美羽と同じように仮面を被っているのだと知っている。
 夜になれば剥がれ、艶めかしい色香を放つ男性へと変貌を遂げる。

 美羽はもう……自分の欲望を隠すことはなかった。
 昼には決して見せることのない色欲に濡れた表情を見せ、雄を発情させる芳香を全身から漂わせる。

 あの時の類は、私の意図を理解してくれたんだよね?
 表向きは姉弟として接し、この世界でだけ情欲を交わらせたいという、私の狡くて卑怯な願いを。

 そうであればいい。きっとそうに違いない……そんな思いがありつつも、この関係が永遠に続くはずなどないと分かっている。

 それでも……刹那の快楽に、溺れたかった。
 
 ピンクに上気した肌に映える、裾にフリルの入ったシースルーの純白のベビードールは、類が好きそうなデザインを考えて購入したものだった。ブラとパンティーも一緒に新調した。

 下着など類には見えないと分かっているのに、そんなことまで気にしてしまう。少しでも類に喜んでもらいたいと、考えてしまう。

 義昭との長い結婚生活の中で、下着を選ぶ楽しさも忘れていた。それは、相手を喜ばせると同時に、自分の気持ちを高ぶらせるためのアイテムだということも。

 純白のベビードールを着た瞬間から、美羽の気持ちは類と恋人だった時のものに切り替わっていた。

 美羽は、姿見に全身を映してみた。

 もともとスタイルはいい方だが、全体的に引き締まり、メリハリがついてきた。家で時間を見つけてはストレッチやヨガをするだけでなく、仕事がない時間にヨガスタジオに通うようになった効果が出てきているのだろう。

 特にヨガは筋力がつき、しなやかな躰つきになるだけでなく、姿勢も真っ直ぐに伸び、凝り固まっていた躰だけでなく、心まで解されていくような気持ちになってリラックスでき、以前よりも質のいい睡眠をとれるようになったことで、肌の弾力や潤いが増した。

 類に、褒められちゃった……

 今夜の食事の席で、『ミュー、躰が引き締まったよね。凄く綺麗で、魅力的だよ』と言われたことを思い出し、口元が緩む。

 嬉しさと照れ臭さを感じながらも表情を押し殺し、俯いて『ありがとう』と言いながら、夜への期待が密かに高まった。

 自分たちだけに与えられた特別な能力は、美羽の罪悪感をほんの少し払拭してくれる。



 直接躰を重ねているわけではない。
 誰にも知られることはない。
 誰も傷つけていない。
 誰も、裏切っていない……

 だってこれは、現実じゃない。
 誰にも理解されないふたりだけで密やかに交わされる戯れなのだから。



 そうやって自分に言い訳をして、類との情事に溺れていく。背徳感すら、快楽を高めるスパイスとなる。
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