125 / 498
121.クリスマスツリー
しおりを挟む
リビングルームの一角にクリスマスツリーを組み立て終えると、類はそれを見上げた。
それは昔家に置いてあったのと同じ大きさのものだった。
キリスト教徒の多い北米ではクリスマスは宗教的に意味があるのと同時に、家族や親戚と過ごす大事なイベントでもある。だが、ここ数年はツリーを飾ることも、プレゼントをもらったり、渡すこともなかった。
幼い頃のクリスマスの思い出は、類にとってそれからの苦痛と対比させる辛いものとなっていた。
ツリーの下にはオーナメントや電飾やモールが入った箱が置かれていたが、類はそれらに手をつける様子はなかった。キリキリとした痛みに支配されつつツリーを飾ったのは、もちろん美羽にそれを見せたいからだ。
美羽が来なければ、大きなツリーも美しい装飾も何も意味がない。
早く帰ってこないかな、ミュー。
類はツリーのすぐ横でコロンと寝転がると、猫のように躰を丸めた。
ひとりで待つ時間は、いつだって苦痛だ……
ミューのぬくもりが、恋しいよ。
瞳を閉じてじっとしていると、鍵穴を刺す音が耳の遠くに聞こえてきた。それだけで、美羽が帰ってきたのだと感じる。
扉が開き、閉まるけれど、靴を脱ぐ音が聞こえてこない。
きっとミューは、シューズボックスの向かいの壁に掛けられた姿見でチェックしてるんだ。服や髪が乱れてないか、化粧が崩れてないか。
そんな美羽の姿を想像すると、可愛くて抱き締めたくなる。でも、ずっとそこにいて欲しくもない。
膝をついてゆっくり立ち上がると、すうっと息を吸った。
「ミュー、帰ってきたのー?」
開けっ放しのリビングのドアを通じて玄関に向かって声をかけると、少し間があってから美羽の返事が聞こえてきた。
「類、ただいま」
最近義昭は、残業続きで帰りが遅いことが多い。
類は、なるべくふたりきりの時間が長いようにと、祈らずにはいられなかった。
リビングルームに入ってすぐ、美羽の足が止まり、歓声を上げた。
「うわぁ! 飾ったんだ」
類の背よりも高い立派なクリスマスツリーを見上げ、瞳をキラキラさせる。そんな素直な反応をする美羽に、ツリーを飾って良かったと嬉しくなる。
「これからちょうど飾り付けするとこだったんだ、手伝ってよ!」
美羽に手招きすると、ワクワクした様子を見せながらも、心配するように類を見上げた。
「うん。でも、類ご飯は? お腹すいてるんじゃない?」
ほんと、可愛い。
「大丈夫。ミューが冷蔵庫に用意しといてくれたメモ見ながら作ったから。ミューのお陰で料理も少しずつ覚えてきたよ」
「ふふっ、良かった」
類の元へと歩み寄りながら微笑んだ美羽に、悪戯心が湧いた類は首を傾げ、瞳を覗き込んだ。
「でもやっぱり、ひとりで食事するの寂しいから……ミューがいてくれると嬉しいな」
姉を慕う弟の顔で、寂しげに微笑んでみせた。途端に美羽は、類を置き去りにして仕事をしていることに罪悪感を感じて申し訳なさそうな表情になる。
自分の言葉ひとつで翻弄される美羽が、愛しくて堪らない。
と同時に、それでもまだ自分への欲情に歯止めをかける美羽に、苛立ちも覚える。
「ミュー、これ持って」
類が電飾ライトを手に取り、腕を伸ばして頂上から斜めにグルッと巻くと美羽に手渡した。線が絡まないように渡し合いながらぐるぐると螺旋状に巻いていく。
巻き終わると電球の先端部分を外側に向け、ライトの光がよく見えるように調節した。コードは目立たないように枝の内側に隠し、コンセントを差し込む。
「ミュー、電気消してくれる?」
「うん」
美羽はツリーの斜め反対側の壁のスイッチまで歩くと、電気を消した。
ライトが点り、赤や黄色や橙や青く点滅する電飾にツリーが幻想的に映し出される。美羽はその光に誘《いざな》われるようにツリーの目の前まで歩いて行くと、類の隣に立った。
「電飾だけでも十分綺麗だね……」
「うん」
赤いライトは嫌いだ。
あの部屋を、思い出すから……
ドクンと心臓が震えて、記憶の断片が蘇りそうになり、類はそこから逃れるように美羽に顔を向けた。すると、ツリーの電飾ではなく、類を見つめていた美羽と視線がぶつかる。
美羽は目を見開いて息を呑んだまま、視線を逸らせずにいた。緊張で躰を強張らせているのを感じる。
それは昔家に置いてあったのと同じ大きさのものだった。
キリスト教徒の多い北米ではクリスマスは宗教的に意味があるのと同時に、家族や親戚と過ごす大事なイベントでもある。だが、ここ数年はツリーを飾ることも、プレゼントをもらったり、渡すこともなかった。
幼い頃のクリスマスの思い出は、類にとってそれからの苦痛と対比させる辛いものとなっていた。
ツリーの下にはオーナメントや電飾やモールが入った箱が置かれていたが、類はそれらに手をつける様子はなかった。キリキリとした痛みに支配されつつツリーを飾ったのは、もちろん美羽にそれを見せたいからだ。
美羽が来なければ、大きなツリーも美しい装飾も何も意味がない。
早く帰ってこないかな、ミュー。
類はツリーのすぐ横でコロンと寝転がると、猫のように躰を丸めた。
ひとりで待つ時間は、いつだって苦痛だ……
ミューのぬくもりが、恋しいよ。
瞳を閉じてじっとしていると、鍵穴を刺す音が耳の遠くに聞こえてきた。それだけで、美羽が帰ってきたのだと感じる。
扉が開き、閉まるけれど、靴を脱ぐ音が聞こえてこない。
きっとミューは、シューズボックスの向かいの壁に掛けられた姿見でチェックしてるんだ。服や髪が乱れてないか、化粧が崩れてないか。
そんな美羽の姿を想像すると、可愛くて抱き締めたくなる。でも、ずっとそこにいて欲しくもない。
膝をついてゆっくり立ち上がると、すうっと息を吸った。
「ミュー、帰ってきたのー?」
開けっ放しのリビングのドアを通じて玄関に向かって声をかけると、少し間があってから美羽の返事が聞こえてきた。
「類、ただいま」
最近義昭は、残業続きで帰りが遅いことが多い。
類は、なるべくふたりきりの時間が長いようにと、祈らずにはいられなかった。
リビングルームに入ってすぐ、美羽の足が止まり、歓声を上げた。
「うわぁ! 飾ったんだ」
類の背よりも高い立派なクリスマスツリーを見上げ、瞳をキラキラさせる。そんな素直な反応をする美羽に、ツリーを飾って良かったと嬉しくなる。
「これからちょうど飾り付けするとこだったんだ、手伝ってよ!」
美羽に手招きすると、ワクワクした様子を見せながらも、心配するように類を見上げた。
「うん。でも、類ご飯は? お腹すいてるんじゃない?」
ほんと、可愛い。
「大丈夫。ミューが冷蔵庫に用意しといてくれたメモ見ながら作ったから。ミューのお陰で料理も少しずつ覚えてきたよ」
「ふふっ、良かった」
類の元へと歩み寄りながら微笑んだ美羽に、悪戯心が湧いた類は首を傾げ、瞳を覗き込んだ。
「でもやっぱり、ひとりで食事するの寂しいから……ミューがいてくれると嬉しいな」
姉を慕う弟の顔で、寂しげに微笑んでみせた。途端に美羽は、類を置き去りにして仕事をしていることに罪悪感を感じて申し訳なさそうな表情になる。
自分の言葉ひとつで翻弄される美羽が、愛しくて堪らない。
と同時に、それでもまだ自分への欲情に歯止めをかける美羽に、苛立ちも覚える。
「ミュー、これ持って」
類が電飾ライトを手に取り、腕を伸ばして頂上から斜めにグルッと巻くと美羽に手渡した。線が絡まないように渡し合いながらぐるぐると螺旋状に巻いていく。
巻き終わると電球の先端部分を外側に向け、ライトの光がよく見えるように調節した。コードは目立たないように枝の内側に隠し、コンセントを差し込む。
「ミュー、電気消してくれる?」
「うん」
美羽はツリーの斜め反対側の壁のスイッチまで歩くと、電気を消した。
ライトが点り、赤や黄色や橙や青く点滅する電飾にツリーが幻想的に映し出される。美羽はその光に誘《いざな》われるようにツリーの目の前まで歩いて行くと、類の隣に立った。
「電飾だけでも十分綺麗だね……」
「うん」
赤いライトは嫌いだ。
あの部屋を、思い出すから……
ドクンと心臓が震えて、記憶の断片が蘇りそうになり、類はそこから逃れるように美羽に顔を向けた。すると、ツリーの電飾ではなく、類を見つめていた美羽と視線がぶつかる。
美羽は目を見開いて息を呑んだまま、視線を逸らせずにいた。緊張で躰を強張らせているのを感じる。
0
お気に入りに追加
239
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる