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112.刻印

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 類の囁き声がトロリと落とされる。

『ねぇ、ミュー……その綺麗な白い肌に鮮血のような刻印を焼き付けたい。
 フフッ、やってみようか……』

 美羽が戸惑っていると、右腕に強く吸い付かれる感触がした。

 この感触、覚えてる……

 独占欲の表れ、所有印。類は、これをつけるのが好きだった。

 胸元や内腿といった場所だけでなく、服を着てぎりぎり隠れる場所を狙ってつけることもあって、その度に美羽は抗議したけれど、悪戯っぽい笑みを類に向けられると、ついキュンとしてそれ以上何も言えなくなってしまうのだった。

 何箇所も焼き付けられた所有印に、類の独占欲の強さを感じ、恐さと共になんともいえぬ高揚感が立ち上った。自分もまた、これによって類を独占出来ていると感じられたから。

「ンクッ」

 強く吸い付かれる感触に美羽は恐る恐る腕を曲げ、布団から出して自分の目の前に掲げた。

 薄暗い明かりの中に浮かび上がる美羽の白い腕。その一部が、どんどん赤黒くなり、膨らみを帯びる。



 こんなことって……



 美羽は何度も瞬きして目を見張った。
 
『分かったでしょ? 僕たちが、特別な絆で結ばれてるって。
 否定なんて出来ないよ。僕たちは、愛し合う運命なんだ』

 類の声が脳髄の隅々にまで響き渡る。その声と同時進行で、躰を甚振られている。いや、類が自身を弄っているのだ。

 そう思おうとしても、切り離そうとしても、リアルな感触が食いついてきて離れようとしない。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……ぁあ」
『ハァッ、ハァッ、ハァッ……ミュー』

 ふたりの吐息が重なる。離れていても分かる。類もまた、全身の血液が沸騰して一点へと一気に流れ込んでくる、あの吐精感が迫ってきてるのだと。

 閉じた瞼の裏でチカチカと星が瞬いている。

 自分の上で、激しく腰を振り、汗を滲ませる類が浮かび上がる。

『ハァッ、ハッ、ハッ……も、イキそ……』

 あの頃と同じ台詞で。でも、あの頃よりももっと腰に響く官能的な低い声音で。

「ハァッ、ハァッ……ウゥッ、フッ」

 熱い、熱い、熱い……躰が燃えるように熱い……っっ

 片方の胸の尖りがキュッときつく摘まれ、腰が高く持ち上がり、脚が痙攣しそうなほど真っ直ぐに伸びた。歯噛みされたみたいに鋭い痛みが走り、脳天まで電流が駆け抜ける。

 類の絶頂とは違う、快感の波が迫ってくる。

「ゃ、ゃ、ゃ……」

 フルフルと首を振りながら、歯をガチガチ鳴らす。唇を閉じたいのに閉じられない。酸素量が圧倒的に足りない。唇が乾いていく。

『ハァッ、ハァッ……一緒に、いこ?』

 まるでそれが呪文だったかのように、頭の中で何かがパチンと弾けた。

 花芽がドクンと大きく震え、ジュワーッと熱い愛蜜が溢れ出てシーツを勢いよく濡らし、背中を逸らして脚を引き攣らせた。

 ベッドの波に沈み込んだ美羽に覆いかぶさる快感は、波のようにサーッと引くことはなく、いつまでも漂っている。ドクドクと未だ震える秘部が、絶頂に達したことを嫌でも解らせてくれる。

 類からの感触と声だけで絶頂に達するなんて……

 そう考えながらも絶望に浸りきれない。まだ快感の余韻が美羽を支配していた。
 抗えない快感の波に揺られながら、沈んでいく感覚に陥る。

 類の手に引き摺られて、闇の底へと堕ちていく。

 深い、深い……もっと深い漆黒の深部。
 駄目、そこには……

 凍らせて眠らせた『心』が鉄の箱の中に収められ、何重もの鎖と錠がつけられ、沈められている。

 封印したはずのそれが、鎖を、錠を激しくガタガタと揺らす。

 とうに捨てた鍵がカタンと音をたてて現れ、開けられようとしている。

 

 お願い、開けないで。
 私を目覚めさせないで。

 覚醒、したくない……!!



 夢うつつを彷徨いながら、美羽は眠りに堕ちていった。
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