上 下
113 / 498

109.回想−2

しおりを挟む
 類はシャワーを浴び終えると、湯気の立ち上る躰のまま美羽の部屋の前まで行き、足を止めた。

 Are you ready(もういいかい)?
 ……Here I come(ほら、いくよ)!

「ミュー、おやすみ」

 これはもう、類の中で秘事の始まりの合図となっていた。それは、美羽にとっても同様で、類の発した言葉により、彼女の緊張、そして興奮が扉の向こうから伝わってきて肌がさざめいた。

 音を立てないようにスマホを扉の前にそっと置くと、静かに立ち去る。

 部屋に戻りパソコンからアプリを立ち上げると、美羽はもう扉に凭れ掛かって息を潜めていた。

 相変わらず警戒してるね、ミュー……
 
 類はあの夜以来、美羽の部屋に行ってもいいかと尋ねることはしなかったし、部屋に入ることもしない。それでも美羽は、未だ類が部屋に入ってくることを恐れているのだ。

 パソコンにあらかじめインストールしておいたボイスレコーダーアプリを立ち上げる。SMS受信をトリガーに、遠隔から録音できるのが市場に出回っているものだが、類は更に改良を加え、再生も出来るようにした。

 パソコンをベッドの脇に置き、すぐに義昭の言葉が再生できるようにセッティングする。部屋を薄暗くし、ベッドに横たわった。



 さぁ、舞台は整ったよ。
 あとは僕の演出通りに動いてね、女優さん?

 薄暗く静まり返った美羽の部屋に、密やかな乱れた呼吸だけが響く。

 鍵を掛けた部屋の扉を背にして凭れ掛かり、美羽は類からの責め苦に必死に耐えていた。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」



 お願い、類! やめ、て……



 美羽の悲痛な叫びが、類の脳髄を震わせる。美羽に拒否される度に、類の心の奥底から深い哀しみと憎しみが沸き上がってくる。

 どうして僕を受け入れてくれないの?
 僕を愛してよ、あの頃のように……

 ほんとは、僕を求めてるくせに。

 ベッドに横たわる類の脳裏には、一糸纒わぬ陶器のような滑らかな肌を晒した美羽が浮かび上がっている。白い肌に映える鮮やかなピンク色の胸の尖りを弾き、摘み、捻り、上下に揺さぶり、内腿をもう一方の指でスーッと何度もなぞり上げていく。

 知り尽くしている美羽の躰を、執拗な愛撫で追い詰めていく。

 スピーカーから聞こえる美羽の呼吸が荒くなっている。薄暗いのではっきりと分からないが、脚に力が入っていないように見える。きっと、今にも膝から崩れ落ちそうな状態だろう。

 さらに蕾をキュッときつく摘むと、美羽の躰がビクンと跳ねた。

 下半身が熱くなり、深奥がビクビクと震える。

 ほら、ミューだって気持ちよくなってる……
 素直になりなよ。

 爪を立ててカリッと蕾を擦ると、美羽が手で口を塞いだ。頭頂部しか見えないので表情は分からないが、欲情を煽り立てる扇情的な顔を浮かべているに違いない。

 ジンジンと伝わってくる……
 美羽の、快感の波が。
 絶頂を求める、彼女の本能の叫びが。



「じゃ、これは?」



 妖艶に囁いた類は横向きになると、羽で撫でるように自らの背中をスルリとなぞった。

「ンッッ!!」

 予想外だった刺激に美羽の背中が大きくしなった。

 ガタン!!

 大きな音をたてて、美羽の躰が扉にぶつかる。緊張で硬直しているのが画面越しからだけでなく、類の躰にも直に伝わってきた。

 類は手元に引き寄せたパソコンに指を伸ばし、再生ボタンを押した。

 スピーカーからは扉の向こうの義昭の声は聞きとれない。

 だが……

「だ、大丈夫……なんでもないの」

 との美羽の返事に、ちゃんと声が届いたのだと知った。

 次の再生ボタンを押し、『そうか』と答えさせる。

 美羽は、次の言葉を息を潜めて待っている。



 もし美羽が義昭の言葉に反応して扉を開けてしまったら、この計画は頓挫《とんざ》してしまう。



 美羽と同じように、類の緊張も高まっていた。

 美羽の性格からして扉を開けることはないだろうと踏んでいる。

 それでも、美羽がベッドに移動するまでは落ち着かない。美羽に何も手出ししないのは、一刻も早く証拠を回収したいからだ。

 スマホさえ回収してしまえばこっちのものだ。美羽が義昭に昨夜の出来事に触れることはありえないし、もし尋ねたとしても義昭はかなり泥酔していたので記憶になくても不審に思われることはないだろう。



 あいつには、なんで僕のスマホがミューの部屋の前に落ちてたのか、絶対分かるわけないんだから。



 画面に映る美羽の躰が、骨が抜けたようにへなへなと崩れていく。ようやく、義昭が何もしてこないと分かったようだ。

 それでもまだ、その場を動くことはない。類から何かされるのではないかと、まだ警戒しているようだ。類は感情を圧し殺し、息を詰めて美羽を見つめる。

 類が怖いのは、美羽が慎重な性格で勘が鋭いこと、だけではない。

 類が美羽を知り尽くしているように、美羽もまた類のことを知り尽くしているからだ。だからこそ類は、その裏の裏をかかなければならない。

 衣服を整えた類は上半身を起こし、あぐらをかいて画面の美羽に見入った。

 身を守るようにして両腕で自らを抱き締め、殺気立った雰囲気を漂わせている美羽は、硬い殻に閉じこもっているかのようだ。

 別々の空間。薄暗い部屋の中で、それぞれの時を待つ美羽と類。

 ギリギリと胃が絞られ、胃液が這い上がってくるような気持ち悪さを覚える。永遠とも思える時間が流れていく。

「ック……」

 類がガリッと歯を鳴らす。緊張の糸がプツリと切れそうになった時、美羽が両腕を解放して床につくと、ゆっくり立ち上がった。ベッドに向かうとシーツを捲り、躰をその隙間に滑らせる。美羽がベッドに横たわると、類は大きく息を吐き出した。

 何度も寝返りを打ち、眠れない様子の美羽に苛立ちが起こりそうになるのをグッと抑え、類は辛抱強く待ち続けた。

 やがて美羽の表情が穏やかになり、寝返りを打たなくなり、ついに眠ったと確信すると、類の険しかった眉が少し解けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

処理中です...