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105.背徳の接吻

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 驚いている美羽に、類はハハッと笑った。

「家にいても出来る仕事だってあるからね。プログラミングの仕事してたんだ……父さんの会社と契約してね。だから、外でのやり取りはいつも父さんがするか、一緒についてきてた」

 そう、だったんだ……

 美羽の心に希望の光が射し込んだ。

 類に仕事を見つけて欲しいと思いつつも、日本でどころかアメリカでも仕事経験のない類が就職するのはかなり困難だろうと考えていたが、プログラミングなら日本でも需要はあるし、バイリンガルであることが優位に働くこともあるかもしれない。

「じゃ……じゃあ、こっちでもプログラミングの仕事見つけたら? 日本でも需要あると……」

 言いかけた美羽は、眉毛をギュッと寄せて切ない表情をした類に息を呑んだ。

「あの、仕事は……昔を思い出すから……したく、ないっっ」

 唇を噛んで俯いた類に、美羽の胸がズキズキと痛む。

「ご、ごめん……」

 私、なんて不謹慎な発言をしてしまったんだろう。
 そうだよね、お父さんと仕事してたんだもん。昔のことを思い出して辛くなるよね。

 後悔が渦巻いていると、「ミュー……」と声を掛けられ、顔を上げた。類の端整な顔が寄せられ、逃げる隙などなく、頬に唇が寄せられる。

「る、類!?」

 慌てて退いたけれど、美羽の頬に類の柔らかくしっとりした唇の感触がしっかりと伝わった後だった。それはほんの一瞬なのに、まるで閃光が走ったかのように強烈に焼きついた。 

「ミューに悪気がないのは分かってるから、落ち込まないでよ。
 このブーツはさ、ちゃんと僕のお金で買ったものだから履いて! せっかくミューに似合うと思って選んだんだからさ」

 なんの意図もないかのように無邪気にニコリと微笑まれると、怒る気をなくしてしまうし、どうしてキスしたのかと問い詰めれば、まるで自分が意識しているかのように思えて出来なくなる。

 こ、んな……困るよ。

 美羽は顔を赤くしたり青くしたりしながら、類を見つめることしか出来なかった。

「なんだ、ルイ……また何か買ったのか?」

 背後から声を掛けられてビクッとする。

「義……昭、さん……」



 さっきのキス……見られた!?



 ドキドキしていると、類は2足のブーツを義昭に掲げて見せた。

「冬用にシープスキンブーツ買ったんだぁ。ミューとお揃いだよ♪」
「へぇ……あったかそうだな」

 義昭の声音に動揺は感じられないが、それでも胃にキリキリと穴が開けられているかのように痛みが走った。

「あれっ、もしかしてヨシも欲しかったぁ?」
「嫌……僕には、こういうブーツは似合わないし、どう履いていいかも分からないから」

 そう答えた義昭に、類は口角を上げて微笑んだ。

「だよねー! だからヨシには買ってこなかったんだ」
「そう、か……」

 義昭は、苦笑いを浮かべた。

 居心地の悪い空気を感じて美羽は立ち上がった。

「類! ご飯もう食べた?」
「あっ、まだだ……いっぱい歩いたからお腹ぺこぺこだよー」
「じゃあ、すぐに用意するから」

 ここを離れられる理由を見つけられて良かったと思いながら、キッチンへと速足で向かった。

 鍋の筑前煮を温め直していると、いつの間にか背後には類が立っていた。

「やったぁ、煮物って次の日の方が味が染み込んでて美味しいんだよね♪」

 その言葉に、先ほどの義昭とのやり取りが脳裏に蘇る。

 やっぱり類は、私の気持ちを理解してくれる……

 後ろから鍋を覗き込まれ、腕は回っていないものの、その近さはもう抱きしめられているも同然のように感じて胸が高鳴る。

 類の魅惑的な香りが鼻腔を擽り、その胸に今すぐにでも縋りたくなる。抱きついて、温もりを確かめたくなる。

 そんなこと、出来るわけない。

「よ、良かった……すぐ温める、から……手、洗ってきて」

 すんでのところで高まる感情を抑え込み、美羽はなんでもない風を装ってそっけなく返事した。

「うん、分かった!」

 くるりと背を向けて洗面所へ向かう、離れていく類の気配を感じながら、溜息が零れる。

 いつまで私は、この誘惑に耐えられるんだろう……

 美羽の胸が切なく震えた。
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