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102.侵食
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夫源病、というのだそうだ。夫が源である病気と書いて、『ふげんびょう』と読む。
夫の何気ない言動に対する不満、あるいは夫の存在そのものが強いストレスとなって、自律神経やホルモンのバランスを崩し、妻の体や心が不調になるのだという。
洗濯物を畳みながら聞き流していたTVからそんなことを知り、美羽は早速ネットで調べてみた。
サイトには夫源病危険度チェックというものがあり、
『人前では愛想がいいが、家では不機嫌』
『上から目線で話をする』
『家事には手を出さない(手伝わない)が口は出す』
などという項目がずらりと並んでいた。
チェックし続け、結果を照らし合わせると、
『明らかに夫源病:夫の存在そのものがストレスとなり、すでに心身に不調が現れているかも。早急な対策が必要です!』
との言葉に、重い溜息が溢れる。
夫婦喧嘩やプチ別居、大声をあげたり、叫んだり、泣いたり、愚痴ったり、物に当たったりといったことが解決策としてツラツラと書かれていたが、どれも美羽にとって現実的に考えられなかったり、解決にならなそうなものばかりだった。
だが、最後の項目に視線が止まり、バクンと美羽の心臓が飛び跳ねた。
『夫に隠れて、秘密をもつ』
類との密やかな行為が鮮やかに脳裏に再現され、慌てて掻き消した。
この文章が持つ意味が、不倫や浮気を推奨するものではなく、内緒で買い物してみたり、友達と少し豪華なランチを食べたりといった意味での『秘密』であることは分かっているのに、どうしてもそっちの方向に考えてしまう。
あの行為って……浮気、になるのかな。
類の自慰に当てられて美羽の躰が熱くなり、テレパシーのように通じ合うだなんて、もちろん義昭に話せるはずなどないし、話したところで何を馬鹿なことをと鼻で笑われるだけだろう。義昭だけじゃなく、恐らく誰に言っても、こんな話は俄かに信じがたいことは分かっている。
当の美羽にだって、説明がつかないのだから。
けれど、だからこそ類との絆を深く感じてしまう。自分たちは特別なのだと思ってしまう。
『誰に理解されなくてもいい。私と類だけが、知っていればいいの』
ふたりが恋人だった頃、ずっと言い聞かせていた言葉。
やはり類は、美羽にとって唯一無二の存在なのだと胸が熱くなる。
あれほど類と同居することを嫌がっていたのに、今では類の存在に救われている。
類がいるから、義昭のいる家に帰ることが出来る。
類がいるから、義昭と一緒に食事が出来る。
類がいるから、義昭とソファで一緒にTVを観ていても、吐き気に襲われることがない。
いつでも類は優しくて、明るくて、自分を温かく癒してくれる。笑顔で「おかえり!」と言われると、泣きたくなるぐらいに嬉しくなる。あれほど類のことを警戒し、怯えていたのに、今では会いたくて堪らなくなっている。
義昭への嫌悪が大きくなればなるほどに、類への愛しい気持ちが膨らんできて、美羽の心は確実に類へと傾いていた。
けれどそんな一方で、類への疑念を消すことも出来なかった。安心させておいて、何かとんでもない罠を仕掛けているのでは……そう考えると、不安でならなかった。
それというのも、どんどん類が自分たち夫婦の生活に入り込み、馴染んできているせいかもしれない。
類に当てられたゲストルームは日々物が増えていき、以前の雰囲気からは一変していた。
シンプルな真っ白いベッドカバーはオリーブとブラウンとベージュの幾何学模様のものに替えられ、カバーと同じそれぞれの色の小さなクッションが並べられている。その横には背の高いモダンなスタンドライトが据え付けられ、真ん中にはウォールナット素材のローテーブルが毛足の長いベージュのラグの上に置かれ、壁にブラウンのビーンズクッションが凭れかかっている。
カーテンはブラインドタイプとなり、その下に置かれた義昭が購入したシンプルな白いデスクやクローゼットは類がペンキでウォールナットカラーに塗り直し、ニス加工を加えていた。壁時計は黒い針が日本時間、赤い針がアメリカ時間を指すというユニークなデザインのものが掛けられ、幾何学模様の絵が飾られ、仕切りに使われているシェルフには観葉植物や海外のファッション雑誌やインテリア雑誌が置かれている。
まるで、お洒落なカフェにいるかのような気分になる。
クローゼットには衣服が増えていき、コートやジャケットや小物は部屋に収まりきらないので共有のコートラックに掛けられ、玄関のシューズボックスもどんどん類のもので占領されつつある。
ゲストルームだけでなく、家のそこかしこに類の気配が広がっていた。
夫の何気ない言動に対する不満、あるいは夫の存在そのものが強いストレスとなって、自律神経やホルモンのバランスを崩し、妻の体や心が不調になるのだという。
洗濯物を畳みながら聞き流していたTVからそんなことを知り、美羽は早速ネットで調べてみた。
サイトには夫源病危険度チェックというものがあり、
『人前では愛想がいいが、家では不機嫌』
『上から目線で話をする』
『家事には手を出さない(手伝わない)が口は出す』
などという項目がずらりと並んでいた。
チェックし続け、結果を照らし合わせると、
『明らかに夫源病:夫の存在そのものがストレスとなり、すでに心身に不調が現れているかも。早急な対策が必要です!』
との言葉に、重い溜息が溢れる。
夫婦喧嘩やプチ別居、大声をあげたり、叫んだり、泣いたり、愚痴ったり、物に当たったりといったことが解決策としてツラツラと書かれていたが、どれも美羽にとって現実的に考えられなかったり、解決にならなそうなものばかりだった。
だが、最後の項目に視線が止まり、バクンと美羽の心臓が飛び跳ねた。
『夫に隠れて、秘密をもつ』
類との密やかな行為が鮮やかに脳裏に再現され、慌てて掻き消した。
この文章が持つ意味が、不倫や浮気を推奨するものではなく、内緒で買い物してみたり、友達と少し豪華なランチを食べたりといった意味での『秘密』であることは分かっているのに、どうしてもそっちの方向に考えてしまう。
あの行為って……浮気、になるのかな。
類の自慰に当てられて美羽の躰が熱くなり、テレパシーのように通じ合うだなんて、もちろん義昭に話せるはずなどないし、話したところで何を馬鹿なことをと鼻で笑われるだけだろう。義昭だけじゃなく、恐らく誰に言っても、こんな話は俄かに信じがたいことは分かっている。
当の美羽にだって、説明がつかないのだから。
けれど、だからこそ類との絆を深く感じてしまう。自分たちは特別なのだと思ってしまう。
『誰に理解されなくてもいい。私と類だけが、知っていればいいの』
ふたりが恋人だった頃、ずっと言い聞かせていた言葉。
やはり類は、美羽にとって唯一無二の存在なのだと胸が熱くなる。
あれほど類と同居することを嫌がっていたのに、今では類の存在に救われている。
類がいるから、義昭のいる家に帰ることが出来る。
類がいるから、義昭と一緒に食事が出来る。
類がいるから、義昭とソファで一緒にTVを観ていても、吐き気に襲われることがない。
いつでも類は優しくて、明るくて、自分を温かく癒してくれる。笑顔で「おかえり!」と言われると、泣きたくなるぐらいに嬉しくなる。あれほど類のことを警戒し、怯えていたのに、今では会いたくて堪らなくなっている。
義昭への嫌悪が大きくなればなるほどに、類への愛しい気持ちが膨らんできて、美羽の心は確実に類へと傾いていた。
けれどそんな一方で、類への疑念を消すことも出来なかった。安心させておいて、何かとんでもない罠を仕掛けているのでは……そう考えると、不安でならなかった。
それというのも、どんどん類が自分たち夫婦の生活に入り込み、馴染んできているせいかもしれない。
類に当てられたゲストルームは日々物が増えていき、以前の雰囲気からは一変していた。
シンプルな真っ白いベッドカバーはオリーブとブラウンとベージュの幾何学模様のものに替えられ、カバーと同じそれぞれの色の小さなクッションが並べられている。その横には背の高いモダンなスタンドライトが据え付けられ、真ん中にはウォールナット素材のローテーブルが毛足の長いベージュのラグの上に置かれ、壁にブラウンのビーンズクッションが凭れかかっている。
カーテンはブラインドタイプとなり、その下に置かれた義昭が購入したシンプルな白いデスクやクローゼットは類がペンキでウォールナットカラーに塗り直し、ニス加工を加えていた。壁時計は黒い針が日本時間、赤い針がアメリカ時間を指すというユニークなデザインのものが掛けられ、幾何学模様の絵が飾られ、仕切りに使われているシェルフには観葉植物や海外のファッション雑誌やインテリア雑誌が置かれている。
まるで、お洒落なカフェにいるかのような気分になる。
クローゼットには衣服が増えていき、コートやジャケットや小物は部屋に収まりきらないので共有のコートラックに掛けられ、玄関のシューズボックスもどんどん類のもので占領されつつある。
ゲストルームだけでなく、家のそこかしこに類の気配が広がっていた。
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