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95.傾いていく気持ち
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土曜日でも区役所の窓口サービスは開いていたが、住民異動届や印鑑登録申請は扱っていないと言われ、結局週明けに出直すことになった。
その足で、今度は美羽の口座のある銀行へと向かった。
いつもならATMで全て用事を済ませるため、普段は窓口に行くことはないので、戸惑いつつ窓口の上に書かれた案内板を確認する。
どの窓口に行けばいいのか迷いながらも見当をつけて番号札を受け取り、座っている間も巨額の小切手が鞄の中に入っていることを考えるとそわそわして落ち着かない。休日の午前中ということもあってか、銀行は混んでいた。
もしここに銀行強盗が入ってきたらどうしよう、などという不安が頭を過ぎり、鞄をギュッと両手で握り締める。早く入金してしまいたかった。
暫く経ってから案内板が光り、美羽の番号が表示されて息を吐く。窓口に向かった美羽は鞄から送金小切手を取り出し、和やかな笑顔を浮かべる若い女性銀行員に見せた。
「あの。アメリカに住んでいた父の遺産を送金小切手で受け取ったので、日本円に替えて口座に入金したいのですが……」
それを聞き、今までにこやかな笑顔を浮かべていた若い女の事務員の顔が引き攣った。
「海外、からの……送金小切手ですね。お預かり、致します」
美羽からの小切手を受け取った事務員の瞳孔が、そこに書かれた金額を目にした途端、一気に大きく見開かれていく。
「しょ、少々お待ち下さいませっっ!!」
それからバタバタと慌ただしくいなくなり、暫くしてようやく戻ってきた時には年配の男性を伴っていた。彼の名札には『支店長』と書かれていた。
「お客様、大変お待たせ致しました。こちらでは何ですので、個室へご案内致します」
「は、はぁ……」
「じゃ、いこっか♪」
美羽が不安げな表情で頷くと、類が軽く背中を撫でた。
「思ったより時間かかったよねー。ほんと、日本ってなんかわけわかんない決まりごととかたくさんあって大変だよね。それに支店長はやけに仕事熱心だしさー」
個室に通されてから、美羽は送金小切手を受け取ることになった経緯を一通り説明し、類の口添えもあってなんとか送金小切手を日本円で口座に入金することが出来た。その際に、米ドルのまま預金のできる外貨定期預金も紹介されたのだが、よく分からないからとやんわり断った。
だが、その後も支店長は熱心に1,000万からの運用ができるという大口定期や長期の定期預金を勧めたり、投資信託や老後のための生命保険、投資型年金保険、はたまた将来子供が出来た時の為の未成年者少額投資非課税制度を利用した投資信託まで説明してきた。
義昭は外面を保つためか、支店長の話に同調したり、頷いたりして、なかなか話を切ってくれない。
「あー、家に帰ってゆっくり考えるんで、今のところは大丈夫です」
と類が言ってくれなければ、美羽はプレッシャーに耐えきれず、よく理解しないまま申し込んでしまっていたかもしれない。腕時計を見ると、銀行で3時間半も拘束されていたことになる。
「ごめんね、長い時間付き合わせちゃって」
申し訳ない気持ちで項垂れると、類は美羽のそんな気持ちを吹き飛ばすように明るく笑った。
「美羽も疲れたでしょ、お疲れ様。ねぇねぇ、お腹空いたよね? ここらへんに美味しいラーメン屋さんとかないかな? ラーメン食べたい!」
無邪気な類の言葉に、食い気味に義昭が乗ってきた。
「おっ、いいな! 駅挟んで向こう側にうまい徳島ラーメンの店があるから行ってみるか?」
義昭さんがオススメのラーメン屋さんだなんて、連れてってくれたこともなければ、聞いたこともなかったのに……
唖然とする美羽に、類が振り返って首を傾げた。
「ねぇ、ミューはラーメンで大丈夫?」
「う、ん。私も、ラーメン食べたいな」
類はいつでも自分のやりたいことや食べたいものがはっきりしてる。強引に思えて、その度に美羽の希望を聞いてくれる。
『何か食べたい?』と聞いても、『別になんでもいい』と言いながら文句を言う義昭さんよりもよっぽどいい。
そこまで考えて美羽はハッとした。
また私、義昭さんのことを悪く思ってる……ダメだ……
その足で、今度は美羽の口座のある銀行へと向かった。
いつもならATMで全て用事を済ませるため、普段は窓口に行くことはないので、戸惑いつつ窓口の上に書かれた案内板を確認する。
どの窓口に行けばいいのか迷いながらも見当をつけて番号札を受け取り、座っている間も巨額の小切手が鞄の中に入っていることを考えるとそわそわして落ち着かない。休日の午前中ということもあってか、銀行は混んでいた。
もしここに銀行強盗が入ってきたらどうしよう、などという不安が頭を過ぎり、鞄をギュッと両手で握り締める。早く入金してしまいたかった。
暫く経ってから案内板が光り、美羽の番号が表示されて息を吐く。窓口に向かった美羽は鞄から送金小切手を取り出し、和やかな笑顔を浮かべる若い女性銀行員に見せた。
「あの。アメリカに住んでいた父の遺産を送金小切手で受け取ったので、日本円に替えて口座に入金したいのですが……」
それを聞き、今までにこやかな笑顔を浮かべていた若い女の事務員の顔が引き攣った。
「海外、からの……送金小切手ですね。お預かり、致します」
美羽からの小切手を受け取った事務員の瞳孔が、そこに書かれた金額を目にした途端、一気に大きく見開かれていく。
「しょ、少々お待ち下さいませっっ!!」
それからバタバタと慌ただしくいなくなり、暫くしてようやく戻ってきた時には年配の男性を伴っていた。彼の名札には『支店長』と書かれていた。
「お客様、大変お待たせ致しました。こちらでは何ですので、個室へご案内致します」
「は、はぁ……」
「じゃ、いこっか♪」
美羽が不安げな表情で頷くと、類が軽く背中を撫でた。
「思ったより時間かかったよねー。ほんと、日本ってなんかわけわかんない決まりごととかたくさんあって大変だよね。それに支店長はやけに仕事熱心だしさー」
個室に通されてから、美羽は送金小切手を受け取ることになった経緯を一通り説明し、類の口添えもあってなんとか送金小切手を日本円で口座に入金することが出来た。その際に、米ドルのまま預金のできる外貨定期預金も紹介されたのだが、よく分からないからとやんわり断った。
だが、その後も支店長は熱心に1,000万からの運用ができるという大口定期や長期の定期預金を勧めたり、投資信託や老後のための生命保険、投資型年金保険、はたまた将来子供が出来た時の為の未成年者少額投資非課税制度を利用した投資信託まで説明してきた。
義昭は外面を保つためか、支店長の話に同調したり、頷いたりして、なかなか話を切ってくれない。
「あー、家に帰ってゆっくり考えるんで、今のところは大丈夫です」
と類が言ってくれなければ、美羽はプレッシャーに耐えきれず、よく理解しないまま申し込んでしまっていたかもしれない。腕時計を見ると、銀行で3時間半も拘束されていたことになる。
「ごめんね、長い時間付き合わせちゃって」
申し訳ない気持ちで項垂れると、類は美羽のそんな気持ちを吹き飛ばすように明るく笑った。
「美羽も疲れたでしょ、お疲れ様。ねぇねぇ、お腹空いたよね? ここらへんに美味しいラーメン屋さんとかないかな? ラーメン食べたい!」
無邪気な類の言葉に、食い気味に義昭が乗ってきた。
「おっ、いいな! 駅挟んで向こう側にうまい徳島ラーメンの店があるから行ってみるか?」
義昭さんがオススメのラーメン屋さんだなんて、連れてってくれたこともなければ、聞いたこともなかったのに……
唖然とする美羽に、類が振り返って首を傾げた。
「ねぇ、ミューはラーメンで大丈夫?」
「う、ん。私も、ラーメン食べたいな」
類はいつでも自分のやりたいことや食べたいものがはっきりしてる。強引に思えて、その度に美羽の希望を聞いてくれる。
『何か食べたい?』と聞いても、『別になんでもいい』と言いながら文句を言う義昭さんよりもよっぽどいい。
そこまで考えて美羽はハッとした。
また私、義昭さんのことを悪く思ってる……ダメだ……
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