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74.胸の高鳴り

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 類、ちゃんと待っててくれてるかな……

 不安に思いながら、バックヤードの扉に手を掛ける。



「ひゃぁっっ!!」



 開けた先には類が立っていて、美羽は総毛立った。

「ププッ……ミュー、驚きすぎ」

 腰を抜かさんばかりのリアクションに、類はお腹を抱えて笑った。けれど、美羽は笑い返せる気分ではない。

「る、類っっ!! どうして待ってないの!?」
「だって、きっとここから出てくるだろうと思ってさ」
「っっ……行こっっ!!」

 これ以上、類に何を言っても無駄だ。

 ふっと俯いた視界にエプロンが入り、慌てて外すとカバンに詰め込んだ。中は、ギュウギュウ詰めになっていた。

 傘を開き、足を踏み出そうとして、類の手元を見て目を丸くした。

「類、スーツケースは!?」

「邪魔だから、空港から送った」
「そっか……」

 類は傘を持っていないため、必然的にひとつの傘に入ることになってしまう。躊躇《ためら》っていると、類がフイッと傘のハンドルを掴んで高く持ち上げた。

「僕が持つよ」
「あり、がとう……」

 昔はよくこうして雨の日はひとつの傘に入っていた。だから、雨の日が好きだった。密着して並んでいると、類の背が高くなったのを改めて感じる。

 その身長分が、私の知らない類の歴史なんだ……

 寂しく感じてしまう、自分がいる。

「ほら、もっとこっち来ないと濡れちゃうよ」

 類に肩を抱かれ、グイと引き寄せられる。

 あの頃は感じなかった胸の高鳴りが迫ってくる。相合傘という密室の空間に閉じ込められ、鼓動がトクトクと落ち着かない。
 そっと見上げると、まるでタイミングを図ったかのように類も美羽を見下ろしていて「ん?」と優しく目が細まり、小首を傾げられた。大好きだった仕草に胸が締め付けられる。

「なん、でも……ないっっ」
「フフッ、へーんなの!」

 サーッという雨の音に混ざり、傘に雨が弾く音が重なって、二人の世界を包み込んでいく。

 この世界に、ずっと閉じこまっていられたらいいのに……

 向こうから傘をさした人が歩いてきた。すれ違い際に美羽と類を見てハッとし、驚いたようにふたりの顔を見比べる。通り過ぎた後も、後ろから視線が突き刺さるように感じた。

 そう、ここが私たちの生きる世界。
 恋人でいることが、許されない世界なんだ……
 
 キリキリと胸が痛む。

 ここは店の近くだし、もし私や隼斗兄さんを知ってるお客さんに出会ってしまったら言い逃れ出来なくなる……

 美羽はハンチングを深く被り、俯いた。

 電車だと目立つし、隠れる事も出来ない……

「類、疲れてるだろうし、タクシーで帰ろ」

 大通りに出てタクシーを拾って乗り込むと、類は美羽にぴったりと寄り添うぐらいの距離で隣に座った。

「ほ、ほら……類、シートベルトしないと」
「いつから日本もそんなに厳しくなったんだっけ?」
「安全のためでしょ!」

 そう言った美羽に、類が覆いかぶさるように近づいてきた。

「る、類……!?」

 類は美羽のシートベルトに手をかけると、引っ張ってから手渡した。

「はい! 安全第一でしょ?」
「あり、がと……」

 ドクドクと高鳴る鼓動を聞かれないよう胸を押さえ、美羽は俯くとシートベルトをカチッとはめた。

 さっきまで触れていた太腿が、類の息のかかった頬が、痺れるように熱い。離れていても匂ってくる類の懐かしい香りに、吸い込まれそうになる。

 まだ、類との生活が始まってもいないのに、どうしよう……
 もう、こんなにドキドキしてる。
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