上 下
75 / 498

71.ガラス窓の向こうに見えるのは

しおりを挟む
Lieuリュウ  deドゥ  detenteデタント 』の店内にはボサノバが耳に心地いいボリュームで流れ、緑鮮やかな観葉植物が点在し、天然の木材で作られたセンスのきいたテーブルと椅子は訪れた客に居心地の良いリラックスした空間を提供し、新鮮な食材を使った本格的でしかもリーズナブルなランチにきめ細やかなサービスは訪れたゲストに幸せなひと時を齎していた。

 だが、その裏では真逆のような慌ただしさが展開されていた。

「すみません、ランチAとレディースランチお願いします!」
「ねぇ、1卓の人たち急いでるから早めに出して欲しいって言われてるんだけど」
「よっしー、3卓もう食べ終わってるから下げて、コーヒー出して!」
「うそー、今から5卓のオーダー取りに行くのに」
「分かった。じゃ、そっちは私いくから!!」

 様々な声が飛び交い、厨房から色んな音が響き、匂いが漂い、接客担当はトレーを手にそれぞれが忙しなく店内を動き回る。

 カフェのランチタイムは忙しい。近くに会社が幾つかあり、そこから流れてくるサラリーマンやOLで店内は賑わっていた。それに加えて近所のおばさま方や大学生らしきカップルなんかもいて、店内に収まりきれないウェイティングの客が外にまでズラッと列を作り、溢れかえっていた。

 夏にはオープンカフェスペースを開放できるので、もう少し収容客を増やせるのだが、さすがに11月後半では厳しいし、今日は雨も降っていて色とりどりの傘が花を咲かせていた。

 オーダーが一通り入って落ち着くと、今度はオープンキッチンから隼斗が美羽に声を掛ける。

「悪いけど、洗い物入って」
「はい!」

 厨房に入るとソムリエエプロンからロングエプロンに替え、溜まりに溜まった皿やコップをどんどん食洗機に入れていく。

 『カフェ店員』と聞くとお洒落な店で可愛いユニフォームを着て華やかなイメージがあるが、実際は立ちっぱなしだし、力仕事もあるし、手も荒れるし、たまに煩わしい客がいたり、クレームをつけられたりと大変な面もある。

 それでも、美羽は体力を使って働く充実感と客との会話を楽しめるこの仕事が好きだった。

 1時半を過ぎるとぐっと客足が減り、それからだんだんと緩やかになり、2時半近くになると今度はティータイムの客が訪れるものの、ランチタイムの賑やかさとは打って変わって客だけでなく店員側にも穏やかな空気が流れ始める。

 タイミングを見計らい、隼斗が皆に声を掛けた。

「それじゃ、芳子さんお疲れ様。トイレ掃除したら、あがっていいよ。香織さんと浩平は今のうちにランチ休憩入って。で、美羽はまた表出てくれるか?」

 ニックネームで呼ぶのが苦手な隼斗はよっしーを芳子さん、かおりんを香織さん、もえたんを萌ちゃんと呼んでいた。本当は苗字で呼びたいぐらいだが、それは浩平が許さないので、これが隼斗の精一杯だった。

 美羽はシンクを拭きながら頷いた。ちょうど食洗機が止まって、食器を全て戻し終えたところだった。

 再びエプロンを替えて表に戻ると、1時間は店内を美羽が、厨房は隼斗がそれぞれ1人で切り盛りすることになる。

 ランチタイムは相変わらず混雑していたものの、ティータイムは雨のせいか客がいつもより少なく、落ち着いていた。

 お腹空いたなぁ。今日のまかない、なんだろう……

 隼斗が作るまかないもまた、ここで働く楽しみのひとつだった。メニューにはない、特製のまかないは時には客に出すよりも豪華なものが出されたり、意外な組み合わせの食材があったりと、驚かせてくれる。そのアイデアをもらって、自宅で料理することもあった。

 このごろはどんな料理を出しても義昭は反応してくれないが、昔はその都度「おいしい、おいしい」と言って食べてくれたものだった。

 そんなことを思い出しつつ、テーブルの紙ナフキンを補充しながら店内を見回していると、ガラス張りの窓の向こう側に見知った顔を認めて、美羽の顔が一気に青褪めた。



 あれは……っっ!!




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

処理中です...