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68.悪魔からの試練
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『いらない』
『せっかく取得出来たのに、もったいないじゃないか!
今はその意思がなくても、この先何があるか分からないんだし、申請するだけでもしておいた方がいいんじゃないか? 喉から手が出るほどにグリーンカードを欲しがってる奴は、たくさんいるんだぞ』
宏典は会社を通じてのスキル申請ということで、割とすんなりとグリーンカードを取得し、家族である類も自動的にもらうことが出来たが、2000年以降、特にトランプ体制が敷かれてからは、ますます移民の永住権や国籍取得が困難になっている。抽選による永住権取得システムがあるものの、その確率は非常に低く、家族が米国人、もしくは米国で仕事をしていなければ、永住権獲得は非常に難しいのが現状だった。
実はブラウン弁護士自身もタジキスタン内戦を逃れて移民してきた一人であり、苦労してグリーンカードを取得し、その後市民権を獲得した。だからこそ、せっかく保持しているグリーンカードを捨てるような類を止めようと必死なのだ。
グリーンカードを取り上げられた場合、そこに正当な理由があればContest(異議申し立て)をすることが出来るが、再取得は非常に厳しい。
『知ってるよ。フフッ……僕のカード、欲しい人にあげられればいいのにね』
愉しそうに笑みを浮かべる類に、ブラウン弁護士は一瞬ゾクリとした。LAに在住する日本人は大勢いるし、彼自身、今までに日本人や日系アメリカ人とも仕事で何人も関わってきた。
だが、類ほどに容姿の整った日本人を見たことなどない。それだけではなく、彼には妖しい魅力があり、妻帯者であるブラウン弁護士でさえ引き込まれそうになる時がある。
なんて魔性だ……
『ルイ……市民権を取る気はないのか? 市民権を取れば、グリーンカードを失う心配もないし、いつでもアメリカに帰ってこられる』
どうしてこんなにも必死でルイを説得しているのか。ルイに、日本に行って欲しくない、少しでも関わっていたいと思ってしまう。
類はクスリと笑うと、ブラウン弁護士に艶麗な顔を寄せた。
『もしかして僕に、ここにいて欲しいの?』
ブラウン弁護士はゴクリと生唾を飲み込んだ。
東洋人、特に日本人の肌は艶があって美しいと聞くが、類の肌は女性のような白い透明感があり、アメリカンチェリーのような瑞々しい真っ赤な唇は今すぐにもむしゃぶりつきたくなるぐらいに美味しそうだ。類の躰から仄かに薔薇の香りが漂ってきて、理性を狂わせる。
ダメだ、仮にも私はムスリム(イスラム教徒)だ。いくらLAがLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)に寛容で同性婚が認められているとはいえ、タジキスタンで生まれ育ち、ムスリムとして生活してきた私には決して受け入れられないことだ。
それなのに今、私の信念が根本から大きく揺さぶられている……
ブラウン弁護士は身震いし、モスクの方向を振り仰いだ。
私の伴侶は生涯にただ一人、メアリーだけだ。私は彼女を愛している。
アッラーに誓って……
メアリーとはブラウン弁護士がアメリカに移住してから知り合ったアメリカ人の女性だが、彼女はブラウン弁護士の為にキリスト教からイスラム教に改宗し、婚前交渉をしないという戒律も守り通してくれた。その決断をした彼女に敬意を表し、ブラウン弁護士は妻の姓を名乗ることにしたのだった。
そんな愛しい妻を、裏切れるはずがない。
だが、その魅惑的な黒曜石の瞳に囚われる。真っ赤な艶のある唇に誘われてしまう……
フフッと妖艶な笑みを浮かべた類が腕を伸ばす。
あぁ、ダメだ……抗えない。メアリー、すまない……
アッラー、どうかお赦しを。
ブラウン弁護士は誘惑に負け、白く細い華奢なその手に自らの手を伸ばした。
だが、類の手はブラウン弁護士ではなく、書類を掴んだ。
『なーんてね!
ほらブラウン弁護士、今日はメアリーとのディナーが入ってるんでしょ。早く仕事しないと!』
その言葉に弾かれたように、ブラウン弁護士は手を引っ込めて腕時計にやると、目を落とした。
『あ、あぁ……そうだな。
では、書類の説明をしようか……』
あぁ、なんてことだ。
私は、悪魔に試されていたのか……?
愛しい妻の笑顔が脳裏に浮かび、彼の背中からジワリと油汗が浸み出してきた。
『せっかく取得出来たのに、もったいないじゃないか!
今はその意思がなくても、この先何があるか分からないんだし、申請するだけでもしておいた方がいいんじゃないか? 喉から手が出るほどにグリーンカードを欲しがってる奴は、たくさんいるんだぞ』
宏典は会社を通じてのスキル申請ということで、割とすんなりとグリーンカードを取得し、家族である類も自動的にもらうことが出来たが、2000年以降、特にトランプ体制が敷かれてからは、ますます移民の永住権や国籍取得が困難になっている。抽選による永住権取得システムがあるものの、その確率は非常に低く、家族が米国人、もしくは米国で仕事をしていなければ、永住権獲得は非常に難しいのが現状だった。
実はブラウン弁護士自身もタジキスタン内戦を逃れて移民してきた一人であり、苦労してグリーンカードを取得し、その後市民権を獲得した。だからこそ、せっかく保持しているグリーンカードを捨てるような類を止めようと必死なのだ。
グリーンカードを取り上げられた場合、そこに正当な理由があればContest(異議申し立て)をすることが出来るが、再取得は非常に厳しい。
『知ってるよ。フフッ……僕のカード、欲しい人にあげられればいいのにね』
愉しそうに笑みを浮かべる類に、ブラウン弁護士は一瞬ゾクリとした。LAに在住する日本人は大勢いるし、彼自身、今までに日本人や日系アメリカ人とも仕事で何人も関わってきた。
だが、類ほどに容姿の整った日本人を見たことなどない。それだけではなく、彼には妖しい魅力があり、妻帯者であるブラウン弁護士でさえ引き込まれそうになる時がある。
なんて魔性だ……
『ルイ……市民権を取る気はないのか? 市民権を取れば、グリーンカードを失う心配もないし、いつでもアメリカに帰ってこられる』
どうしてこんなにも必死でルイを説得しているのか。ルイに、日本に行って欲しくない、少しでも関わっていたいと思ってしまう。
類はクスリと笑うと、ブラウン弁護士に艶麗な顔を寄せた。
『もしかして僕に、ここにいて欲しいの?』
ブラウン弁護士はゴクリと生唾を飲み込んだ。
東洋人、特に日本人の肌は艶があって美しいと聞くが、類の肌は女性のような白い透明感があり、アメリカンチェリーのような瑞々しい真っ赤な唇は今すぐにもむしゃぶりつきたくなるぐらいに美味しそうだ。類の躰から仄かに薔薇の香りが漂ってきて、理性を狂わせる。
ダメだ、仮にも私はムスリム(イスラム教徒)だ。いくらLAがLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)に寛容で同性婚が認められているとはいえ、タジキスタンで生まれ育ち、ムスリムとして生活してきた私には決して受け入れられないことだ。
それなのに今、私の信念が根本から大きく揺さぶられている……
ブラウン弁護士は身震いし、モスクの方向を振り仰いだ。
私の伴侶は生涯にただ一人、メアリーだけだ。私は彼女を愛している。
アッラーに誓って……
メアリーとはブラウン弁護士がアメリカに移住してから知り合ったアメリカ人の女性だが、彼女はブラウン弁護士の為にキリスト教からイスラム教に改宗し、婚前交渉をしないという戒律も守り通してくれた。その決断をした彼女に敬意を表し、ブラウン弁護士は妻の姓を名乗ることにしたのだった。
そんな愛しい妻を、裏切れるはずがない。
だが、その魅惑的な黒曜石の瞳に囚われる。真っ赤な艶のある唇に誘われてしまう……
フフッと妖艶な笑みを浮かべた類が腕を伸ばす。
あぁ、ダメだ……抗えない。メアリー、すまない……
アッラー、どうかお赦しを。
ブラウン弁護士は誘惑に負け、白く細い華奢なその手に自らの手を伸ばした。
だが、類の手はブラウン弁護士ではなく、書類を掴んだ。
『なーんてね!
ほらブラウン弁護士、今日はメアリーとのディナーが入ってるんでしょ。早く仕事しないと!』
その言葉に弾かれたように、ブラウン弁護士は手を引っ込めて腕時計にやると、目を落とした。
『あ、あぁ……そうだな。
では、書類の説明をしようか……』
あぁ、なんてことだ。
私は、悪魔に試されていたのか……?
愛しい妻の笑顔が脳裏に浮かび、彼の背中からジワリと油汗が浸み出してきた。
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