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63.子供のいない夫婦でいること
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いつものバッグに加えてLAのスーパーマーケットで購入した頑丈な不織布製の大きなショッピングバッグを肩に掛けて玄関を出ると、ちょうどパンダの顔をした可愛らしい幼稚園バスが目の前を通り過ぎ、すぐ脇で停車した。その前には紺色の帽子にセーラー服を着て、革製の茶色の斜め鞄を掛けた4人の園児が並び、その後ろに小綺麗な格好をした母親たちが立っている。
あぁっ、タイミングまずった……
美羽の足が止まる。いつもなら、これを避けるために早く家を出るのに、時差ぼけとそれに伴う寝不足と頭痛によって、すっかり忘れてしまっていた。
『せんせー、おはよーございまーす!!』
バスの入口で迎え入れるエプロンを掛けた若い女の先生に、キラキラした瞳で元気に挨拶したり、ふざけあったりしながら園児たちがバスに乗り込んでいく。先生に注意されながらようやく全員が座り終えると、今度は窓から見送りのお母さんに向かって手を大きく振ったり、何か叫んでいる。
母親たちはそれぞれ自分の子供たちに笑顔で目線を送り、手を振りながらも、もうママ同士の会話が始まっていた。その器用さに驚かされる。
幼稚園の先生が、「では、行ってまいります」とお辞儀をすると、母親たちも軽く頭を下げ、運転手がそれを合図にバスを出発させる。
バスはゆっくりと発車して道から遠ざかったものの、美羽の足取りが軽くなることはなかった。
子供を見送った後も、彼女たちは最低30分はそこに居座るので、一旦家に戻ってから出直すことも出来ない。
しかも、駅に向かうには、彼女たちの前を通り過ぎなくてはならないし、別方向に歩いて遠回りをすると電車の時間に間に合わなくなる。
仕方なく美羽はそちらに向かって歩き出し、「おはようございます」と小さく挨拶をしてお辞儀すると、そそくさとその場を立ち去った。
バスの停車した家の前、美羽の隣宅に住む吉田だけが「おはようございます」と高らかに挨拶し、他はつられたようにお辞儀をしただけだった。 吉田を含む3人は美羽より5つから10ぐらいは上に見えたが、1人は美羽と同じくらいの年齢のようだ。
けれど、そこには見えないけれど超えられない壁が立ちはだかっているのだ。
通り過ぎると、背後から突き刺さるような視線を感じる。
「ねぇ、今の人って……」
囁くような声が耳に入ってきた。噂話をされることに慣れているせいか、この手の声は嫌でも耳が捕らえてしまう。
美羽が住む新興住宅地は幼稚園から小学生の子供を持つ家族が殆どで、既に子供を通じた強固なネットワークが敷かれていた。美羽の知る限り、子供がいない夫婦は自分たちの他にあと1家族だけ。けれど、そこの奥さんはバリバリのキャリアウーマンで忙しいため、町内会の行事に参加することすらなく、代わりに旦那さんが参加していた。
子供がいない自分は、例え専業主婦として家にいても、そのコミュニティーに入ることは出来ないのだと痛感する瞬間だった。
義昭とはセックスレス気味であるどころか、アメリカで類と再会してからは夫に対して嫌悪感すら芽生えているというのに、このコミュニティーに入るために子供が欲しいという馬鹿げた考えすら浮かんでしまいそうになる。
それほどに、美羽は仲良さそうに話している彼女らを見ていると疎外感を感じずにはいられなかった。
ママ友同士の付き合いは大変だと話には聞くし、友人からその類の愚痴を聞かされることだってある。けれど、同じ年代の子供を持つ親同士、悩みを打ち明け合い、時には旦那の愚痴を零し、ドラマやワイドショー、近所の噂話で盛り上がれる彼らを羨ましく思ってしまうのだ。
話し相手もなく、1日中家で家事をして、愛してもいない夫の帰りを虚しく待っているより、よっぽどいい。
世間では『ママカースト』や『マウンティング』なんて言葉が持て囃され、いかにママ友の付き合いが大変か取り沙汰されているが、子供が欲しいのにできず、近所のコミュニティに置いていかれている主婦のことなんて理解どころか話題にもしてくれない。
子供がいるかいないかというだけで、こんなにもはっきりと線引きされてしまうことを、美羽は結婚して初めて知った。
美羽が今の時点で妊娠したとしても、子供が幼稚園に入る頃にはここに住む近所の子供達は小学生や中学生になっているので、また美羽は疎外感を味わうことになるかもしれない。
それでも、夫と二人きりの生活よりはマシだ。
もし、子供がいないままここでずっと暮らしていくことになったら……そう想像すると、空恐ろしさを感じずにはいられなかった。
美羽は彼らの視線から逃れるように、速足で駅へと向かって歩いた。
あぁっ、タイミングまずった……
美羽の足が止まる。いつもなら、これを避けるために早く家を出るのに、時差ぼけとそれに伴う寝不足と頭痛によって、すっかり忘れてしまっていた。
『せんせー、おはよーございまーす!!』
バスの入口で迎え入れるエプロンを掛けた若い女の先生に、キラキラした瞳で元気に挨拶したり、ふざけあったりしながら園児たちがバスに乗り込んでいく。先生に注意されながらようやく全員が座り終えると、今度は窓から見送りのお母さんに向かって手を大きく振ったり、何か叫んでいる。
母親たちはそれぞれ自分の子供たちに笑顔で目線を送り、手を振りながらも、もうママ同士の会話が始まっていた。その器用さに驚かされる。
幼稚園の先生が、「では、行ってまいります」とお辞儀をすると、母親たちも軽く頭を下げ、運転手がそれを合図にバスを出発させる。
バスはゆっくりと発車して道から遠ざかったものの、美羽の足取りが軽くなることはなかった。
子供を見送った後も、彼女たちは最低30分はそこに居座るので、一旦家に戻ってから出直すことも出来ない。
しかも、駅に向かうには、彼女たちの前を通り過ぎなくてはならないし、別方向に歩いて遠回りをすると電車の時間に間に合わなくなる。
仕方なく美羽はそちらに向かって歩き出し、「おはようございます」と小さく挨拶をしてお辞儀すると、そそくさとその場を立ち去った。
バスの停車した家の前、美羽の隣宅に住む吉田だけが「おはようございます」と高らかに挨拶し、他はつられたようにお辞儀をしただけだった。 吉田を含む3人は美羽より5つから10ぐらいは上に見えたが、1人は美羽と同じくらいの年齢のようだ。
けれど、そこには見えないけれど超えられない壁が立ちはだかっているのだ。
通り過ぎると、背後から突き刺さるような視線を感じる。
「ねぇ、今の人って……」
囁くような声が耳に入ってきた。噂話をされることに慣れているせいか、この手の声は嫌でも耳が捕らえてしまう。
美羽が住む新興住宅地は幼稚園から小学生の子供を持つ家族が殆どで、既に子供を通じた強固なネットワークが敷かれていた。美羽の知る限り、子供がいない夫婦は自分たちの他にあと1家族だけ。けれど、そこの奥さんはバリバリのキャリアウーマンで忙しいため、町内会の行事に参加することすらなく、代わりに旦那さんが参加していた。
子供がいない自分は、例え専業主婦として家にいても、そのコミュニティーに入ることは出来ないのだと痛感する瞬間だった。
義昭とはセックスレス気味であるどころか、アメリカで類と再会してからは夫に対して嫌悪感すら芽生えているというのに、このコミュニティーに入るために子供が欲しいという馬鹿げた考えすら浮かんでしまいそうになる。
それほどに、美羽は仲良さそうに話している彼女らを見ていると疎外感を感じずにはいられなかった。
ママ友同士の付き合いは大変だと話には聞くし、友人からその類の愚痴を聞かされることだってある。けれど、同じ年代の子供を持つ親同士、悩みを打ち明け合い、時には旦那の愚痴を零し、ドラマやワイドショー、近所の噂話で盛り上がれる彼らを羨ましく思ってしまうのだ。
話し相手もなく、1日中家で家事をして、愛してもいない夫の帰りを虚しく待っているより、よっぽどいい。
世間では『ママカースト』や『マウンティング』なんて言葉が持て囃され、いかにママ友の付き合いが大変か取り沙汰されているが、子供が欲しいのにできず、近所のコミュニティに置いていかれている主婦のことなんて理解どころか話題にもしてくれない。
子供がいるかいないかというだけで、こんなにもはっきりと線引きされてしまうことを、美羽は結婚して初めて知った。
美羽が今の時点で妊娠したとしても、子供が幼稚園に入る頃にはここに住む近所の子供達は小学生や中学生になっているので、また美羽は疎外感を味わうことになるかもしれない。
それでも、夫と二人きりの生活よりはマシだ。
もし、子供がいないままここでずっと暮らしていくことになったら……そう想像すると、空恐ろしさを感じずにはいられなかった。
美羽は彼らの視線から逃れるように、速足で駅へと向かって歩いた。
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