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47.咆哮
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類が腰を曲げ、優雅にソファの下に散らばった衣類を拾い上げていく。
「理解してもらえるなんて、期待してなかったけどさ。だったら、僕たち二人だけで生きていく。僕は、ミューさえいてくれればそれでいいから」
シャツを羽織り、ボタンを留め、スラックスを穿いてベルトを留める。最後にネクタイを結ぶと、類は美羽に手を伸ばした。
「ミュー、行こう」
美羽がビクッと躰を震わせ、声の主を見上げた。
そこには、天使のように慈愛に満ちた微笑みがあった。この状況下には全く不似合いな、あまりにも美しすぎるその笑みに、美羽の全身に鳥肌がたつ。
「ほら、早く」
類が催促するように掌を揺らす。
「ウッ、ウグッ……る、いぃ……」
けれど、美羽はその手を取ることが出来ず、肩を震わせた。
類のことが大好きだけど……分からない、この手を取ってもいいのか。
恐い……
そんな二人のやりとりが繰り広げられる中、バタバタバタ……とけたたましい足音を踏み鳴らして華江がキッチンへと消えた。
戻ってきた華江の手には、鋭利な包丁が握られていた。
それを認めた宏典がようやく意識を取り戻してハッとし、正面から華江の手首をグイと握り締めた。
「華江、何をするんだ!」
その声に美羽が顔を向け、母親の異常な行動に顔を蒼白にした。
お母、さんっっ!!
先ほどまで冷静だった類も、さすがにこの状況には驚いたようで、華江と宏典の様子を息を詰めてじっと見守っている。
華江は宏典を睨み上げ、甲高く叫んだ。
「ゃっ、離、してっっ!! この子は悪魔よっっ!!」
その華江こそ、まるで悪魔のように髪を振り乱し、恐ろしい形相で宏典の手から包丁を引き剥がそうと渾身の力を込めて包丁を揺らした。
宏典は両手で華江の手を掴み、華江はもう一方の手でその手を引き剥がそうとした。
「離せ、離すんだ華江!」
「あなたこそ離して!! 邪魔しないでっっ!!」
必死の形相で睨み合い、包丁が上下左右に揺さぶられる。乱れた呼吸と、緊張感が空気を通じて伝わって来る。一歩も譲ることなく包丁を奪い合う両親の姿に美羽は怯え、これが自分たちが犯した罪のせいなのだと恐ろしくなった。震える唇から、必死に声を絞り出す。
「ッグ……お、願……やめて、お母さ……ウゥッ、お父さ……」
全身の震えが止まらない。『一家心中』という言葉が過ぎり、今日を最後に自分たちの生が終わりを迎えるかもしれないという予感までする。
双子で愛し合うということが禁忌であることは理解していたつもりだったが、それがどう他者に影響を及ぼすのかなど、真剣に考えたことがなかった。
目の前で見せつけられる現実に、ギリギリと頭が締め付けられるように痛んだ。
「ック……離すんだ、華江!!」
激しい攻防が続く中、宏典が一本ずつ華江の指を引き剥がし、包丁を奪い取ると投げ捨て、カシャーンと金属音を立てて包丁が床に転がった。
「冷静になれっっ!!」
今まで一度も声を荒げたことなどない宏典の怒声に、華江だけでなく、美羽も躰を震わせた。
「うっ、うっ、うぁあああああああああああああ!!」
華江は再び床に崩れ、咆哮した。
宏典には、華江がまるで別人のように思えた。いや、華江だけではない……自分が知っていると思っていた類や美羽も、ここにはいない。
肩を上下させて荒く息を吐きながら、異常な状況下に置かれて胃に穴が開きそうな思いだった。
宏典は大きく溜息を吐いてから美羽を見つめると、先ほどよりはいくらか穏やかな声音で告げる。
「美羽、シャワーを浴びて着替えたら下りてきなさい」
「は、はい……」
普段敬語で話すことなどないのに、この雰囲気に呑みこまれる。
類の視線が追いかけてくるのを感じたが、美羽はそれから逃げるようにして通り過ぎ、震える足にバランスを崩しそうになりながらリビングを抜け、階段を上っていった。
着替えを取りに行かなくてはと考え、自分の部屋へと戻る。意外に冷静な判断を出来ているように見えるが、実際は現実の出来事についていけず、別のことを考えて現実逃避しているだけだった。
類との行為を見られた事も、母親の怒声も、両親の恐ろしい取っ組み合いも、すべて自分とは関わりのない別の世界の出来事だと信じたかった。
だってほら……ここでは、いつもどおりの世界が広がっている。
美羽は電気をつけることなく部屋を見回した。白にピンクのストライプ模様の乱れた様子のないベッドのシーツ。きちんと引き出しの閉まった木製の洋服ダンス。勉強机の上には辞書が何冊か並べられ、そこには家族写真と共に類と二人で幸せそうな笑顔を浮かべた写真が並べて飾られている。
それを目にして扉をパタンと閉めた途端、美羽の躰の力が抜けていき、へなへなと座り込んだ。
「ウッ、ウッ……ウグッ……」
こんな、ことに……なるなんて。
どうしたら、いいの……?
蹲り、顔を膝に埋める。
ーーまだ膣奥には、類の余韻が残っていた。
「理解してもらえるなんて、期待してなかったけどさ。だったら、僕たち二人だけで生きていく。僕は、ミューさえいてくれればそれでいいから」
シャツを羽織り、ボタンを留め、スラックスを穿いてベルトを留める。最後にネクタイを結ぶと、類は美羽に手を伸ばした。
「ミュー、行こう」
美羽がビクッと躰を震わせ、声の主を見上げた。
そこには、天使のように慈愛に満ちた微笑みがあった。この状況下には全く不似合いな、あまりにも美しすぎるその笑みに、美羽の全身に鳥肌がたつ。
「ほら、早く」
類が催促するように掌を揺らす。
「ウッ、ウグッ……る、いぃ……」
けれど、美羽はその手を取ることが出来ず、肩を震わせた。
類のことが大好きだけど……分からない、この手を取ってもいいのか。
恐い……
そんな二人のやりとりが繰り広げられる中、バタバタバタ……とけたたましい足音を踏み鳴らして華江がキッチンへと消えた。
戻ってきた華江の手には、鋭利な包丁が握られていた。
それを認めた宏典がようやく意識を取り戻してハッとし、正面から華江の手首をグイと握り締めた。
「華江、何をするんだ!」
その声に美羽が顔を向け、母親の異常な行動に顔を蒼白にした。
お母、さんっっ!!
先ほどまで冷静だった類も、さすがにこの状況には驚いたようで、華江と宏典の様子を息を詰めてじっと見守っている。
華江は宏典を睨み上げ、甲高く叫んだ。
「ゃっ、離、してっっ!! この子は悪魔よっっ!!」
その華江こそ、まるで悪魔のように髪を振り乱し、恐ろしい形相で宏典の手から包丁を引き剥がそうと渾身の力を込めて包丁を揺らした。
宏典は両手で華江の手を掴み、華江はもう一方の手でその手を引き剥がそうとした。
「離せ、離すんだ華江!」
「あなたこそ離して!! 邪魔しないでっっ!!」
必死の形相で睨み合い、包丁が上下左右に揺さぶられる。乱れた呼吸と、緊張感が空気を通じて伝わって来る。一歩も譲ることなく包丁を奪い合う両親の姿に美羽は怯え、これが自分たちが犯した罪のせいなのだと恐ろしくなった。震える唇から、必死に声を絞り出す。
「ッグ……お、願……やめて、お母さ……ウゥッ、お父さ……」
全身の震えが止まらない。『一家心中』という言葉が過ぎり、今日を最後に自分たちの生が終わりを迎えるかもしれないという予感までする。
双子で愛し合うということが禁忌であることは理解していたつもりだったが、それがどう他者に影響を及ぼすのかなど、真剣に考えたことがなかった。
目の前で見せつけられる現実に、ギリギリと頭が締め付けられるように痛んだ。
「ック……離すんだ、華江!!」
激しい攻防が続く中、宏典が一本ずつ華江の指を引き剥がし、包丁を奪い取ると投げ捨て、カシャーンと金属音を立てて包丁が床に転がった。
「冷静になれっっ!!」
今まで一度も声を荒げたことなどない宏典の怒声に、華江だけでなく、美羽も躰を震わせた。
「うっ、うっ、うぁあああああああああああああ!!」
華江は再び床に崩れ、咆哮した。
宏典には、華江がまるで別人のように思えた。いや、華江だけではない……自分が知っていると思っていた類や美羽も、ここにはいない。
肩を上下させて荒く息を吐きながら、異常な状況下に置かれて胃に穴が開きそうな思いだった。
宏典は大きく溜息を吐いてから美羽を見つめると、先ほどよりはいくらか穏やかな声音で告げる。
「美羽、シャワーを浴びて着替えたら下りてきなさい」
「は、はい……」
普段敬語で話すことなどないのに、この雰囲気に呑みこまれる。
類の視線が追いかけてくるのを感じたが、美羽はそれから逃げるようにして通り過ぎ、震える足にバランスを崩しそうになりながらリビングを抜け、階段を上っていった。
着替えを取りに行かなくてはと考え、自分の部屋へと戻る。意外に冷静な判断を出来ているように見えるが、実際は現実の出来事についていけず、別のことを考えて現実逃避しているだけだった。
類との行為を見られた事も、母親の怒声も、両親の恐ろしい取っ組み合いも、すべて自分とは関わりのない別の世界の出来事だと信じたかった。
だってほら……ここでは、いつもどおりの世界が広がっている。
美羽は電気をつけることなく部屋を見回した。白にピンクのストライプ模様の乱れた様子のないベッドのシーツ。きちんと引き出しの閉まった木製の洋服ダンス。勉強机の上には辞書が何冊か並べられ、そこには家族写真と共に類と二人で幸せそうな笑顔を浮かべた写真が並べて飾られている。
それを目にして扉をパタンと閉めた途端、美羽の躰の力が抜けていき、へなへなと座り込んだ。
「ウッ、ウッ……ウグッ……」
こんな、ことに……なるなんて。
どうしたら、いいの……?
蹲り、顔を膝に埋める。
ーーまだ膣奥には、類の余韻が残っていた。
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