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27.衝撃
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ドクッ、ドクッと鼓動が脈を打ち、呼吸が浅くなる。冷たい階段の感触が足の裏に伝わり、背筋まで寒くなる。足が止まり、階段をこのまま駆け上がって逃げ出したいと思う一方で、父と類の間に何があったのか、知りたくて堪らない気持ちも交錯している。
階下まで下りきり、開かれた扉を覗くと、美羽は先ほどの義昭と同じように低い呻き声をあげた。
な、に……ここ
コンクリートの打ちっ放しの暗い地下室。赤く灯された怪しいライト。黒い鉄格子の檻。檻の中にはシーツすら掛けられていない剥き出しのシングルサイズのベッドがあり、天井にはフックが取り付けられていて、そこからチェーンがぶら下がっていた。その奥の壁にはX字になった磔台があり、4つの先端にはそれぞれ手枷がつけられていて、一部が赤黒くなっていた。隅には和式の便器が置かれていて監獄のようだが、便器の横に置かれた犬用の餌皿に違和感を覚える。
「僕はね……父さんに、虐待されてたんだ」
類がポツリと零した言葉に、美羽の頭が鈍器で殴られたような衝撃を受け、黒く塗り潰される。
それから、優しかった父が自分を撫でる大きな手、穏やかな声、抱き締める腕の温かさを思い出し、全身が小刻みに震える。餌皿の意味を理解した途端、嫌悪感と気持ち悪さで胃液が込み上がってきて吐き気がして、瞳の奥が熱く焼け付く。
「やめ、やめてっっ……」
ありえない、そんなこと……
「父さんは僕をここに閉じ込めて……何日も監禁することもあった」
「う、そ……嘘っっ……」
美羽は白目を大きくし、唇をブルブル震わせながらじりじりと後退りした。けれど、類は顔を蒼白にしながらも容赦なく長い脚で美羽に追いつき、その華奢な手を捕らえる。掴んだその手は美羽のものよりも震え、氷のように冷たかった。
類の死んだ魚のような濁った眼差しが、美羽を捉えて押さえつける。
「父さんは、母さんとミューを失ってしまった愛情の拠り所を、崩れてしまった心の均衡を……僕を憎しみ、傷つけることによって取り戻そうとしていた」
やめて……聞きたくない!!
美羽は膝から崩れ落ち、耳を覆い、目を閉じ、今聞いた言葉を追い払うかのように激しく頭を振った。けれど一度耳の中に入り込んだ毒薬は美羽の体内にゆっくりと浸透し、汚染しながら広がっていく。
「父さんは……悪魔に、なってしまったんだ」
耳を塞いでいても、テレパシーのように類の冷たい声が脳髄に響いてきた。
類がおもむろにシャツを脱ぎ、美羽の目の前にパサリと落とした。その気配に顔を上げた美羽に、深い哀しみの籠った黒曜石の瞳が向けられる。
「この傷は、父さんにつけられたものだ」
背を向けると、白く陶器のような美しい背中には無数の傷が刻まれている。赤紫に腫れ上がった深い傷跡が大きく斜めに入っていたり、カサブタになっている箇所もあった。パックリと割れて、中身が見えたまま固まっているものもある。その凄惨な傷跡は見ているだけで痛々しく、美羽は思わず目を背けた。
こ、んな……酷い、傷……どれだけの痛みだろう。
そんな所業を父が、あの優しかった父がするなんて……信じられない、信じたくない。けれど、背中の傷跡から、類の哀しみに濡れた表情から、それが真実だということを認めざるをえなくなる。
小刻みだった震えが激しくなり、胃液が喉元近くまでグウッと這い上がってきて、無理やり押し込んだ。
「それからこれは、リストカットの痕……何度、死のうと思ったか分からない」
「酷いな……」
目を背けたままの美羽には、類の手首に刻まれたリストカットの痕は見えないが、義昭の言葉でその真実味が伝わってきた。
「ここから逃げたいと思った。何度も逃げようともした。母さんに、ミューに会いたくて……
でも……出来なかった」
階下まで下りきり、開かれた扉を覗くと、美羽は先ほどの義昭と同じように低い呻き声をあげた。
な、に……ここ
コンクリートの打ちっ放しの暗い地下室。赤く灯された怪しいライト。黒い鉄格子の檻。檻の中にはシーツすら掛けられていない剥き出しのシングルサイズのベッドがあり、天井にはフックが取り付けられていて、そこからチェーンがぶら下がっていた。その奥の壁にはX字になった磔台があり、4つの先端にはそれぞれ手枷がつけられていて、一部が赤黒くなっていた。隅には和式の便器が置かれていて監獄のようだが、便器の横に置かれた犬用の餌皿に違和感を覚える。
「僕はね……父さんに、虐待されてたんだ」
類がポツリと零した言葉に、美羽の頭が鈍器で殴られたような衝撃を受け、黒く塗り潰される。
それから、優しかった父が自分を撫でる大きな手、穏やかな声、抱き締める腕の温かさを思い出し、全身が小刻みに震える。餌皿の意味を理解した途端、嫌悪感と気持ち悪さで胃液が込み上がってきて吐き気がして、瞳の奥が熱く焼け付く。
「やめ、やめてっっ……」
ありえない、そんなこと……
「父さんは僕をここに閉じ込めて……何日も監禁することもあった」
「う、そ……嘘っっ……」
美羽は白目を大きくし、唇をブルブル震わせながらじりじりと後退りした。けれど、類は顔を蒼白にしながらも容赦なく長い脚で美羽に追いつき、その華奢な手を捕らえる。掴んだその手は美羽のものよりも震え、氷のように冷たかった。
類の死んだ魚のような濁った眼差しが、美羽を捉えて押さえつける。
「父さんは、母さんとミューを失ってしまった愛情の拠り所を、崩れてしまった心の均衡を……僕を憎しみ、傷つけることによって取り戻そうとしていた」
やめて……聞きたくない!!
美羽は膝から崩れ落ち、耳を覆い、目を閉じ、今聞いた言葉を追い払うかのように激しく頭を振った。けれど一度耳の中に入り込んだ毒薬は美羽の体内にゆっくりと浸透し、汚染しながら広がっていく。
「父さんは……悪魔に、なってしまったんだ」
耳を塞いでいても、テレパシーのように類の冷たい声が脳髄に響いてきた。
類がおもむろにシャツを脱ぎ、美羽の目の前にパサリと落とした。その気配に顔を上げた美羽に、深い哀しみの籠った黒曜石の瞳が向けられる。
「この傷は、父さんにつけられたものだ」
背を向けると、白く陶器のような美しい背中には無数の傷が刻まれている。赤紫に腫れ上がった深い傷跡が大きく斜めに入っていたり、カサブタになっている箇所もあった。パックリと割れて、中身が見えたまま固まっているものもある。その凄惨な傷跡は見ているだけで痛々しく、美羽は思わず目を背けた。
こ、んな……酷い、傷……どれだけの痛みだろう。
そんな所業を父が、あの優しかった父がするなんて……信じられない、信じたくない。けれど、背中の傷跡から、類の哀しみに濡れた表情から、それが真実だということを認めざるをえなくなる。
小刻みだった震えが激しくなり、胃液が喉元近くまでグウッと這い上がってきて、無理やり押し込んだ。
「それからこれは、リストカットの痕……何度、死のうと思ったか分からない」
「酷いな……」
目を背けたままの美羽には、類の手首に刻まれたリストカットの痕は見えないが、義昭の言葉でその真実味が伝わってきた。
「ここから逃げたいと思った。何度も逃げようともした。母さんに、ミューに会いたくて……
でも……出来なかった」
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