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13.類と父の家
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受付で引き取った大きなスーツケースを、開け放たれた車のトランクに類が入れてくれる。見た目は自分とそっくりだけれど、軽々とスーツケースを持ち上げる姿に、類は男性なんだと感じる。トランクを閉めるバタンッという音が響いた。
「これ、父さんの車だったんだ……」
フォードのスポーツカータイプの青い車に乗り込むと、密室に3人でいるという状況が重苦しくなる。
「ホテルってどこ?」
「あぁ、ここだ……」
義昭が後部座席から運転席に手を伸ばし、予約したホテルの確認書を見せる。手にした類はスマホを取り出し、アプリから検索した。
「ダウンタウンの方か……結構遠いね」
「葬儀は1日だけだし、宿泊はダウンタウンの方が便利かと思ってそうしたんだ」
「オッケー、了解」
類が軽く手を挙げ、義昭にプリントを返した。伸びてきた長い腕に、美羽の鼓動がドクンと跳ね上がる。
類は慣れた手つきでダッシュボードを開けてケースを手に取ると、スクエア型とウエリントン型を掛け合わせたようなセルロイドの黒いフレームの眼鏡を掛けた。眼鏡を掛けた途端、類のそれまでの顔つきが変わり、知的に変化する。
右手でレバーを握ると切り替え、ハンドルを握る。高校生までの類しか知らない美羽には、それがとても不思議な光景に映った。すると、バックミラー越しに類に笑いかけられた。
「ミュー、見過ぎだから」
「ご、ごめんっ……なんか、類……大人になったんだな、って思って」
「ふふっ……そういう美羽だって。10年だもんね」
ふたりの会話に義昭が反応した。
「ふたりは、10年振りの再会だったのか?」
美羽の声が上擦る。
「う、うん……両親が離婚して、父が類を連れてアメリカに渡ってから、会うことはなかったから……」
唇が歪み、泳いだ視線の先がバックミラーへと向かう。
お願い、類。何も言わないで……
そう目で訴えたのは、事実とは少し異なっているから。
事実は、父親が類を連れてアメリカに渡り、その後母親は現在の夫と出会い、離婚したのだった。けれど、それを説明すれば、なぜ離婚前に離れ離れに暮らしていたのかと義昭に疑問に思われてしまう。
類が方向指示器を出し、ハンドルを切って右折する。
「あぁ、そうだね。こうして会えたのは……父さんの導きなのかもしれないな」
穏やかに告げる声を聞き、美羽の背筋に戦慄が走る。一刻も早く、ホテルに着いてほしかった。
車が緩やかに停止した。けれど、それは予想よりも随分早い到着で、美羽は嫌な予感がしつつ窓の外を覗き込んだ。
そこはホテルの駐車場ではなく、ある邸宅の前だった。美羽の顔から血の気が引いていく。
「ここ、って……?」
「うん、父さんと住んでた家だよ。ホテルに行く途中の道にちょうどあったから、寄っとこうと思って。父さんが、ミューに渡したかったものがあるんだ。来て」
眼鏡を外してダッシュボードに戻すと、類が後ろを振り返った。
「お父さんから、私に……?」
父からと聞き、美羽の心が大きく揺れたが、家の中へと入ることは躊躇われた。今は、気持ちを落ち着かせるためにも一刻も早くホテルに帰りたいと急いていた。
「やっぱり、今日は……」
「ヨシも来たことないよね、僕の家。案内するよ。すぐに終わるから」
美羽の小さな声が類の声に掻き消される。類は美羽の返事を待たず、既に扉に手を掛けて車から降りてしまった。義昭がそれに続いてシートベルトを外す。
「じゃあ、少しだけお邪魔させてもらおうか」
「う、ん……」
ここでホテルに戻りたいと意地を張れば、かえって怪しまれてしまうかもしれない。それに、目的は父の遺品を受け取ることなのだ。
美羽は仕方なく扉を開け、重い足取りで車を降りた。バクバクと心臓が鳴り響き、再び目眩に襲われた。
「これ、父さんの車だったんだ……」
フォードのスポーツカータイプの青い車に乗り込むと、密室に3人でいるという状況が重苦しくなる。
「ホテルってどこ?」
「あぁ、ここだ……」
義昭が後部座席から運転席に手を伸ばし、予約したホテルの確認書を見せる。手にした類はスマホを取り出し、アプリから検索した。
「ダウンタウンの方か……結構遠いね」
「葬儀は1日だけだし、宿泊はダウンタウンの方が便利かと思ってそうしたんだ」
「オッケー、了解」
類が軽く手を挙げ、義昭にプリントを返した。伸びてきた長い腕に、美羽の鼓動がドクンと跳ね上がる。
類は慣れた手つきでダッシュボードを開けてケースを手に取ると、スクエア型とウエリントン型を掛け合わせたようなセルロイドの黒いフレームの眼鏡を掛けた。眼鏡を掛けた途端、類のそれまでの顔つきが変わり、知的に変化する。
右手でレバーを握ると切り替え、ハンドルを握る。高校生までの類しか知らない美羽には、それがとても不思議な光景に映った。すると、バックミラー越しに類に笑いかけられた。
「ミュー、見過ぎだから」
「ご、ごめんっ……なんか、類……大人になったんだな、って思って」
「ふふっ……そういう美羽だって。10年だもんね」
ふたりの会話に義昭が反応した。
「ふたりは、10年振りの再会だったのか?」
美羽の声が上擦る。
「う、うん……両親が離婚して、父が類を連れてアメリカに渡ってから、会うことはなかったから……」
唇が歪み、泳いだ視線の先がバックミラーへと向かう。
お願い、類。何も言わないで……
そう目で訴えたのは、事実とは少し異なっているから。
事実は、父親が類を連れてアメリカに渡り、その後母親は現在の夫と出会い、離婚したのだった。けれど、それを説明すれば、なぜ離婚前に離れ離れに暮らしていたのかと義昭に疑問に思われてしまう。
類が方向指示器を出し、ハンドルを切って右折する。
「あぁ、そうだね。こうして会えたのは……父さんの導きなのかもしれないな」
穏やかに告げる声を聞き、美羽の背筋に戦慄が走る。一刻も早く、ホテルに着いてほしかった。
車が緩やかに停止した。けれど、それは予想よりも随分早い到着で、美羽は嫌な予感がしつつ窓の外を覗き込んだ。
そこはホテルの駐車場ではなく、ある邸宅の前だった。美羽の顔から血の気が引いていく。
「ここ、って……?」
「うん、父さんと住んでた家だよ。ホテルに行く途中の道にちょうどあったから、寄っとこうと思って。父さんが、ミューに渡したかったものがあるんだ。来て」
眼鏡を外してダッシュボードに戻すと、類が後ろを振り返った。
「お父さんから、私に……?」
父からと聞き、美羽の心が大きく揺れたが、家の中へと入ることは躊躇われた。今は、気持ちを落ち着かせるためにも一刻も早くホテルに帰りたいと急いていた。
「やっぱり、今日は……」
「ヨシも来たことないよね、僕の家。案内するよ。すぐに終わるから」
美羽の小さな声が類の声に掻き消される。類は美羽の返事を待たず、既に扉に手を掛けて車から降りてしまった。義昭がそれに続いてシートベルトを外す。
「じゃあ、少しだけお邪魔させてもらおうか」
「う、ん……」
ここでホテルに戻りたいと意地を張れば、かえって怪しまれてしまうかもしれない。それに、目的は父の遺品を受け取ることなのだ。
美羽は仕方なく扉を開け、重い足取りで車を降りた。バクバクと心臓が鳴り響き、再び目眩に襲われた。
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