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9.旧知
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暫くして顔を上げた類は、美羽の記憶にあったものよりも随分高い位置にあった。
黒のスーツにホワイトシャツ、黒のネクタイをきっちり締めたスタイルは義昭とまったく同じであるはずにも関わらず、長い手足と小さい顔、端麗な容姿がまるで別の衣服かのように感じさせる。
真っ直ぐに見つめられる類の視線に、美羽の胸の奥が熱く疼いてくる。耐えきれず視線を逸らそうとすると、分かっていたかのように顔を覗き込まれた。
「来てくれて嬉しいよ、ミュー。ようやく……会えた」
「類……わた、しも……」
その先を言うのは躊躇われた。これ以上感情を溢れさせてはいけないという制御を、なんとかギリギリで掛けることが出来た。それは、後ろに立っていた義昭からの不審な視線のお陰でもあった。
「あ、あの……紹介、するね。こちら……私の夫の朝野義昭さん。で、こっちが双子の弟……内山類、です」
「おと、うと……」
義昭の言葉に、チクリと胸が痛む。実父の存在を話した時に、本来なら一緒に暮らしていた類のことも話すべきだった。けれど美羽の罪悪感がそうすることを拒んだ。出来れば、類の存在はずっと隠し通しておきたかった。
「双子の、弟……だから、そんなに顔が似ている、のか……?」
義昭は驚愕の表情で美羽と類を見比べ、息を呑んだ。
通常、男女の双子といえば二卵性双生児として生まれてくる。一卵性双生児は受精卵が2つに分裂することによって双子が生まれるため、普通であれば異なる性別の双子が生まれてくることはない。
だが、非常に稀なケースで受精卵が分裂する際、片方が男性のXYを持ち、もう片方はYが欠落したためにXだけになることによって女性となり、男女の双子が生まれることがある。しかし、殆どの場合は成長過程で流産してしまう。生まれてくるのはその中でも2000から3000人に1人とも言われるといえば、どれだけ一卵性双生児の男女が珍しいか分かるだろう。
現に、美羽は昔母親から、出産が大変困難だったこと、生まれてからもかなり長い間保育器に入っていたことを聞かされた。
「ルイ……」
それを発したのは、美羽ではなく、義昭の唇だった。
その言葉に違和感を感じている間もなく、次の言葉が紡がれる。
「ルイ。僕のこと、覚えているか?」
義昭さんは、類を知っていたの!?
今度は美羽が驚愕の表情で義昭と類を見比べた。大きな不安が黒雲となり、急速に美羽の胸の内に広がっていく。
だが、類の方は怪訝な表情を浮かべて義昭を見つめた。
「ごめんなさい……覚えがないんだけど。
どこかで会ったことありましたっけ?」
類には義昭に面識がないと知って安堵しつつも、美羽の緊張感が解けることはなかった。ピリピリと肌が毛羽立ち、ピンと張った緊張の糸は限界まで張り詰めていた。
義昭は僅かに眉を下げ、口角を上げて微笑んだ。
「そう、だよな……ルイとは会話を交わしたこともないし、僕がいたのはたった6週間だったから、君が覚えていないのも無理はない。
僕は大学4年の時に夏季だけの特別留学生としてセタンフォード大学に留学していて、現地の日本人との交流会でその時1年だった君と何度か一緒になったことがあったんだ。その場には大勢の人間がいたし、そういったイベントは大学在学中に何度もあっただろうから、そのうちの1人だった僕のことを覚えてる方が珍しいよな」
義昭からアメリカに短期留学した経験があることは聞いていたが、まさかこんなところで繋がっていたとは思いもよらなかった。
類の美しく整った眉がピクリと動き、唇が一直線に引っ張られる。それから、記憶の中の引き出しを開ける呪文のように、ブツブツと呟き始めた。
「Yoshiaki Asano……Yoshiaki……Yoshi!!」
突然、類の顔がパッと明るくなった。
「あぁ、ヨシか! 覚えているよ。君はみんなから『ヨシ』って呼ばれてたし、あの時とは印象も違ってたからすぐに分からなかった。まさかミューの旦那さんがヨシだったなんて……すごい偶然だね!」
そう言って微笑んだ類の表情には邪気がなく、美羽と義昭が夫婦であることを喜んでいるようにも見えた。
本当に、類は……私が義昭さんと結婚していることを認めてくれているの?
美羽の黒雲は一向に晴れないどころか、余計に厚みを増していく一方だった。
黒のスーツにホワイトシャツ、黒のネクタイをきっちり締めたスタイルは義昭とまったく同じであるはずにも関わらず、長い手足と小さい顔、端麗な容姿がまるで別の衣服かのように感じさせる。
真っ直ぐに見つめられる類の視線に、美羽の胸の奥が熱く疼いてくる。耐えきれず視線を逸らそうとすると、分かっていたかのように顔を覗き込まれた。
「来てくれて嬉しいよ、ミュー。ようやく……会えた」
「類……わた、しも……」
その先を言うのは躊躇われた。これ以上感情を溢れさせてはいけないという制御を、なんとかギリギリで掛けることが出来た。それは、後ろに立っていた義昭からの不審な視線のお陰でもあった。
「あ、あの……紹介、するね。こちら……私の夫の朝野義昭さん。で、こっちが双子の弟……内山類、です」
「おと、うと……」
義昭の言葉に、チクリと胸が痛む。実父の存在を話した時に、本来なら一緒に暮らしていた類のことも話すべきだった。けれど美羽の罪悪感がそうすることを拒んだ。出来れば、類の存在はずっと隠し通しておきたかった。
「双子の、弟……だから、そんなに顔が似ている、のか……?」
義昭は驚愕の表情で美羽と類を見比べ、息を呑んだ。
通常、男女の双子といえば二卵性双生児として生まれてくる。一卵性双生児は受精卵が2つに分裂することによって双子が生まれるため、普通であれば異なる性別の双子が生まれてくることはない。
だが、非常に稀なケースで受精卵が分裂する際、片方が男性のXYを持ち、もう片方はYが欠落したためにXだけになることによって女性となり、男女の双子が生まれることがある。しかし、殆どの場合は成長過程で流産してしまう。生まれてくるのはその中でも2000から3000人に1人とも言われるといえば、どれだけ一卵性双生児の男女が珍しいか分かるだろう。
現に、美羽は昔母親から、出産が大変困難だったこと、生まれてからもかなり長い間保育器に入っていたことを聞かされた。
「ルイ……」
それを発したのは、美羽ではなく、義昭の唇だった。
その言葉に違和感を感じている間もなく、次の言葉が紡がれる。
「ルイ。僕のこと、覚えているか?」
義昭さんは、類を知っていたの!?
今度は美羽が驚愕の表情で義昭と類を見比べた。大きな不安が黒雲となり、急速に美羽の胸の内に広がっていく。
だが、類の方は怪訝な表情を浮かべて義昭を見つめた。
「ごめんなさい……覚えがないんだけど。
どこかで会ったことありましたっけ?」
類には義昭に面識がないと知って安堵しつつも、美羽の緊張感が解けることはなかった。ピリピリと肌が毛羽立ち、ピンと張った緊張の糸は限界まで張り詰めていた。
義昭は僅かに眉を下げ、口角を上げて微笑んだ。
「そう、だよな……ルイとは会話を交わしたこともないし、僕がいたのはたった6週間だったから、君が覚えていないのも無理はない。
僕は大学4年の時に夏季だけの特別留学生としてセタンフォード大学に留学していて、現地の日本人との交流会でその時1年だった君と何度か一緒になったことがあったんだ。その場には大勢の人間がいたし、そういったイベントは大学在学中に何度もあっただろうから、そのうちの1人だった僕のことを覚えてる方が珍しいよな」
義昭からアメリカに短期留学した経験があることは聞いていたが、まさかこんなところで繋がっていたとは思いもよらなかった。
類の美しく整った眉がピクリと動き、唇が一直線に引っ張られる。それから、記憶の中の引き出しを開ける呪文のように、ブツブツと呟き始めた。
「Yoshiaki Asano……Yoshiaki……Yoshi!!」
突然、類の顔がパッと明るくなった。
「あぁ、ヨシか! 覚えているよ。君はみんなから『ヨシ』って呼ばれてたし、あの時とは印象も違ってたからすぐに分からなかった。まさかミューの旦那さんがヨシだったなんて……すごい偶然だね!」
そう言って微笑んだ類の表情には邪気がなく、美羽と義昭が夫婦であることを喜んでいるようにも見えた。
本当に、類は……私が義昭さんと結婚していることを認めてくれているの?
美羽の黒雲は一向に晴れないどころか、余計に厚みを増していく一方だった。
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