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4.動揺

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 住所の下に書かれた名前『Rui Uchimiya』に、激しく動揺が胸の中に広がっていく。



 る、い……類が生きていた。ほん、とに……本当に、これは類からの手紙、なの!?
 あれからずっと連絡をくれなかったのに、どうして今頃になって手紙を送ってきたの!?

 なにより……どうして、私が結婚して、ここに住んでいることを知っているの!?



 混乱の中、美羽は腰を屈め、ゆっくりと封筒を拾い上げた。手が、ガクガクと震えている。今ここで読んで、平静でいられる自信がなかった。

 足早に玄関へと戻り、扉を閉めると、鼓動が速くなっているのを感じた。

 キッチンへと入ると、義昭が絶対に手をつけないキッチンツールを入れてある引き出しを開け、更に敷紙を持ち上げると、その隙間に封筒を忍ばせた。後は、この存在を頭の中から消すだけだ。

 エプロンをつけるとリモコンを手に取り、音楽をかける。義昭は朝食の際にグリーグの『朝』が流れていないと一日が始まった気がしない、と不機嫌になるのだ。美羽もすっかりこの曲を聴くと一日の始まりとして、認識されるようになった。これも一種の洗脳なのだろう。

 フライパン2つと水を入れた鍋1つをコンロにセットし、朝食とお弁当を同時に作る。どうしたら手際よく調理が出来るかについて考えながら冷蔵庫から必要なものを取り出し、頭で思い描いた通りに準備していく。

 義昭は和風好みな顔立ちにも関わらず、朝はトーストと目玉焼きとサラダとフルーツヨーグルト、そしてアールグレイティーと決めているので楽だ。ただ、お弁当は全て手作りというこだわりがあり、冷凍食品を使えないのが面倒臭い。

 類なら、私が作るものならなんでも喜んで食べてくれる……そんな平常運転の思考を美羽は無理やり停止させた。今は、類のことは考えてはいけない。

 トースターにセットしておいたトーストが焼け、たっぷりとバターを塗っている頃に、スーツにネクタイを締めて完璧に準備の整った義昭が規則正しいリズムで階段を下りてくる。

 少し頬のこけた面長で、一重の涼しい瞳にシルバーの細いフレームの眼鏡をかけている。だが、低い鼻はそれを支えきれず絶えず滑り落ちてくるので、しょっちゅう義昭は眼鏡をずり上げていた。

 そんな仕草が可愛いと思えたのは、いつの頃だっただろう。薄い唇は血の気がなく、少し白みを帯びていて、全体的に脆弱な印象を受けた。

「おはよう」

 義昭は、美羽に型通りの挨拶をした。

「おはよう。はい、今朝の新聞」

 なぜか新聞は手渡しと決まっている。

 以前、寝坊して慌ただしく食事の支度をしていた美羽は、新聞をテーブルの上に置きっぱなしにしてしまったことがあった。じーっと無言で義昭に見つめられ、その視線の意味に気付いた時には、美羽の背筋に悪寒が走った。

 義昭が新聞を広げたタイミングで、彼の手が届く右側にスプーンと角砂糖2つとレモンスライスを添えた白い湯気の立ち上るアールグレイティーをそっと置く。彼が顔を上げて紅茶を飲み始めたら、食事を始める合図だ。

 適量のドレッシングを掛けたグリーンサラダとトーストと完璧な半熟の目玉焼きの載ったプレートをタイミングを見て出す。フルーツヨーグルトは食後のデザートなので、ラップして冷蔵庫に冷やしてある。まるで給仕のようだ。

 実際、美羽は彼の性欲処理、兼、家政婦になったかのような気分だった。

 けれど、義昭が美羽の寝室を訪れることは珍しかった。前回にしたのはいつだったか……思い出せないぐらい前のことだ。

 どうして昨夜は義昭が欲情したのか、美羽にはどうでもいいことだった。求められたら受け入れるだけ。美羽は自分から求めない代わりに、求められたら拒否しないことも自分の中のルールとして決めていた。

 それが、夫である義昭に対してのマナーだと考えたから。
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