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誘拐犯はチャイムを鳴らす
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扉を開けると、おじさんの顔が心底安心したように綻んだ。
「あぁ、やっと開けてくれた……お父さんに連絡、とれた?」
「はい……」
そう言いながらも、私はまだ警戒の姿勢を解いてはいなかった。おじさんは靴を脱ぎ、私たちのテリトリーへの侵入に成功した。
「ここに引っ越してきてから来るのは、初めてだな」
私が小学校3年から4年に上がる春休みに、ボロアパートから新築のマンションへ引越した。あれから9ヶ月ほど経つけれど、いまだ目に眩しい真っ白な壁やなんとなく新築の臭いが残るこの家によそゆきの服を着せられている感が抜けていない。
私は妹に視線を送って見張り役を申しつけ、いそいそと台所へと向かった。親がいない時に火をつかうことは禁止されているけど、お母さんと一緒の時は料理をするし、ガスのつけ方は知っていた。何かあれば、大人であるおじさんがいるから大丈夫だろうと、この時ばかりは都合よくおじさんの存在を位置付けた。
やかんに水をかけ、沸騰するまでの間、湯呑みを3つ用意する。お茶の缶を手に取ると予想外に軽くて手が上の方までビュンと持ち上がる。蓋を開けると、もうあまり残ってなくて、お母さんに心の中で文句を言いながら急須に残ったお茶っ葉を全部入れて、缶を逆さまにしてカンカン振った。
ちらりとリビングを覗くと、妹は所在なくしながらもなんとか田川おじさんの相手をしていて、ホッとした。
「どうぞ」
「ありがとう」
こたつの天板の上に湯呑みを置くと、おじさんは嬉しそうにお茶に口をつけた。実は、お茶を入れたのはこの時が初めてで、どのくらいお茶っ葉を入れればいいかだとか、温度はどれぐらいかといったことは全く分かってなくて、ただお茶の葉を急須に入れてお湯を入れてしばらく待てばお茶になるという知識しかなかったので、お茶を飲むおじさんを見つめながらダメ出しされないかドキドキした。
おじさんが湯呑みから顔を上げる。
「ふたりは今、幾つなの?」
「私が小学4年生で、妹の和葉は3年生です」
「じゃ、うちの千早は、美弥子ちゃんの1個上だな。あとね、もっと大きい中学生のお兄ちゃんもいるんだよ」
まだ見ぬ従兄弟の話に興味をそそられ、親近感を覚えつつも、家族の話をして油断させるつもりなのかもしれないと頭の片隅で警報が鳴る。
壁の時計を見上げると、まだ2時にもなっていない。お母さんが帰ってくるのは早くても4時過ぎで、まだまだ長かった。こんなにお母さんが帰ってくるのが待ち遠しいのは、鍵をふたりとも忘れてマンションの外階段で座って待っていなくちゃいけない時以外なかった。
おじさんも共通の話題のない、子供2人を相手にすることを持て余したのか、湯呑みのお茶を飲み干すと、立ち上がった。
「ちょっと、ドライブにでも行こうか」
ド、ドライブ……
驚いて不安になる私とは真逆に、妹は少し嬉しそうな表情をした。
我が家には車がない。当然、車に乗ってどこかに出かけることはなく、いつも出かける時は歩きか自転車か、公共交通機関だった。
お父さんは一応車の免許は持っているものの、おそらく免許を取ってから一度も車を運転したことはなく、スクーターに乗っていた時期もあったけど、それも廃車にしてからは乗ることがなくなった。今は片道30分の会社までの距離を自転車で通っている。
「さ、行こう」
まだ立ち止まっている私に向かって、おじさんが振り返り、もう一度促す。妹はおじさんのすぐ後ろを歩いていた。裏切り者め……
もし田川のおじさんが本当のおじさんなら、私はここでおじさんというよりも、両親に対して不義理を働くことになってしまう。観念して、おじさんについていくことにした。
「あぁ、やっと開けてくれた……お父さんに連絡、とれた?」
「はい……」
そう言いながらも、私はまだ警戒の姿勢を解いてはいなかった。おじさんは靴を脱ぎ、私たちのテリトリーへの侵入に成功した。
「ここに引っ越してきてから来るのは、初めてだな」
私が小学校3年から4年に上がる春休みに、ボロアパートから新築のマンションへ引越した。あれから9ヶ月ほど経つけれど、いまだ目に眩しい真っ白な壁やなんとなく新築の臭いが残るこの家によそゆきの服を着せられている感が抜けていない。
私は妹に視線を送って見張り役を申しつけ、いそいそと台所へと向かった。親がいない時に火をつかうことは禁止されているけど、お母さんと一緒の時は料理をするし、ガスのつけ方は知っていた。何かあれば、大人であるおじさんがいるから大丈夫だろうと、この時ばかりは都合よくおじさんの存在を位置付けた。
やかんに水をかけ、沸騰するまでの間、湯呑みを3つ用意する。お茶の缶を手に取ると予想外に軽くて手が上の方までビュンと持ち上がる。蓋を開けると、もうあまり残ってなくて、お母さんに心の中で文句を言いながら急須に残ったお茶っ葉を全部入れて、缶を逆さまにしてカンカン振った。
ちらりとリビングを覗くと、妹は所在なくしながらもなんとか田川おじさんの相手をしていて、ホッとした。
「どうぞ」
「ありがとう」
こたつの天板の上に湯呑みを置くと、おじさんは嬉しそうにお茶に口をつけた。実は、お茶を入れたのはこの時が初めてで、どのくらいお茶っ葉を入れればいいかだとか、温度はどれぐらいかといったことは全く分かってなくて、ただお茶の葉を急須に入れてお湯を入れてしばらく待てばお茶になるという知識しかなかったので、お茶を飲むおじさんを見つめながらダメ出しされないかドキドキした。
おじさんが湯呑みから顔を上げる。
「ふたりは今、幾つなの?」
「私が小学4年生で、妹の和葉は3年生です」
「じゃ、うちの千早は、美弥子ちゃんの1個上だな。あとね、もっと大きい中学生のお兄ちゃんもいるんだよ」
まだ見ぬ従兄弟の話に興味をそそられ、親近感を覚えつつも、家族の話をして油断させるつもりなのかもしれないと頭の片隅で警報が鳴る。
壁の時計を見上げると、まだ2時にもなっていない。お母さんが帰ってくるのは早くても4時過ぎで、まだまだ長かった。こんなにお母さんが帰ってくるのが待ち遠しいのは、鍵をふたりとも忘れてマンションの外階段で座って待っていなくちゃいけない時以外なかった。
おじさんも共通の話題のない、子供2人を相手にすることを持て余したのか、湯呑みのお茶を飲み干すと、立ち上がった。
「ちょっと、ドライブにでも行こうか」
ド、ドライブ……
驚いて不安になる私とは真逆に、妹は少し嬉しそうな表情をした。
我が家には車がない。当然、車に乗ってどこかに出かけることはなく、いつも出かける時は歩きか自転車か、公共交通機関だった。
お父さんは一応車の免許は持っているものの、おそらく免許を取ってから一度も車を運転したことはなく、スクーターに乗っていた時期もあったけど、それも廃車にしてからは乗ることがなくなった。今は片道30分の会社までの距離を自転車で通っている。
「さ、行こう」
まだ立ち止まっている私に向かって、おじさんが振り返り、もう一度促す。妹はおじさんのすぐ後ろを歩いていた。裏切り者め……
もし田川のおじさんが本当のおじさんなら、私はここでおじさんというよりも、両親に対して不義理を働くことになってしまう。観念して、おじさんについていくことにした。
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