私より美しく女装した弟に、婚約者が私だと勘違いして一目惚れしてしまいました

奏音 美都

文字の大きさ
上 下
20 / 25

アーロン様のお気持ちを、ミッチェルに伝えることにしました

しおりを挟む
 ここは、なんとか穏便に帰ってもらうしかないわ。

 ジュリエッタは深刻な声で、アーロンに話しかけた。

「今頃……アーロン様のご両親や結婚するはずだった方のご家族は、大変な騒ぎになってるんじゃありませんの?」
「それは……」

 アーロンが、罰が悪そうに俯いた。

「こんなこと、私が言えた義理ではないですが……もし、本当にミッチェルのことを愛しているのであれば、結婚式から逃げ出すような無責任なことはせず、しっかりと相手の方と話し合いをつけてから、改めてミッチェルに会いにくるべきではないでしょうか。
 そうでなければ、私としてもミッチェルと会わせるわけにはいきませんし、私の両親も同じ考えだと思いますわ」

 毅然と言い放ったジュリエッタに、アーロンはすっかり落胆した。

 そんな彼に対して同情の気持ちが芽生えたジュリエッタは、言葉を足した。

「まずは、相手先に誠意をもって謝罪を……その上で、アーロン様のご両親にもう一度自分の思いをお話ください。
 それが例え認められなかったとしても、私はアーロン様のお気持ちを汲み、ミッチェルとの話し合いをセッティングいたします。ただ、話をするかどうかは、ミッチェルの意思に任せますので、保証はできませんが」

 アーロンは両膝にのせていた拳にギュッと力を込めた。

「……ジュリエッタの言う通りだな。
 僕はミッチェルに裏切られて失望したというのに、その自分が婚約者を裏切る行為をしてしまった。感情だけで暴走し、周りのことを考えずに逃げ出してしまった自分が、情けない。
 婚約者や彼女のご家族、そして僕の両親に謝罪して、自分自身の正直な気持ちを伝えることにするよ」

 アーロンが立ち上がった。

「突然訪問して、すまなかった。
 整理をつけてから、今度はミッチェルに会いにくる」
「えぇ……」

 ジュリエッタは曖昧に返事をした。

 アーロンを玄関まで見送り、彼の姿が見えなくなるとドッと疲労が出てきた。

 あぁ、なんとか帰っていただけたわ……

 すると、アーロンが帰っていく様子を窺っていたらしいマリエンヌが、すぐにジュリエッタの元へと歩み寄ってきた。
 
「アーロン様、なんと仰ってたの?」
「たとえミッチェルが男性であっても愛しているということに結婚式の最中に気づき、教会から逃げ出してきて、ミッチェルに会いに来たとのことでした」
「まぁ! なんてロマンチックなんでしょ!」

 ウキウキと答える呑気な母の言葉を聞き、彼女が話し合いの場にいなくて良かったとジュリエッタは思った。

「アーロン様には、まずは相手方と話し合いをして謝罪するよう勧めておきました。そうでないと、こちらにも被害が及ぶかもしれませんので。
 その上で、改めてアーロン様がミッチェルに会いにくるそうです」
「まぁ、そうなの。だったら、婚約破棄しなければ良かったわねぇ」

 そうではないでしょう、お母様……!!

 ジュリエッタは拳をワナワナと震わせた。

 その後、ジュリエッタはミッチェルの部屋へと向かい、閉ざされている扉の前に立った。

 ミッチェルに、何も言わない方がいいのかもしれないけど……このままでは、ミッチェルも前に進めないわよね。

 躊躇いながらも、扉の向こうに声を掛けた。

「ミッチェル……先程、アーロン様がお見えになったの」

 扉の向こうで息を呑む音がした。

「……そ、れで……アーロン様は、なんと?」

 ジュリエッタは弟の動揺した声を聞き、睫毛を揺らした。

 ミッチェル……まだ、アーロン様のことを慕っているのね。

「実は今日、アーロン様の結婚式だったのですけれど……どうしてもあなたのことが諦められず、教会から逃げ出して、ミッチェルに会いにきたの。
 そんな状況で会いに来られても困ると、帰ってもらったのだけれど……相手に謝罪し、整理がついたら、アーロン様がミッチェルと話をしたい、と」
「ッッ……」
「おそらく、相手方もアーロン様のご両親も憤慨していらっしゃるでしょうし、謝罪したところで、受け入れてもらえるかどうかは分からないわ。
 アーロン様は、ご両親の画策によってミッチェルとの婚約を破棄されてしまったんですって。だから……アーロン様のご両親は、アーロン様がミッチェルに会いに行ったと知ったら……」

 ジュリエッタの話の途中で、向こう側の扉がドンッと音を立てた。

「婚約破棄は……アーロン様のご意思ではなかったのですか!?」
「サインを捏造して、アーロン様には何も告げずにご両親が勝手に書状を送っていたそうよ。それからすぐに、新たな婚約者をたてて、結婚を強要されたのだとか」
「そう、だったのですか……」

 ジュリエッタが扉に手を置いた。

「ミッチェル。アーロン様が、あなたのために行動しようとしているわ。あなたは、このまま部屋に引きこもっていていいの? ずっと一生、このままでいるつもり?

 あなたがアーロン様と話し合いをするかどうかは、ミッチェル自身が決めればいいけれど、どちらにしても、一歩踏み出す時期ではないの?

 私だって、フランツ様との結婚を控え、新たな生活が始まるわ。ミッチェルには結婚式に出席してほしいし、家族としてお祝いしてもらいたいの」

 ジュリエッタの訴えに、ミッチェルが暫く沈黙した。それから、扉の向こうから小さな震える声が聞こえてきた。

「私だって……ジュリエッタお姉様の結婚をお祝いしたいし、このままでは駄目だって思っています……
 アーロン様のことは愛していますが、裏切ってしまったことに、アーロン様とご両親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいで……アーロン様にお会いしていいのかという迷いもあります。
 もう少し、時間をください。私も、これからのことを考えて……前へと踏み出せるようにしますから」

 ミッチェルの返事を聞き、ジュリエッタが頷いた。

「分かったわ。アーロン様が必ずミッチェルに会いに来てくださる保証はないけれど、彼がそこまでの気持ちでいてくれたということだけは、伝えたかったの」
「ありがとうございます、ジュリエッタお姉様」

 部屋の扉が開かれることはなかったが、ミッチェルの心の鍵が少しずつ開けられていくのをジュリエッタは感じとった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

処理中です...