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アーロン様が真実の愛に目覚めたようです、困りました
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マリエンヌは厄介事はごめんだと思ったのか急用を思い出したと言い出して部屋へと逃げ帰り、仕方なくジュリエッタが対応することになった。
アーロン様がミッチェルに会いたいだなんて。いったい、どういうことかしら。
訝しげに思いながら、ジュリエッタは玄関ホールへと急いだ。
玄関先には、アーロンが一人で立っていた。
「ぇ……アーロン、様!?」
ジュリエッタの目がみるみるうちに大きく見開かれ、アーロンの衣装に目が釘付けになる。紺色のフロック・コートに白いベスト、明るい水色のネクタイにコートと同じ紺色のスラックスを履き、白い手袋をしている。
「ま、さか……」
ジュリエッタの顔が蒼白になった。
アーロンがジュリエッタの疑念を肯定するように頷いた。
「あぁ……
挙式の途中で、逃げ出してきたんだ」
なんて、ことを……
その言葉を聞き、ジュリエッタは失神そうになった。いや、正確に言えば、失神できればどんなに楽だろうかと思った。
お母様の危惧してた通り……厄介事を持ち込んできたわね。
「なぜ、アーロン様が挙式を投げ出して、我が家に来たのですか」
思わず感情が高ぶって非難がましく尋ねると、アーロンが弱々しく答えた。
「そ、その……ミッチェルに、どうしても会いたくて」
ハァッと盛大に息を吐き出して、ジュリエッタがアーロンを通した。
「立ち話で終わりそうにありませんから、中へどうぞ」
「すまない、ジュリエッタ」
応接間へと向かう途中、マリエンヌがそっと影から見つめているのが見えた。なぜアーロンを屋敷の中へ招いたのかと言いたげな顔つきをしている。
だったら、お母様が対応してよね!
ジュリエッタは母を無視し、アーロンを応接間へと案内した。
ソファに座るや否や、ジュリエッタは即座にアーロンを問い詰めた。
「アーロン様がミッチェルと婚約破棄後、経済援助を申し出ていた別の家のご令嬢とすぐさま婚約し、結婚の準備を着々と進めているとお聞きしていたのですが……
いったい、これはどういうことなのですか?」
もしアーロン様の結婚相手の家に、彼が元婚約者である我が家を訪れていたことが知られたら、こちらにまで責任追及されるかもしれないじゃないの。
「アーロン様は我が家に婚約破棄の書状を送り、正式にミッチェルと婚約破棄しましたのよ。お分かりですよね?」
アーロンが慌てて否定した。
「そ、それは僕の意思ではない!!
両親が、勝手に送ったんだ。僕は、知らなかった……あのサインも、僕の筆跡を似せて書かれたものだ」
必死に言い訳するが、ジュリエッタは眉を寄せてアーロンを直視した。
「ミッチェルが男性であったと分かった時……貴方は、ミッチェルの言葉を遮り、家に帰られましたよね。もうあの時に、アーロン様のお心はミッチェルから離れたのではなかったのですか」
アーロンがハッとし、肩を落とした。
「あの時は……そりゃ、ショックだったから……何も、考えられなかったんだ。だってミッチェルは僕を見ようともしなかったし、逃げ出そうとするし、何も説明してくれなかった。ミッチェルに対して怒りも、憎しみも感じていたし、痛みも悲しみも、失望も感じていた。
それから家に帰って、ずっと考えたんだ。僕が、なぜあれほどショックを受け、失望させられたのか。
考えて、考えて、辿り着いた。僕は、ミッチェルが男性であったということよりも、ミッチェルが僕にそれを隠し続けていたことが、嘘をついていたことがショックだったのだと」
ジュリエッタの胸がきつく締め付けられた。アーロンを傷つけてしまったのは、弟だけでなく、自分たち家族全員に責任がある。
アーロンが、肩を震わせた。
「ミッチェルに怒りを向け、憎み、忘れようとした……けれど、それ以上に、ミッチェルを恋しく思う気持ちが勝ってしまうんだ。
そんな葛藤の末に、僕はどうしてミッチェルが女装したのか、僕と婚約しようとしたのかについて考えるようになった。僕には、ミッチェルが僕を欺こうとしたり、陥れようとしたとはどうしても思えなかった。僕はミッチェルといる時、いつもその優しさに、穏やかな微笑みに癒された。僕を心から愛してくれていることが伝わってきて、心が温かくなったんだ。
そこで、僕はミッチェルともう一度話し合おうと決意したんだ。
けれど……もうその時には、両親は既に秘密裏にミッチェルとの婚約破棄をし、新たな婚約者をたてていたんだ」
「そう、でしたの……」
アーロンが、ミッチェルが男性であったことが分かっても尚、弟と向き合おうと考えていてくれたことに、ジュリエッタは胸を熱くした。
ミッチェルは性別を偽ざるをえなかったが、それ以外のことではアーロンに真摯に接し、誠実な愛情を伝えようとしていたのだろう。
「僕は、両親を説得しようとしたんだが……納得してくれなかった。家のためにも、別の女性と結婚しなければならないと強要され……それを、やむなく受け入れたんだ。乗り気でない僕の心情を知っていた両親は、急ピッチで結婚式の準備を進め、今日……結婚式の日を迎えることとなった。
けれど……教会で花嫁が僕に向かって歩いてくるのを見た時に、『あぁ、僕はこの人ではダメだ』と思ったんだ。ミッチェルでないと、と」
感動的な話ではあるし、ミッチェルとアーロンに幸せになってもらいたいとも思っている。だが、だからと言って、「あぁ、そうですか」と簡単にアーロンを受け入れるわけにもいかない。
もし受け入れてしまえば、アーロンの両親から抗議されるだろうし、彼が結婚するはずだった相手の家から賠償請求されかねないからだ。信用問題にも関わるし、もしニコラスとマリエンヌにも反対されたなら、ふたりがこの恋を貫くには駆け落ちするしかなくなる。
そうなったら、ジュリエッタとて、ふたりの恋を応援できるかどうかは分からない。可愛い弟に苦労させるぐらいなら、家で何も知らぬまま引きこもっていた方がよほど幸せなのではないかと考えてしまう。
せっかくアーロンとの婚約破棄を穏便に済ませられたと安堵していたところだったのに、さらに複雑な問題を持ち込まれてしまった。
あぁ、いったいどうすればいいのかしら。
アーロン様がミッチェルに会いたいだなんて。いったい、どういうことかしら。
訝しげに思いながら、ジュリエッタは玄関ホールへと急いだ。
玄関先には、アーロンが一人で立っていた。
「ぇ……アーロン、様!?」
ジュリエッタの目がみるみるうちに大きく見開かれ、アーロンの衣装に目が釘付けになる。紺色のフロック・コートに白いベスト、明るい水色のネクタイにコートと同じ紺色のスラックスを履き、白い手袋をしている。
「ま、さか……」
ジュリエッタの顔が蒼白になった。
アーロンがジュリエッタの疑念を肯定するように頷いた。
「あぁ……
挙式の途中で、逃げ出してきたんだ」
なんて、ことを……
その言葉を聞き、ジュリエッタは失神そうになった。いや、正確に言えば、失神できればどんなに楽だろうかと思った。
お母様の危惧してた通り……厄介事を持ち込んできたわね。
「なぜ、アーロン様が挙式を投げ出して、我が家に来たのですか」
思わず感情が高ぶって非難がましく尋ねると、アーロンが弱々しく答えた。
「そ、その……ミッチェルに、どうしても会いたくて」
ハァッと盛大に息を吐き出して、ジュリエッタがアーロンを通した。
「立ち話で終わりそうにありませんから、中へどうぞ」
「すまない、ジュリエッタ」
応接間へと向かう途中、マリエンヌがそっと影から見つめているのが見えた。なぜアーロンを屋敷の中へ招いたのかと言いたげな顔つきをしている。
だったら、お母様が対応してよね!
ジュリエッタは母を無視し、アーロンを応接間へと案内した。
ソファに座るや否や、ジュリエッタは即座にアーロンを問い詰めた。
「アーロン様がミッチェルと婚約破棄後、経済援助を申し出ていた別の家のご令嬢とすぐさま婚約し、結婚の準備を着々と進めているとお聞きしていたのですが……
いったい、これはどういうことなのですか?」
もしアーロン様の結婚相手の家に、彼が元婚約者である我が家を訪れていたことが知られたら、こちらにまで責任追及されるかもしれないじゃないの。
「アーロン様は我が家に婚約破棄の書状を送り、正式にミッチェルと婚約破棄しましたのよ。お分かりですよね?」
アーロンが慌てて否定した。
「そ、それは僕の意思ではない!!
両親が、勝手に送ったんだ。僕は、知らなかった……あのサインも、僕の筆跡を似せて書かれたものだ」
必死に言い訳するが、ジュリエッタは眉を寄せてアーロンを直視した。
「ミッチェルが男性であったと分かった時……貴方は、ミッチェルの言葉を遮り、家に帰られましたよね。もうあの時に、アーロン様のお心はミッチェルから離れたのではなかったのですか」
アーロンがハッとし、肩を落とした。
「あの時は……そりゃ、ショックだったから……何も、考えられなかったんだ。だってミッチェルは僕を見ようともしなかったし、逃げ出そうとするし、何も説明してくれなかった。ミッチェルに対して怒りも、憎しみも感じていたし、痛みも悲しみも、失望も感じていた。
それから家に帰って、ずっと考えたんだ。僕が、なぜあれほどショックを受け、失望させられたのか。
考えて、考えて、辿り着いた。僕は、ミッチェルが男性であったということよりも、ミッチェルが僕にそれを隠し続けていたことが、嘘をついていたことがショックだったのだと」
ジュリエッタの胸がきつく締め付けられた。アーロンを傷つけてしまったのは、弟だけでなく、自分たち家族全員に責任がある。
アーロンが、肩を震わせた。
「ミッチェルに怒りを向け、憎み、忘れようとした……けれど、それ以上に、ミッチェルを恋しく思う気持ちが勝ってしまうんだ。
そんな葛藤の末に、僕はどうしてミッチェルが女装したのか、僕と婚約しようとしたのかについて考えるようになった。僕には、ミッチェルが僕を欺こうとしたり、陥れようとしたとはどうしても思えなかった。僕はミッチェルといる時、いつもその優しさに、穏やかな微笑みに癒された。僕を心から愛してくれていることが伝わってきて、心が温かくなったんだ。
そこで、僕はミッチェルともう一度話し合おうと決意したんだ。
けれど……もうその時には、両親は既に秘密裏にミッチェルとの婚約破棄をし、新たな婚約者をたてていたんだ」
「そう、でしたの……」
アーロンが、ミッチェルが男性であったことが分かっても尚、弟と向き合おうと考えていてくれたことに、ジュリエッタは胸を熱くした。
ミッチェルは性別を偽ざるをえなかったが、それ以外のことではアーロンに真摯に接し、誠実な愛情を伝えようとしていたのだろう。
「僕は、両親を説得しようとしたんだが……納得してくれなかった。家のためにも、別の女性と結婚しなければならないと強要され……それを、やむなく受け入れたんだ。乗り気でない僕の心情を知っていた両親は、急ピッチで結婚式の準備を進め、今日……結婚式の日を迎えることとなった。
けれど……教会で花嫁が僕に向かって歩いてくるのを見た時に、『あぁ、僕はこの人ではダメだ』と思ったんだ。ミッチェルでないと、と」
感動的な話ではあるし、ミッチェルとアーロンに幸せになってもらいたいとも思っている。だが、だからと言って、「あぁ、そうですか」と簡単にアーロンを受け入れるわけにもいかない。
もし受け入れてしまえば、アーロンの両親から抗議されるだろうし、彼が結婚するはずだった相手の家から賠償請求されかねないからだ。信用問題にも関わるし、もしニコラスとマリエンヌにも反対されたなら、ふたりがこの恋を貫くには駆け落ちするしかなくなる。
そうなったら、ジュリエッタとて、ふたりの恋を応援できるかどうかは分からない。可愛い弟に苦労させるぐらいなら、家で何も知らぬまま引きこもっていた方がよほど幸せなのではないかと考えてしまう。
せっかくアーロンとの婚約破棄を穏便に済ませられたと安堵していたところだったのに、さらに複雑な問題を持ち込まれてしまった。
あぁ、いったいどうすればいいのかしら。
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