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婚約成立
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「大変お待たせしました」
ニコラスが恐縮しながら、引きつった笑みを浮かべて再び応接間へと家族を伴って戻った。
アーロンだけでなく、ソワール子爵も子爵夫人もそわそわし、いったいどうなったのかとニコラスの言葉を待っていた。
全員が席に着くと、ニコラスがオホンと咳をした。
「えー、話し合った結果……そのぉ……ミッチェルが、もしアーロン様がこんな自分でも受け入れてくれるのであれば、婚約を受け入れたいと申しまして……な」
まさかその言葉の裏に、『男性であっても』という修飾語がつくなど、アーロン側は夢にも思っていないだろう。
アーロンが興奮で頬を染め、ミッチェルを見つめて大きく頷いた。
「こんな自分でもなど、なんて謙虚な方だ。美しい上に、こんなに慎ましい女性はまさに私の理想の妻です。
私こそ、ぜひ婚約を結んでいただきたい」
あーあ、もう。知らないから……
ジュリエッタは心の中で溜息を吐きつつも、もう止める気などなかった。たとえ後にアーロン一家からミッチェルが女性であったと家族ぐるみで嘘を吐いたと非難を受けても、家長である父に脅されて仕方なかったと言い訳しようと考えていた。
あの時、婚約者は自分の方が相応しいと確実に主張したと訴えれば、彼らも納得するだろう。いや、これからジェントリを継ぐ上でも納得させなければいけない。
ジュリエッタは横目でアーロンとミッチェルが婚約を取り交わすのを見つめていた。
いつ、ミッチェルが男性だと分かってしまうのか。その時のアーロンの反応はどうなのか。
他人事だと思えば、こんな愉快なことはないかもしれない。けれど、実の弟だと思うと、ジュリエッタの気持ちは複雑だった。見た目も性格も対照的なふたりは、決して仲の良い姉弟だとはいえないかもしれないが、ジュリエッタなりに弟のことは心配してきたし、可愛くも思っていた。
恐らく初恋であろうミッチェルが失恋し、その相手に深く傷つけられることになったらいい気はしないだろう。
そうなったら、私がミッチェルの面倒を一生見てあげるから大丈夫よ。
心の中で、ジュリエッタはミッチェルにそう呼び掛けた。
正式に婚約が取り交わされ、両家の両親共に満足げな表情を浮かべた。
「では、今夜はお祝いを兼ねて晩餐会をしましょう」
ニコラスがソワール子爵夫人を、ソワール子爵がマリエンヌを、アーロンがミッチェルをエスコートして隣同士に座る。
ジュリエッタの向かいに座るアーロンとミッチェルは、楽しそうに談笑している。今日初めて女装したとは思えないほど、ミッチェルは喋り方も手の仕草も、表情も女性そのもので、本当は以前から女装していたのではないかと疑いを持ちたくなるほど完璧な化けっぷりだった。
そんなミッチェルにアーロンは夢中で、ずっと隣に座る彼女を見つめて頬を緩めていた。とてもふたりの話に入れそうにない。もう既に、恋人同士のような雰囲気を醸し出していた。
あぶれたジュリエッタは喋る相手がいない中、執事がサイドテーブルで大皿から取り分けて運ばれてきた料理を次々に口に入れていった。
通常、晩餐会の食事は10皿以上あり、かなりのボリュームがあるため、特にきついコルセットをしている女性は殆ど手をつけられないまま終わってしまう。それをジュリエッタは毎回悔しく思っていた。
もうアーロンに対して見た目の気遣いをする必要がなくなったジュリエッタは、晩餐会が始まる前にメイドを連れて部屋に戻り、コルセットを限界まで緩め直していた。
あぁ、こんな豪華な食事を思いのままに食べられるなんて、幸せだわ。
ジュリエッタはひたすら豪華な食事を、夢中になって食べ続けた。
デザートを食べ終えると女性はリビングへと移動してコーヒーや紅茶を飲み、男性はそのまま残ってワインを飲み、煙草を吸うのが慣習となっている。
母と子爵夫人が最新の流行のドレスの話題で盛り上がっている隙に、ジュリエッタはこっそりとミッチェルに話しかけた。
「ねぇ、ミッチェル……アーロン様、大丈夫なの?」
『本当に、隠し切れると思うの?』そういう意味で尋ねたのだが、ミッチェルは夢見る乙女のような表情を浮かべて答えた。
「もちろん、大丈夫ですわ。
私、アーロン様こそ運命の人だって、確信しましたの」
姉に対する話し方ですら、女性のようになっている。
あぁ、この家にまともな人間はいないのね。
私がしっかりしなくては……
ジュリエッタは強くそう思った。
1時間後、再び男女が合流し、11時頃まで会話を楽しむと、ようやくお開きとなった。アーロンはミッチェルの背中に手を添え、部屋まで送ると、別れの挨拶を30分にも渡ってしていて、それが隣のジュリエッタの部屋にまで聞こえていた。
ソワール子爵は遠方に住んでいるため、今夜はここに滞在し、翌朝出発する。
別れ際、アーロンはジュリエッタの手を取り、離れがたいと言わんばかりに哀しみの表情で見つめた。
「ジュリエッタ。貴女と夫婦になれる日が待ち遠しい」
ミッチェルも恥じらいを見せつつ、微笑んで答えた。
「私もですわ」
こちらが用意した4頭だての立派な馬車が、家の前に停まっている。これからのソワール子爵への資金援助が確約された証であるかのように、ジュリエッタには思えた。
「では、また近いうちに」
「どうぞ、お気をつけて」
家長同士が挨拶し、ようやく見送り終えると、ジュリエッタは大きく息を吐き出した。
まったく、予想外の展開になってしまったわ……
ニコラスが恐縮しながら、引きつった笑みを浮かべて再び応接間へと家族を伴って戻った。
アーロンだけでなく、ソワール子爵も子爵夫人もそわそわし、いったいどうなったのかとニコラスの言葉を待っていた。
全員が席に着くと、ニコラスがオホンと咳をした。
「えー、話し合った結果……そのぉ……ミッチェルが、もしアーロン様がこんな自分でも受け入れてくれるのであれば、婚約を受け入れたいと申しまして……な」
まさかその言葉の裏に、『男性であっても』という修飾語がつくなど、アーロン側は夢にも思っていないだろう。
アーロンが興奮で頬を染め、ミッチェルを見つめて大きく頷いた。
「こんな自分でもなど、なんて謙虚な方だ。美しい上に、こんなに慎ましい女性はまさに私の理想の妻です。
私こそ、ぜひ婚約を結んでいただきたい」
あーあ、もう。知らないから……
ジュリエッタは心の中で溜息を吐きつつも、もう止める気などなかった。たとえ後にアーロン一家からミッチェルが女性であったと家族ぐるみで嘘を吐いたと非難を受けても、家長である父に脅されて仕方なかったと言い訳しようと考えていた。
あの時、婚約者は自分の方が相応しいと確実に主張したと訴えれば、彼らも納得するだろう。いや、これからジェントリを継ぐ上でも納得させなければいけない。
ジュリエッタは横目でアーロンとミッチェルが婚約を取り交わすのを見つめていた。
いつ、ミッチェルが男性だと分かってしまうのか。その時のアーロンの反応はどうなのか。
他人事だと思えば、こんな愉快なことはないかもしれない。けれど、実の弟だと思うと、ジュリエッタの気持ちは複雑だった。見た目も性格も対照的なふたりは、決して仲の良い姉弟だとはいえないかもしれないが、ジュリエッタなりに弟のことは心配してきたし、可愛くも思っていた。
恐らく初恋であろうミッチェルが失恋し、その相手に深く傷つけられることになったらいい気はしないだろう。
そうなったら、私がミッチェルの面倒を一生見てあげるから大丈夫よ。
心の中で、ジュリエッタはミッチェルにそう呼び掛けた。
正式に婚約が取り交わされ、両家の両親共に満足げな表情を浮かべた。
「では、今夜はお祝いを兼ねて晩餐会をしましょう」
ニコラスがソワール子爵夫人を、ソワール子爵がマリエンヌを、アーロンがミッチェルをエスコートして隣同士に座る。
ジュリエッタの向かいに座るアーロンとミッチェルは、楽しそうに談笑している。今日初めて女装したとは思えないほど、ミッチェルは喋り方も手の仕草も、表情も女性そのもので、本当は以前から女装していたのではないかと疑いを持ちたくなるほど完璧な化けっぷりだった。
そんなミッチェルにアーロンは夢中で、ずっと隣に座る彼女を見つめて頬を緩めていた。とてもふたりの話に入れそうにない。もう既に、恋人同士のような雰囲気を醸し出していた。
あぶれたジュリエッタは喋る相手がいない中、執事がサイドテーブルで大皿から取り分けて運ばれてきた料理を次々に口に入れていった。
通常、晩餐会の食事は10皿以上あり、かなりのボリュームがあるため、特にきついコルセットをしている女性は殆ど手をつけられないまま終わってしまう。それをジュリエッタは毎回悔しく思っていた。
もうアーロンに対して見た目の気遣いをする必要がなくなったジュリエッタは、晩餐会が始まる前にメイドを連れて部屋に戻り、コルセットを限界まで緩め直していた。
あぁ、こんな豪華な食事を思いのままに食べられるなんて、幸せだわ。
ジュリエッタはひたすら豪華な食事を、夢中になって食べ続けた。
デザートを食べ終えると女性はリビングへと移動してコーヒーや紅茶を飲み、男性はそのまま残ってワインを飲み、煙草を吸うのが慣習となっている。
母と子爵夫人が最新の流行のドレスの話題で盛り上がっている隙に、ジュリエッタはこっそりとミッチェルに話しかけた。
「ねぇ、ミッチェル……アーロン様、大丈夫なの?」
『本当に、隠し切れると思うの?』そういう意味で尋ねたのだが、ミッチェルは夢見る乙女のような表情を浮かべて答えた。
「もちろん、大丈夫ですわ。
私、アーロン様こそ運命の人だって、確信しましたの」
姉に対する話し方ですら、女性のようになっている。
あぁ、この家にまともな人間はいないのね。
私がしっかりしなくては……
ジュリエッタは強くそう思った。
1時間後、再び男女が合流し、11時頃まで会話を楽しむと、ようやくお開きとなった。アーロンはミッチェルの背中に手を添え、部屋まで送ると、別れの挨拶を30分にも渡ってしていて、それが隣のジュリエッタの部屋にまで聞こえていた。
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別れ際、アーロンはジュリエッタの手を取り、離れがたいと言わんばかりに哀しみの表情で見つめた。
「ジュリエッタ。貴女と夫婦になれる日が待ち遠しい」
ミッチェルも恥じらいを見せつつ、微笑んで答えた。
「私もですわ」
こちらが用意した4頭だての立派な馬車が、家の前に停まっている。これからのソワール子爵への資金援助が確約された証であるかのように、ジュリエッタには思えた。
「では、また近いうちに」
「どうぞ、お気をつけて」
家長同士が挨拶し、ようやく見送り終えると、ジュリエッタは大きく息を吐き出した。
まったく、予想外の展開になってしまったわ……
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