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婚約者との初対面
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「ジュリエッタ、用意はできている?」
「えぇ。大丈夫ですわ、お母様」
ジュリエッタは再度確認するために、鏡を覗き込んだ。
ブルネットの少しウェーブがかった癖のある髪をカールしてアップに纏め、大きな花の髪飾りを飾っている。屈めば胸の谷間が見えそうなぎりぎりのラインにフリルをたっぷりあしらい、大きなエメラルドがついたネックレスをつけることで胸が小さいのをカバーしている。まぁ、コルセットの中に布を入れて誤魔化してもいるが。可愛らしいピンクのドレスにはフリルの下に小薔薇が飾られており、バックはボリュームを持たせるようにレイヤーになっていて、ここにも小薔薇が飾られている。
だが、繊細で可愛らしいデザインのドレスを筋肉質で大柄なジュリエッタが着るとどうも女性らしく見えない。まるで男性が無理やりドレスを着せられているような格好に見えてしまう。
たっぷり白粉を叩いて白く輝く肌を演出し、あえてチークやリップもつけずに肌の青白さを強調してみせる。これが最新の流行なのだとメイドたちに言われたのだが、どう見ても血色が悪いようにしか見えない。だが、気になっている低い鼻の周りのそばかすが目立たないのには満足した。太い眉も細く整え、瞳も大きく見えるようにラインを描いたのに、どうして女性らしく見えないのだろう。
自分が逞しく男らしい父親似で、魅力的な外見でないことは重々分かっている。だからこそ、18歳になるこの年まで婚約相手が見つからず、父があちこち手を回してようやく婚約に辿り着けたのだ。
いよいよ今日、アーロン様にお会いするのだわ。
ゴクリと生唾を飲み下し、緊張で頬を引き攣らせた。アーロン・ハームズワースはソワール子爵の爵士であり、今日をもって、ジュリエッタの婚約者となる。
ジュリエッタの父、ニコラスは貴族階級ではなく、この辺り一帯をおさめているジェントリ(地主)で、下院議員でもある。毛織物工業で莫大な財を成しながらも慈善事業に積極的に取り組んで地域社会に貢献していることから領民からの信頼も熱く、名士と言われるニコラスだが、爵位がないことをコンプレックスに思っていた。
そこで、財政的に困窮しているソワール子爵と縁戚を結ぶことによって、ニコラスは娘を貴族階級入りさせ、ソワール子爵は金銭援助を受ける。そう、これは政略結婚だ。
だが、ジュリエッタは自分が生まれた時から野心家である父が自分を政略結婚させるだろうことは分かっていたし、言い聞かせられてもいたので異論はなかったし、お家のためだと覚悟していた。
それに、噂ではアーロンは見目麗しく、ひとめ見た女性はたちまち恋に落ちてしまうと聞いていた。結婚するなら、もちろん相手は見た目がいいに越したことはない。父がジュリエッタのためにふたりの新居を建ててくれると約束してくれたし、おつきのメイドも数人連れて行くことになっている。
たとえ彼が仕事の能力や人脈作りに欠けていても、父がアーロンの後ろ盾となり、支えてくれることだろう。
今日は両家の顔合わせの日でもあるのだが、ジュリエッタにはひとつ心配事があった。それは、弟のミッチェルのことだ。
ミッチェルは、部屋から出てきてくれるかしら。
たとえ落ちぶれているとはいえ、相手は貴族だし、婚約者なのだから、失礼があってはならないわ。
ジュリエッタは頭を悩ませながらミッチェルの部屋の扉の前に立ち、コンコンと扉を叩いた。
「ミッチェル。今日は私の婚約者となるアーロン様との顔合わせの日なのだから、ちゃんと部屋から出てきてね」
呼び掛けても返事がない。
そこでジュリエッタはドスのきいた低い声で、扉越しに脅した。
「もし貴方が出てこないなら……お父様がミッチェルを無理やりにでもパブリックスクールへ戻すって……」
「それだけは嫌です!!」
焦ったミッチェルの声が響いた。
ミッチェルは上流階級の男子が通うパブリックスクールで寮生活をしていたのだが、そこで虐めにあい、耐えきれずに寮を逃げ出して家に帰り、それからずっと引き籠もっている。
ミッチェルは母親似で、女性と間違うほどに柔らかく美しい顔立ちで、背が低く、体の線も細くて華奢だ。おそらくそういったことから寮生たちにからかわれたり、虐められたりしたのだろう。
ジュリエッタは時折、自分が兄でミッチェルが妹なら、互いにどれだけ楽だっただろうかと考えることがある。男性ならそこまで容姿を気にする必要がないし、体力だって知性だってあり、騎士として名を上げる自信がある。
父はミッチェルにパブリックスクール卒業後は王室騎士団入りし、騎士として立派に役目を果たし、ゆくゆくは勲章を受けて家名をあげてほしいと期待していた。幼い頃から気弱で泣き虫で非力なミッチェルには到底無理だと本人も姉のジュリエッタにも分かっていたが、親の欲目では正常な判断はできないようだ。
ミッチェルの声を聞き、ジュリエッタは安堵の息を漏らした。
「じゃあ、支度をして出てきてね」
「本当に……出なければ、いけませんか?」
ここにきてもまだ迷いを見せるミッチェルに、ジュリエッタは溜息を吐いた。
「この際、どんな姿でもいいから婚約者の顔合わせだけは絶対に出て頂戴!」
そう言い放ち、ミッチェルの部屋を立ち去った。
「えぇ。大丈夫ですわ、お母様」
ジュリエッタは再度確認するために、鏡を覗き込んだ。
ブルネットの少しウェーブがかった癖のある髪をカールしてアップに纏め、大きな花の髪飾りを飾っている。屈めば胸の谷間が見えそうなぎりぎりのラインにフリルをたっぷりあしらい、大きなエメラルドがついたネックレスをつけることで胸が小さいのをカバーしている。まぁ、コルセットの中に布を入れて誤魔化してもいるが。可愛らしいピンクのドレスにはフリルの下に小薔薇が飾られており、バックはボリュームを持たせるようにレイヤーになっていて、ここにも小薔薇が飾られている。
だが、繊細で可愛らしいデザインのドレスを筋肉質で大柄なジュリエッタが着るとどうも女性らしく見えない。まるで男性が無理やりドレスを着せられているような格好に見えてしまう。
たっぷり白粉を叩いて白く輝く肌を演出し、あえてチークやリップもつけずに肌の青白さを強調してみせる。これが最新の流行なのだとメイドたちに言われたのだが、どう見ても血色が悪いようにしか見えない。だが、気になっている低い鼻の周りのそばかすが目立たないのには満足した。太い眉も細く整え、瞳も大きく見えるようにラインを描いたのに、どうして女性らしく見えないのだろう。
自分が逞しく男らしい父親似で、魅力的な外見でないことは重々分かっている。だからこそ、18歳になるこの年まで婚約相手が見つからず、父があちこち手を回してようやく婚約に辿り着けたのだ。
いよいよ今日、アーロン様にお会いするのだわ。
ゴクリと生唾を飲み下し、緊張で頬を引き攣らせた。アーロン・ハームズワースはソワール子爵の爵士であり、今日をもって、ジュリエッタの婚約者となる。
ジュリエッタの父、ニコラスは貴族階級ではなく、この辺り一帯をおさめているジェントリ(地主)で、下院議員でもある。毛織物工業で莫大な財を成しながらも慈善事業に積極的に取り組んで地域社会に貢献していることから領民からの信頼も熱く、名士と言われるニコラスだが、爵位がないことをコンプレックスに思っていた。
そこで、財政的に困窮しているソワール子爵と縁戚を結ぶことによって、ニコラスは娘を貴族階級入りさせ、ソワール子爵は金銭援助を受ける。そう、これは政略結婚だ。
だが、ジュリエッタは自分が生まれた時から野心家である父が自分を政略結婚させるだろうことは分かっていたし、言い聞かせられてもいたので異論はなかったし、お家のためだと覚悟していた。
それに、噂ではアーロンは見目麗しく、ひとめ見た女性はたちまち恋に落ちてしまうと聞いていた。結婚するなら、もちろん相手は見た目がいいに越したことはない。父がジュリエッタのためにふたりの新居を建ててくれると約束してくれたし、おつきのメイドも数人連れて行くことになっている。
たとえ彼が仕事の能力や人脈作りに欠けていても、父がアーロンの後ろ盾となり、支えてくれることだろう。
今日は両家の顔合わせの日でもあるのだが、ジュリエッタにはひとつ心配事があった。それは、弟のミッチェルのことだ。
ミッチェルは、部屋から出てきてくれるかしら。
たとえ落ちぶれているとはいえ、相手は貴族だし、婚約者なのだから、失礼があってはならないわ。
ジュリエッタは頭を悩ませながらミッチェルの部屋の扉の前に立ち、コンコンと扉を叩いた。
「ミッチェル。今日は私の婚約者となるアーロン様との顔合わせの日なのだから、ちゃんと部屋から出てきてね」
呼び掛けても返事がない。
そこでジュリエッタはドスのきいた低い声で、扉越しに脅した。
「もし貴方が出てこないなら……お父様がミッチェルを無理やりにでもパブリックスクールへ戻すって……」
「それだけは嫌です!!」
焦ったミッチェルの声が響いた。
ミッチェルは上流階級の男子が通うパブリックスクールで寮生活をしていたのだが、そこで虐めにあい、耐えきれずに寮を逃げ出して家に帰り、それからずっと引き籠もっている。
ミッチェルは母親似で、女性と間違うほどに柔らかく美しい顔立ちで、背が低く、体の線も細くて華奢だ。おそらくそういったことから寮生たちにからかわれたり、虐められたりしたのだろう。
ジュリエッタは時折、自分が兄でミッチェルが妹なら、互いにどれだけ楽だっただろうかと考えることがある。男性ならそこまで容姿を気にする必要がないし、体力だって知性だってあり、騎士として名を上げる自信がある。
父はミッチェルにパブリックスクール卒業後は王室騎士団入りし、騎士として立派に役目を果たし、ゆくゆくは勲章を受けて家名をあげてほしいと期待していた。幼い頃から気弱で泣き虫で非力なミッチェルには到底無理だと本人も姉のジュリエッタにも分かっていたが、親の欲目では正常な判断はできないようだ。
ミッチェルの声を聞き、ジュリエッタは安堵の息を漏らした。
「じゃあ、支度をして出てきてね」
「本当に……出なければ、いけませんか?」
ここにきてもまだ迷いを見せるミッチェルに、ジュリエッタは溜息を吐いた。
「この際、どんな姿でもいいから婚約者の顔合わせだけは絶対に出て頂戴!」
そう言い放ち、ミッチェルの部屋を立ち去った。
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