上 下
1 / 2

悪役令嬢に転生して主人公のメイン攻略キャラである王太子殿下に婚約破棄されましたので、張り切って推しキャラ攻略いたしますわ

しおりを挟む
「アンソワーヌ、お前との婚約を破棄する。私は純粋で心優しいソフィアを愛しているのだ。婚約者の顔をたてることもしない、高飛車で腹黒なお前など、もう無用だ!」

 皆が集まる社交場で得意げにそう告げたのは、婚約者……いえ、元婚約者である王太子殿下であるフィオナンテ様でした。その隣には、新しく婚約者となったソフィア嬢が立っています。

「分かり、ましたわ……フィオナンテ様、どうぞソフィア嬢とお幸せになられてくださいませ」

 殊勝にそう答えてお辞儀し、社交場から力なく出て行きました。そんな私を、お父様が血相を変えて追いかけてきます。

「アンソワーヌ! 私の可愛い娘、アンソワーヌゥゥ!! あぁ、なんてことだ……婚約破棄だなんて!!」
「お父様……いいんですの。仕方ないですわ、ソフィア嬢は愛らしくて可愛らしいお方。フィオナンテ様が心奪われるのも当然のことですわ」
「うぅっ、アンソワーヌ……すまないっっ。お前の幸せを思って王太子殿下との婚約を進めたがために、アンソワーヌを傷つけることになってしまって」
「お父様のせいではありませんわ……
 ただ……しばらくの間、私をひとりにしてくださっても、よろしくて?」

 お父様が瞳をウルウルさせて頷くと、馬車に乗り込む私を見送ってくださいます。

「本当に、いいのか? もし、心細いなら私も一緒に……」
「大丈夫ですわ、お父様。さぁ、パーティーにお戻りくださいませ。皆様、ご心配なさいますわ」

 健気に微笑むと、馬車の窓からお父様に軽く手を挙げました。

 窓から見えるお父様の姿が小さくなり、やがて背を向けたのを見届けると、次第に肩が小刻みに震えてきます。

「ック……ッグ……ッッ……フフッ……フフフッッ」

 や、やりましたわ……ようやく、フィオナンテ様との婚約解消に辿り着けました!!

 思い起こせば6歳でフィオナンテ様と婚約してからこの10年、なんと長い月日だったのでしょう。イケメンドSといえば聞こえはいいけれど、要は見た目だけが取り柄の横暴で博愛精神に欠け、思慮が浅く、プライドは山のように高い婚約者にイライラし通しの毎日でした。

 とはいえ、フィオナンテ様は王太子殿下である身、この私から婚約破棄などできるはずありません。

 王侯貴族が通うロイヤル学院にソフィア嬢が転入してきた時には、まるで天使のように感じましたわ。彼女こそが、フィオナンテ様と婚約破棄する鍵となる女性。

 けれど、そうなるためには、ソフィア嬢にフィオナンテ様を攻略キャラとして選んでいただく必要がありました。

 なぜなら、ここは乙女ゲーム『イケメン貴族たちに愛されて』、略して『イケ愛』の世界。フィオナンテ様は数ある攻略キャラの中の一人だったからです。王太子殿下のフィオナンテ様はドSイケメンという、王道メインキャラではありますけれど、共通ルートで出てくる他の男性キャラに心惹かれて、ソフィア嬢にそちらのルートに行かれてしまう可能性もあります。

 そうなれば、フィオナンテ様からの婚約破棄の可能性がなくなってしまいます。

 そうならないために私はソフィア嬢に近づき、裏から巧みに手引きをすることによって、ソフィア嬢がフィオナンテ様にご好意を持っていただくように、フィオナンテ様がソフィア嬢に心惹かれた上で私のことを嫌っていただくようにとお導きしたのですわ。

 そうして迎えた、今日の婚約破棄の発表。
 あぁ、こんなに晴れがましい日はありませんわ。

「これでようやく……アルモンド様を攻略できますわ」

 アルモンド様は保健室に行くと時々現れる、レアキャラなのです。

 漆黒の長い髪に、闇を映したような漆黒の瞳を覆う長い睫毛。影を帯びた憂いのある儚げな雰囲気、寡黙でありながらも言葉を発した時には思慮深さを感じ、滅多に見せることのない微笑みは誰をも魅了してやまない……前世にて『イケ愛』をプレイしていた私は、それまでフィオナンテ様推しだったのが、アルモンド様に出逢った途端に一気に心変わりをしてしまいましたの。

 そして、『イケ愛』でのフィオナンテ様とのエンド後に、アルモンド様ルートがオープンして歓喜したのですけれど……アルモンド様ルートにおいて、恋人エンドはなく、一番良いのが友達エンドなのでした。

 私は何度もアルモンド様ルートをプレイし、友人度を最高度にあげるべく必死になりました。けれど、いつも聞かせていただけるお言葉は、

「君と友達になれて嬉しいよ」

 えぇ、もちろん私も嬉しいですわ……
 けれど私、アルモンド様のご友人ではなく、恋仲になりたいのです!!

 ようやくフィオナンテ様と婚約破棄できたのですもの。私、頑張りますわ。

 翌日登校すると、私とフィオナンテ様の婚約破棄の噂が広まっておりました。あの社交場には多くのクラスメートも参加していたんですもの、当然ですわね。

 誰もが私を腫れ物のように遠巻きから見つめます。私は居た堪れず、教室には向かわずに保健室へと足を向け……えぇ、もちろん演技ですわ。

 アルモンド様、いらっしゃるかしら……

 そっと保健室の扉を開けると、窓から外を眺めていらっしゃったアルモンド様が振り向かれました。

 あぁ、いらっしゃったわ!

「ご機嫌、よう……」
「やぁ、アンソワーヌ」

 アルモンド様がそっと私を窺うような目線で、挨拶なさいました。

 アルモンド様が、私の名を!!
 あぁ、もう……このまま私、キュン死してしまいそうですわ。

『イケ愛』のアルモンド様グッズを買い漁り、乙ゲーカフェで『イケ愛』コラボした時には毎日通い詰めてアルモンド様の限定レモネードを飲んだあの日々……

 私の推しが、推しがー!!
 2次元ではなく、今3次元となって目の前に立っていますのね!!

「アンソワーヌ、目が赤いけど……大丈夫かい?
 その……何か、話したいことがあれば僕でよければ聞くよ」

 目が赤いのは、アルモンド様を目の前にして泣きそうになっているからなのですけれど、そのように解釈していただけてよかったですわ。

「アルモンド様……私が、フィオナンテ様に婚約破棄されたこと……知っていらっしゃいます?」
「あぁ……学校中で話題になっていたから」

 教室に顔を出さないアルモンド様まで知っていらっしゃるなんて、やはり学校中に噂が広まっているようですわね。

「……そう、ですか」
「すまない、アンソワーヌ。君のプライベートに立ち入ってしまって。もしひとりになりたいなら、僕は出ていくよ」

 逃がしませんわ。

 慌ててアルモンド様の裾をちょこんと掴みました。

「アルモンド様! アルモンド様に、ここにいて欲しいのですが……ご迷惑、ですか?」

 アルモンド様の瞳を真っ直ぐに見つめましたら、彼の頬がピンクに染まりました。

 こんな表情、アルモンド様ルートでも見たことありませんわ!
 ソフィア嬢がアルモンド様とお話される時に、ボディタッチなんてしませんでしたもの……アルモンド様、こんな反応なさるんですのね。可愛すぎて、きゅんきゅんしますわっ。

 あぁ、もっと色々な表情のアルモンド様が見たいですわ。

 私は緊張で身を固くしながら、アルモンド様の瞳を捕らえました。

「私……婚約者でありながらも、フィオナンテ様をどうしてもお慕いすることができず、このまま婚姻を結ぶことに不安を抱いておりましたの。ですから、フィオナンテ様とソフィア嬢が婚約されたことは、とても喜ばしいことだと思っておりますわ。
 けれど……あんな大勢がいる中で婚約破棄を宣言されて、学校中の噂になってしまって……私、身の置き場がありませんわ。これから、どうしたらいいのでしょう」

 俯き、肩を震わせていると、アルモンド様の手がそっと私の肩に触れましたの。

 あぁ、アルモンド様の手、手が……大きくて、温かな感触が今、私の肩にぃぃ……!!
 生きててよかった……!!

 転生、バンザイ!!

 潤んだ瞳で再びアルモンド様を見上げると、アルモンド様の美麗なお顔が間近に迫っていらっしゃいました。どういたしましょう、鼻血で保健室を洪水にしてしまいそうです。

「アンソワーヌ、僕は君の味方だよ」
「アルモンド様……」

 ソフィア嬢との恋人ルートはないけれど、脇役の悪役令嬢である私にはアルモンド様とのハピエンがあると信じたいですわ。いいえ、そうなるべく攻略してみせますわ!


 どうか、ワンチャン……お願いいたします!!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

悪役夫人になりたいですのに、旦那様が溺愛しすぎてなれませんわっっ!!

奏音 美都
恋愛
悪役令嬢として今まで数々の婚約破棄をさせてきた私が、幸せになどなれるはずない……そう思っていた私の前に現れたのが、ベイリー侯爵であるスミス様でした。 あれよあれよというまに婚約し、ベイリー侯爵夫人となったわけでしたが、これでは悪役令嬢だった私が名がすたります。これからは悪役夫人として暗躍いたしますわ! そう思っていましたのに、スミス様が私を溺愛しすぎて、悪役夫人にさせてくれませんっ。

哲子67歳★恋して焦げて乱れ咲き♪

obbligato
恋愛
67歳、二次元大好き独身女子のぶっとんだ恋愛劇。 ※哲子は至って真面目に恋愛しています。多少滑稽でも、笑いを堪えながら彼女を見守っていてあげてくださいね♪

悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る

黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。 ※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

醜い私を救ってくれたのはモフモフでした ~聖女の結界が消えたと、婚約破棄した公爵が後悔してももう遅い。私は他国で王子から溺愛されます~

上下左右
恋愛
 聖女クレアは泣きボクロのせいで、婚約者の公爵から醜女扱いされていた。だが彼女には唯一の心の支えがいた。愛犬のハクである。  だがある日、ハクが公爵に殺されてしまう。そんな彼女に追い打ちをかけるように、「醜い貴様との婚約を破棄する」と宣言され、新しい婚約者としてサーシャを紹介される。  サーシャはクレアと同じく異世界からの転生者で、この世界が乙女ゲームだと知っていた。ゲームの知識を利用して、悪役令嬢となるはずだったクレアから聖女の立場を奪いに来たのである。  絶望するクレアだったが、彼女の前にハクの生まれ変わりを名乗る他国の王子が現れる。そこからハクに溺愛される日々を過ごすのだった。  一方、クレアを失った王国は結界の力を失い、魔物の被害にあう。その責任を追求され、公爵はクレアを失ったことを後悔するのだった。  本物語は、不幸な聖女が、前世の知識で逆転劇を果たし、モフモフ王子から溺愛されながらハッピーエンドを迎えるまでの物語である。

悪役令嬢はヒロインに敵わないのかしら?

こうじゃん
恋愛
わたくし、ローズ・キャンベラは、王宮園遊会で『王子様を巻き込んで池ポチャ』をした。しかも、その衝撃で前世の記憶を思い出した。 甦る膨大な前世の記憶。そうして気づいたのである。  私は今中世を思わせる、魔法有りのダークファンタジー乙女ゲーム『フラワープリンセス~花物語り』の世界に転生した。 ――悪名高き黒き華、ローズ・キャンベルとして。 (小説家になろうに投稿済み)

婚約破棄された悪役令嬢が聖女になってもおかしくはないでしょう?~えーと?誰が聖女に間違いないんでしたっけ?にやにや~

荷居人(にいと)
恋愛
「お前みたいなのが聖女なはずがない!お前とは婚約破棄だ!聖女は神の声を聞いたリアンに違いない!」 自信満々に言ってのけたこの国の王子様はまだ聖女が決まる一週間前に私と婚約破棄されました。リアンとやらをいじめたからと。 私は正しいことをしただけですから罪を認めるものですか。そう言っていたら檻に入れられて聖女が決まる神様からの認定式の日が過ぎれば処刑だなんて随分陛下が外交で不在だからとやりたい放題。 でもね、残念。私聖女に選ばれちゃいました。復縁なんてバカなこと許しませんからね? 最近の聖女婚約破棄ブームにのっかりました。 婚約破棄シリーズ記念すべき第一段!只今第五弾まで完結!婚約破棄シリーズは荷居人タグでまとめておりますので荷居人ファン様、荷居人ファンなりかけ様、荷居人ファン……かもしれない?様は是非シリーズ全て読んでいただければと思います!

処理中です...