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矢野くんの、本当の彼女になりたい……です。
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突き当たりの信号を越えて、左に曲がる。タクシー会社の前を通り過ぎ、バス停を横目に右に曲がると、もううちの白いマンションが見えてきた。
暗い高架下をくぐったところで矢野くんが立ち止まり、水銀灯に照らされた彼の瞳が私を真っ直ぐに映し出す。
「俺、たちは……人から見たらジレジレするし、もどかしくてイライラするぐらい、進展がないのかもしれないけど……それでも、自分たちなりに悩んで、勇気出して、今までじゃ考えらんねーぐらい行動できたって、そう思うから……」
電車が近づいてくる音が聞こえてきて、矢野くんが口を噤んだ。リズムよく刻みながら電車がゴトン、ゴトン……と走り抜けていく音が、ふたりの頭上に響き渡る。
私たちは簡単なことも乗り越えられなくて、小さいことに躊躇して、相手の気持ちが分からなくて……見失いそうになってた。これからは、それぞれじゃなく、二人で乗り越えていきたい。
電車が音と共に遠退いていき、スッと息を吸い込むと矢野くんに告げた。
「矢野くん。
私……矢野くんの、本当の彼女になりたい……です」
「本当の、彼女って……?」
「これからは、恥ずかしくても教室で会ったら挨拶だけじゃなくてお喋りしたいし、たまには電話したり、部活がない時は一緒に帰ったり……ってことなんだけど……だめ、かな?」
矢野くんが右手でグッとマフラーを押し上げるから、彼の表情が見えなくて。沈黙が、恐くなる。
ワガママだって、上から目線って……感じちゃったかな。感じ悪く、聞こえちゃったかな……
考えれば考えるほど悪いことばっかり浮かんできて、体が小さく震えて、涙が滲んでくる。
「それ……すっげぇ、俺もしたい」
マフラー越しに、くぐもった矢野くんの声が聞こえてきた。それから、グイと右手で押し下げて現れた矢野くんの顔は真っ赤になってる。髪をクシャクシャっとすると、伏し目がちに呟いた。
「っとに、水嶋さん可愛すぎる……」
「か!? か、可愛くない! 可愛くない、可愛くないっっ!!」
顔中から一気に湯気が噴き出し、あまりの熱の上昇にクラクラしながら全力で否定すると、「ほら、そんなとこも……」とまた小さく呟くから、恥ずかしさのあまり目を合わせられなくて、両手で顔を覆った。
矢野くんって……こんな甘いセリフ言えちゃう人、なんだ。うわーっ、反則だよこれ……すっごいドキドキってゆうか、バクバクする。もし、これ以上のこと言われたら……キュン死、ありえるかも。
ゆっくりと顔を覆っていた手を離した私に矢野くんは笑顔を浮かべ、それから真剣な表情になった。
「俺、も……水嶋さんの、本当の彼氏になりたい。
堂々と俺の彼女って言いたいし、もっと水嶋さんのことが知りたいし、いろんな話したいし、ひとりで悩み抱えてないで俺に頼って欲しい。頼り、ないかもしれないけど……
それに……休み、とか……ふたりで、出かけられたらとか……思う、し」
ふたりで……デート!?
瞳を見開いた私に、矢野くんが右手を差し出した。
「これから……よろしく、ってことで」
慌てて手袋を外し、矢野くんの右手を握る。
「よ、よろしく……お願い、します」
矢野くんの手は氷みたいに冷たくて、手袋で温まっていた私の熱が急速に奪われていく。でも、それがすごく嬉しかった。
「行こっか」
「ぁ。うん……」
矢野くんは握手した手に力を込め、そのまま歩き出そうとしたけど、そうすると私の手がクロスしちゃって歩けない。
「ご、ごめっっ! ちょ、ちょっと待って……」
「うわっ! こっちこそ、ごめんっ!」
わたわたしながらもう一方の手に替えて、改めて手を繋ぎ直した。
初めて繋いだ手はお互いぎこちなくて、照れ臭くてドキドキしたけど……心まで温かくなって、ずっとこうしていられたらいいなって思った。
私たちは、ようやく恋人になれた。
ここから、始まるんだ……
歩きながら、矢野くんがボソッと言う。
「あの、さ……これ、から前川と登校すんの、やめてくんないかな」
「ぇ?」
「水嶋さんが前川のことなんとも思ってない、ってのは……聞いたけど、やっぱ二人でいるの見てると嫉妬、するし……」
矢野くんが顔を赤らめ、視線を逸らす。
「ごめっ……俺、すげぇ小さいよな」
「う、ううん!! そんなことない!! ……すごく、嬉しい。矢野くんの気持ち、これからもっといっぱい聞かせて欲しい。
私も、ちゃんと話すから」
微笑んでそう言うと、矢野くんが私を見てくれて。目が合うと笑い合った。
「そう、だな」
これからもっと、いっぱい話そう。
もっともっと、お互いのことを知っていこう。
ふと後ろを振り向くと、そこに大人になった私が立っている気がした。彼女の口は『ありがとう』と動いている。
もしかしてあれは『正夢』じゃなく、未来の私から過去を変えて欲しいっていうメッセージだったのかもしれない……
「水嶋さん、どうしたの?」
「なんでもない」
微笑むと、矢野くんの温かくなった手をギュッと握り締めた。
暗い高架下をくぐったところで矢野くんが立ち止まり、水銀灯に照らされた彼の瞳が私を真っ直ぐに映し出す。
「俺、たちは……人から見たらジレジレするし、もどかしくてイライラするぐらい、進展がないのかもしれないけど……それでも、自分たちなりに悩んで、勇気出して、今までじゃ考えらんねーぐらい行動できたって、そう思うから……」
電車が近づいてくる音が聞こえてきて、矢野くんが口を噤んだ。リズムよく刻みながら電車がゴトン、ゴトン……と走り抜けていく音が、ふたりの頭上に響き渡る。
私たちは簡単なことも乗り越えられなくて、小さいことに躊躇して、相手の気持ちが分からなくて……見失いそうになってた。これからは、それぞれじゃなく、二人で乗り越えていきたい。
電車が音と共に遠退いていき、スッと息を吸い込むと矢野くんに告げた。
「矢野くん。
私……矢野くんの、本当の彼女になりたい……です」
「本当の、彼女って……?」
「これからは、恥ずかしくても教室で会ったら挨拶だけじゃなくてお喋りしたいし、たまには電話したり、部活がない時は一緒に帰ったり……ってことなんだけど……だめ、かな?」
矢野くんが右手でグッとマフラーを押し上げるから、彼の表情が見えなくて。沈黙が、恐くなる。
ワガママだって、上から目線って……感じちゃったかな。感じ悪く、聞こえちゃったかな……
考えれば考えるほど悪いことばっかり浮かんできて、体が小さく震えて、涙が滲んでくる。
「それ……すっげぇ、俺もしたい」
マフラー越しに、くぐもった矢野くんの声が聞こえてきた。それから、グイと右手で押し下げて現れた矢野くんの顔は真っ赤になってる。髪をクシャクシャっとすると、伏し目がちに呟いた。
「っとに、水嶋さん可愛すぎる……」
「か!? か、可愛くない! 可愛くない、可愛くないっっ!!」
顔中から一気に湯気が噴き出し、あまりの熱の上昇にクラクラしながら全力で否定すると、「ほら、そんなとこも……」とまた小さく呟くから、恥ずかしさのあまり目を合わせられなくて、両手で顔を覆った。
矢野くんって……こんな甘いセリフ言えちゃう人、なんだ。うわーっ、反則だよこれ……すっごいドキドキってゆうか、バクバクする。もし、これ以上のこと言われたら……キュン死、ありえるかも。
ゆっくりと顔を覆っていた手を離した私に矢野くんは笑顔を浮かべ、それから真剣な表情になった。
「俺、も……水嶋さんの、本当の彼氏になりたい。
堂々と俺の彼女って言いたいし、もっと水嶋さんのことが知りたいし、いろんな話したいし、ひとりで悩み抱えてないで俺に頼って欲しい。頼り、ないかもしれないけど……
それに……休み、とか……ふたりで、出かけられたらとか……思う、し」
ふたりで……デート!?
瞳を見開いた私に、矢野くんが右手を差し出した。
「これから……よろしく、ってことで」
慌てて手袋を外し、矢野くんの右手を握る。
「よ、よろしく……お願い、します」
矢野くんの手は氷みたいに冷たくて、手袋で温まっていた私の熱が急速に奪われていく。でも、それがすごく嬉しかった。
「行こっか」
「ぁ。うん……」
矢野くんは握手した手に力を込め、そのまま歩き出そうとしたけど、そうすると私の手がクロスしちゃって歩けない。
「ご、ごめっっ! ちょ、ちょっと待って……」
「うわっ! こっちこそ、ごめんっ!」
わたわたしながらもう一方の手に替えて、改めて手を繋ぎ直した。
初めて繋いだ手はお互いぎこちなくて、照れ臭くてドキドキしたけど……心まで温かくなって、ずっとこうしていられたらいいなって思った。
私たちは、ようやく恋人になれた。
ここから、始まるんだ……
歩きながら、矢野くんがボソッと言う。
「あの、さ……これ、から前川と登校すんの、やめてくんないかな」
「ぇ?」
「水嶋さんが前川のことなんとも思ってない、ってのは……聞いたけど、やっぱ二人でいるの見てると嫉妬、するし……」
矢野くんが顔を赤らめ、視線を逸らす。
「ごめっ……俺、すげぇ小さいよな」
「う、ううん!! そんなことない!! ……すごく、嬉しい。矢野くんの気持ち、これからもっといっぱい聞かせて欲しい。
私も、ちゃんと話すから」
微笑んでそう言うと、矢野くんが私を見てくれて。目が合うと笑い合った。
「そう、だな」
これからもっと、いっぱい話そう。
もっともっと、お互いのことを知っていこう。
ふと後ろを振り向くと、そこに大人になった私が立っている気がした。彼女の口は『ありがとう』と動いている。
もしかしてあれは『正夢』じゃなく、未来の私から過去を変えて欲しいっていうメッセージだったのかもしれない……
「水嶋さん、どうしたの?」
「なんでもない」
微笑むと、矢野くんの温かくなった手をギュッと握り締めた。
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