矢野くんの、本当の彼女になりたい……です。

奏音 美都

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勇気を出して

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 連れられたのは、お約束ともいうべき女子トイレだった。一条さんを真ん中に、壁際に立つ私をぐるりと囲む逃げ場のない状況。

 一条さんが、顎をキッと上げて睨みつける。

「水嶋さんって、矢野くんと別れて前川くんと付き合ってるって聞いたけど、本当?」

 ぇ? えぇぇぇぇっっ!! なんでそんなことに!?

「や、矢野くんと別れたつもりは……私はないし、前川くんと付き合ってなんてないよ」

 取り巻きの女の子たちが次々に口を挟む。

「でも前川くん、最近水嶋さんと一緒にいるじゃん!」
「しかも昨日、ふたりで一緒に歩いてるの見た子がいるし」
「技術室の前で前川くんが告ってたって聞いたよ!」

 ひぇぇ、恐るべし、女子のネットワーク……

 揃いも揃って背が高い子ばっかりだから、囲まれてる感がハンパない。

「どうなのよ!?」

 一番右側にいた石田さんにバンッと壁を蹴られ、ビクッと震える。脳裏に『集団リンチで女子中学生死亡!』という新聞記事が浮かび上がり、ブルブルッと震える。

 矢野くんに気持ちを伝えないまま死ぬなんて、やだ……

「……たし、かに……前川くんには、好きって言われたけど……」

 そう言った途端、「うそー!!」「やっぱりそうだったのー」「なんでぇー!?」と次々に声が上がり、大騒ぎになった。そこには、なんで前川くんが私なんかを好きになるのよっていう思いが籠っているのをヒシヒシと感じた。

「でも、ちゃんと断ったから!!」

 勇気を出して大きな声で言うと、納得するどころか「えぇーっ、前川くん振るとかありえない!」「水嶋さんってさぁ、自分が綺麗とか思ってんの?」「生意気ー」とか言われるし、どっちにしても批判しか受けないのだと知った。

 ハァ……私、女子の世界で生き抜いていける自信、全くないよ。

 真ん中に立ってた一条さんは、取り巻きの子達が大騒ぎする中、黙って私の話を聞いていた。一条さんは背がすらっと高くて、腰まである長い黒髪はツヤツヤしてるし、目鼻立ちもはっきりしていてモデルみたいで、本当に華やかグループのリーダーに相応しい。密かに、涼子ちゃんより綺麗だと私は思ってる。

「ねぇ……水嶋さんは、前川くんのことが好きなわけじゃないのね?」

 一条さんが長い睫毛を瞬かせ、尋ねた。大きな瞳に見つめられてドキドキしながらも、小さくコクリと頷いた。

「私が好き、なのは……矢野くんだから」
「良かった……」

 心からホッとした表情を浮かべた一条さんは、本当に前川くんのことが好きなんだってことが伝わってきて、それを見た途端応援したくなった。私だって、誰かを好きになる気持ちが分かるから。

「一条さんみたいな美人から告白されたら、きっと前川くんだって好きになると思うよ」

 私の言葉に、一条さんが頬をピンクに染めた。わっ、可愛い。いつも美人でツンとしてて、近寄りがたいイメージがあったけど、こんな表情もするんだ。

「私は……ダメ。みんなから生意気とかプライド高そうって思われてるし、相手のこと見てるだけで、睨んでるって思われるし……
 私、水嶋さんみたいに小さくて可愛かったら良かったのに。そしたら私も、前川くんに好きになってもらえたかもしれないのに。水嶋さんが、羨ましい」
「えぇぇぇっっ、わ、私は小動物っていうかペット的な可愛さであって、人間ですらないし! 私は一条さんみたいに美人だったら良かったのにって凄く思うよ! 綺麗でスタイルが良くて、運動神経も良くて……私にはないもの、いっぱい持ってるもん」

 コンプレックスなんて何一つないんだろうなって思ってた一条さんが、まさか私のことを羨ましく思ってたなんて、考えもしなくてビックリした。

「怖がらせちゃってごめんね」

 そう言って一条さんは解放してくれて、取り巻きの子達も謝ってくれた。

 きっと、取り巻きの子達は一条さんに憧れてて、彼女に気に入られたいが為に同調したり、気に入られるような行為を進んでしていたんだろうなって思うと、さっきまで恐いと思ってた子達もちょっと可愛く思えてきた。
 
 本当に、外見や少し話したぐらいじゃ、その人の本質は分からないんだなぁ。私は今まで、見た目で判断して恐そうとか、苦手って決めつけてたんだ。

 ほんの一歩踏み出しただけで、世界はこんなにも変わっていく。変えることが、出来るんだ。
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