矢野くんの、本当の彼女になりたい……です。

奏音 美都

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勇気を出して

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 ベッドから起き上がり、目の高さにある壁時計に目をやると、5時だった。家族で一番早く起きてくるお母さんすら、まだ寝てる時間。足を忍ばせて二段ベッドの階段を下り、勉強机に座ると手元のライトを照らし、引き出しから大学ノートを出して夢のページを読み返す。

 正夢なら、これは未来に起こることなのだから仕方ないんだと諦めかけてた。自分が行動できないことへの言い訳にしてた。

 私の運命は……変えられるんだろうか。未来の私を、変えてあげることは出来るのかな。
 中学生の私が矢野くんとちゃんと向き合えなかったことで大人の私が苦しんだ10年間を、今の私が勇気を出すことによって変えられるのなら。

ーー変わりたい。後悔、したくない。

 私を情けない顔で見つめてる土偶に、心の中で話しかけてみる。

 ねぇ、出来ると思う?

 もちろん、答えてくれることなんてなくて。土偶にまで縋ろうとしてる自分が、おかしく思えてくる。

 ムジで買った机の上の卓上カレンダー、今日は2月8日。あと6日しかない。土日覗いたら、あと4日。

 でもこれがきっと、私に与えられたチャンスなんだ。ここで頑張らないと、矢野くんの心は遠く離れていってしまう。

 今日、学校に行ってからのことを想像してみた。

 うん、まずは挨拶からしてみよう。ちゃんと、矢野くんの目を見て。また無視されて傷つくかもしれないけど……それでも諦めずに、また話しかけてみよう。

 想像するだけで恥ずかしいし、誰かに見られたらどうしようなんて気持ちも湧いてくる。

 ふと、以前読んだ小説に出てきたフレーズが浮かんできた。

「失敗したって、誰か死ぬわけじゃないんだから大丈夫よっ!」

 いつも弱気で何も出来ない主人公を励まし続けてくれた、おばあちゃんのセリフだった。

 主人公と自分が重なり、そのセリフが胸に深く突き刺さる。

 そうだ。私が矢野くんに挨拶して死にそうに恥ずかしい思いをしたからって本当に死ぬわけじゃないし、誰かに迷惑をかけるわけでもないんだよね。

 そう思ったら、なんだか胸の奥底から力が湧いてくる気がした。

 お母さんが起きてきた気配を感じ、背伸びをしてから部屋を出て洗面所に向かうと、ちょうどトイレに入る直前のお母さんと鉢合った。

「あら、お姉ちゃん。早いわねぇ」
「うん。なんか目が覚めちゃって」

 顔を洗って歯磨きをしてるとお母さんが後ろを通り、洗濯機の蓋を開けて色物と区別しながら洗濯物を入れていく。洗剤を入れてスイッチが入るとジャージャーと水が流れ、一気に賑やかになる。お父さんがトイレに入る音が聞こえて、洗面所が渋滞しそうなので慌てて歯磨きを終えて出た。

 朝ごはんを食べてから制服に着替えて洗面所に戻り、肩についた髪を2つに分けて編み込みしようとしたけど、不器用な私は何度やっても上手くいかない。鏡に向かって悪戦苦闘していると、ようやく起きてきた和紗がブハッと吹き出した。

「お姉ちゃん、もしかして編み込みのつもり? 不器用すぎる!! 
 貸して、やったげるから」

 部屋の勉強机に座らされ、和紗はスプレーと分け櫛とワックス、ヘアゴム、コンパクトミラーを持ってきた。鏡がパタンと開けられて、目の前にセットされる。なんだか美容院にいるみたいで、ちょっと緊張する。

「お姉ちゃんの髪は細くて柔らかいんだから、ちゃんと固めとかないとそりゃ落ちてくるよ」

 そ、そっか……全然考えてなかった。

「なぁにぃ? 矢野くんとデートなの?」

 器用に分け櫛を使って髪を掬い取って編み込みしながら、楽しそうにニヤニヤと笑いかけてくる。

「べ、別にそんなんじゃないよっ。ただ、少しは可愛くしたら勇気も出るかと思って……」
「いいんじゃない? お姉ちゃんはさ、もっと自分に自信持っていいよ! 何しろ、告白されたぐらい可愛いんだから」

 和紗の言葉が私を励ますために掛けてくれたのだと分かっていても、今の私にとってそれはとても嬉しい言葉で、信じたいと思えた。和紗の手によって、綺麗に編み込まれていく私の髪。いつもは自信なさげに俯いている顔を、ぐっと持ち上げたい気分になる。

「できたよ!」
「ありがと、和紗。ねぇ、時間大丈夫?」
「ぇ。うわっ、やばっ!!」

 和紗は慌てて顔を洗うため、洗面所へと駆け込んで行った。

 ご、ごめんね和紗……
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