41 / 91
涙の理由
3
しおりを挟む
手紙に書いたのは、ほんの3行の言葉だった。
『矢野くんへ
よろしくお願いします。
水嶋 美紗子』
昨日の夜、矢野くんへの想いを綴った手紙を書いていたんだけど、朝読み返したらとんでもなく恥ずかしくなって、机の引き出しの奥にしまいこみ、新たにこっちを書いたのだった。これが私の、精一杯。
冷たい秋風が吹き付けてきた。
「寒いね。教室戻ろっか」
多恵ちゃんの言葉に頷き、湿った落ち葉を踏みしめながら歩く。
影の切れ目が見え、暖かい陽が射す校舎の表側へと出た途端、人影が私を覆った。
「ハァッ、ハァッ……ここにいたのか……」
顔を上げると、そこには息を弾ませる前川くんがいた。その顔を見て、思わず体を硬くする。
今朝、助けてくれたと思ったのは勘違いだったようで、どうやら機嫌が悪かっただけみたい。
あれから前川くんに睨みつけられたり、体育の時にギリギリで掬い上げて必死に纏めた後ろ髪のゴムを外されたり、すれ違い際に100円と値札のついたシールを貼られたり……小学生の頃を思い出すような嫌がらせをされ、八つ当たりされていた。中学生になってからはそういったことがなくなって、少し安心してたのに……
触らぬ神に祟りなし……何も言わずに過ぎ去ろう。
俯きながらすれ違おうとした瞬間、いきなり右手を掴まれて再び校舎の裏へと連れ込まれる。
えっ、えっ、何これ……私、どうして前川くんに拉致されてるの!? 嫌がらせにしても、ちょっと度を越してませんか!!
「野中、ちょっと水嶋借りる」
たぶん前川くんに『水嶋』なんて呼ばれたの初めてで、その真剣な声音にドクンと心臓が音をたてた。
「ぇ……でも……」
戸惑う多恵ちゃんに、前川くんが言葉を重ねる。
「ふたりで、話したいから」
「ぁ、うん……分、かった……」
多恵ちゃんは前川くんの勢いに押され、頷いた。『ドナドナ』の牛になった気分で、涙を溜めて救いを求めて多恵ちゃんを見つめるけど、多恵ちゃんはそれ以上関与することなく、「教室で待ってるね」という残酷な言葉を突きつけて去ってしまった。
そんなぁ……
前川くんに腕を掴まれたまま、項垂れるように頭を下げた。
「ぁの、ごめんなさい……」
「ん?」
「なんか、怒ってるみたいだから……」
謝ったから、もう解放して欲しい……そんな願いは叶えられることなく、前川くんは眉を寄せて支配者のごとく私を見下ろしている。彼の機嫌は、輪をかけて悪くなっていた。
な、なんでぇ!?
前川くんが一歩にじり寄り、私が二歩後ずさる。そんなことを続けているうちに、壁際まで追い詰められてしまった。右手を掴んだまま、前川くんのもう片方の手が私の頭の横をダンッと叩く。
ひぇっ、本日二回目の壁ドン。しかも、どっちも恐いだけだし……
「お前さ……昨日、塩沼公園にいたの……矢野と会うためだったのか?
お前、あいつと付き合ってんのかよ?」
前川くんの眉間が更に狭まり、私を睨みつける。低く落とされた声にビクッとし、爪で捕らえられる前の小動物のように体が竦む。
多恵ちゃんが先生呼んできてくれるとか、ないかな。矢野くん……どこにいるんだろう。私は誰に助けを求めたらいいの……
視界が落ち着きなく、あちこち彷徨う。
「おい、聞いてんのかりんご!!」
「は、はいぃっ」
再びビクンッと体を震わせると、ハァーッと大きく溜息を吐いて前川くんが項垂れた。
溜息吐いて項垂れたいのは、こっちだよ。
なんで私が、こんな目にあわないといけないの?
そう、言いたいのに……
顔を上げた前川くんの瞳がなぜだか切なく揺れていて、初めて見る表情に声を失ってしまった。
『矢野くんへ
よろしくお願いします。
水嶋 美紗子』
昨日の夜、矢野くんへの想いを綴った手紙を書いていたんだけど、朝読み返したらとんでもなく恥ずかしくなって、机の引き出しの奥にしまいこみ、新たにこっちを書いたのだった。これが私の、精一杯。
冷たい秋風が吹き付けてきた。
「寒いね。教室戻ろっか」
多恵ちゃんの言葉に頷き、湿った落ち葉を踏みしめながら歩く。
影の切れ目が見え、暖かい陽が射す校舎の表側へと出た途端、人影が私を覆った。
「ハァッ、ハァッ……ここにいたのか……」
顔を上げると、そこには息を弾ませる前川くんがいた。その顔を見て、思わず体を硬くする。
今朝、助けてくれたと思ったのは勘違いだったようで、どうやら機嫌が悪かっただけみたい。
あれから前川くんに睨みつけられたり、体育の時にギリギリで掬い上げて必死に纏めた後ろ髪のゴムを外されたり、すれ違い際に100円と値札のついたシールを貼られたり……小学生の頃を思い出すような嫌がらせをされ、八つ当たりされていた。中学生になってからはそういったことがなくなって、少し安心してたのに……
触らぬ神に祟りなし……何も言わずに過ぎ去ろう。
俯きながらすれ違おうとした瞬間、いきなり右手を掴まれて再び校舎の裏へと連れ込まれる。
えっ、えっ、何これ……私、どうして前川くんに拉致されてるの!? 嫌がらせにしても、ちょっと度を越してませんか!!
「野中、ちょっと水嶋借りる」
たぶん前川くんに『水嶋』なんて呼ばれたの初めてで、その真剣な声音にドクンと心臓が音をたてた。
「ぇ……でも……」
戸惑う多恵ちゃんに、前川くんが言葉を重ねる。
「ふたりで、話したいから」
「ぁ、うん……分、かった……」
多恵ちゃんは前川くんの勢いに押され、頷いた。『ドナドナ』の牛になった気分で、涙を溜めて救いを求めて多恵ちゃんを見つめるけど、多恵ちゃんはそれ以上関与することなく、「教室で待ってるね」という残酷な言葉を突きつけて去ってしまった。
そんなぁ……
前川くんに腕を掴まれたまま、項垂れるように頭を下げた。
「ぁの、ごめんなさい……」
「ん?」
「なんか、怒ってるみたいだから……」
謝ったから、もう解放して欲しい……そんな願いは叶えられることなく、前川くんは眉を寄せて支配者のごとく私を見下ろしている。彼の機嫌は、輪をかけて悪くなっていた。
な、なんでぇ!?
前川くんが一歩にじり寄り、私が二歩後ずさる。そんなことを続けているうちに、壁際まで追い詰められてしまった。右手を掴んだまま、前川くんのもう片方の手が私の頭の横をダンッと叩く。
ひぇっ、本日二回目の壁ドン。しかも、どっちも恐いだけだし……
「お前さ……昨日、塩沼公園にいたの……矢野と会うためだったのか?
お前、あいつと付き合ってんのかよ?」
前川くんの眉間が更に狭まり、私を睨みつける。低く落とされた声にビクッとし、爪で捕らえられる前の小動物のように体が竦む。
多恵ちゃんが先生呼んできてくれるとか、ないかな。矢野くん……どこにいるんだろう。私は誰に助けを求めたらいいの……
視界が落ち着きなく、あちこち彷徨う。
「おい、聞いてんのかりんご!!」
「は、はいぃっ」
再びビクンッと体を震わせると、ハァーッと大きく溜息を吐いて前川くんが項垂れた。
溜息吐いて項垂れたいのは、こっちだよ。
なんで私が、こんな目にあわないといけないの?
そう、言いたいのに……
顔を上げた前川くんの瞳がなぜだか切なく揺れていて、初めて見る表情に声を失ってしまった。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
【短編集2】恋のかけらたち
美和優希
恋愛
魔法のiらんどの企画で書いた恋愛小説の短編集です。
甘々から切ない恋まで
いろんなテーマで書いています。
【収録作品】
1.百年後の未来に、きみと(2020.04.24)
→誕生日に、彼女からどこにでも行ける魔法のチケットをもらって──!?
魔法のiらんど企画「#つながる魔法で続きをつくろう」 で書いたSSです。
2.優しい鈴の音と鼓動(2020.11.08)
→幼なじみの凪くんは最近機嫌が悪そうで意地悪で冷たい。嫌われてしまったのかと思っていたけれど──。
3.歌声の魔法(2020.11.15)
→地味で冴えない女子の静江は、いつも麗奈をはじめとしたクラスメイトにいいように使われていた。そんなある日、イケメンで不真面目な男子として知られる城野に静江の歌と麗奈への愚痴を聞かれてしまい、麗奈をギャフンと言わせる作戦に参加させられることになって──!?
4.もしも突然、地球最後の日が訪れたとしたら……。(2020.11.23)
→“もしも”なんて来てほしくないけれど、地球消滅の危機に直面した二人が最後に見せたものは──。
5.不器用なサプライズ(2021.01.08)
→今日は彼女と付き合い始めて一周年の記念日。それなのに肝心のサプライズの切り出し方に失敗してしまって……。
*()内は初回公開・完結日です。
*いずれも「魔法のiらんど」で公開していた作品になります。サービス終了に伴い、ページ分けは当時のままの状態で公開しています。
*現在は全てアルファポリスのみの公開です。
アルファポリスでの公開日*2025.02.11
表紙画像は、イラストAC(がらくった様)の画像に文字入れをして使わせていただいてます。
カーテン越しの君
風音
恋愛
普通科に在籍する紗南は保健室のカーテン越しに出会ったセイが気になっていた。ふとした拍子でセイが芸能科の生徒と知る。ある日、紗南は喉の調子が悪いというセイに星型の飴を渡すと、セイはカーテン越しの相手が同じ声楽教室に通っていた幼なじみだと知る。声楽教室の講師が作詞作曲した歌を知ってるとヒントを出すが、紗南は気付かない。セイはお別れをした六年前の大雪の日の約束を守る為に再会の準備を進める一方、紗南はセイと会えない日々に寂しさを覚える。
魔術師の妻は夫に会えない
山河 枝
ファンタジー
稀代の天才魔術師ウィルブローズに見初められ、求婚された孤児のニニ。こんな機会はもうないと、二つ返事で承諾した。
式を済ませ、住み慣れた孤児院から彼の屋敷へと移ったものの、夫はまったく姿を見せない。
大切にされていることを感じながらも、会えないことを訝しむニニは、一風変わった使用人たちから夫の行方を聞き出そうとする。
★シリアス:コミカル=2:8
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。

許嫁〜現代の悪役令嬢は、死んでも婚約破棄は致しませんっ!!〜
風雅ありす
恋愛
男子高校生の富瀬 奏也(とみせ そうや)は、スポーツが得意で明るく社交的な性格な上にルックスも良く、学校の人気者。
そのため、女子から告白されることも多いが、実は彼には、全校生徒が周知の許嫁がいる。
柏崎 紫(かしわざき ゆかり)。
美人でスタイルも良く成績優秀な彼女は、陰ながら〝現代の悪役令嬢〟と呼ばれている。
その理由は、自分という許嫁の存在を周囲に見せつけ、奏也に近づく女子を片っ端から追い払うからだ。
例え、奏也が自分以外の女子を好きになったとしても、紫は、決して許さない。
奏也が自分と婚約破棄することを――――。
※短編小説です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる