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涙の理由

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 303号室のインターホンを鳴らした途端、勢い良くドアが開け放たれた。

「美紗ちゃん、矢野くんと付き合ってるってほんと!?」

 あぁ……涼子ちゃんに知られてるってことは、学校中の噂になってるってことだ……

 このまま9階まで戻って一日中家に閉じ籠っていたい気分になった。

 いつもならスマホと睨めっこしてる涼子ちゃんを盲導犬として静かに誘導するはずの私が、今日は質問攻めにあっている。

「ねぇ、告白は矢野くんからされたの? どんな風に告られたの? 塩沼公園に呼び出されたんだよね? 美紗ちゃん、制服だったらしいね。どうして着替えなかったの? 公園で手ぇ繋いだりした? キスは?」

 全ての質問において黙秘権を行使しようと思ってたけど、あまりの質問に慌てて口を挟んだ。

「まままままさか!! するわけないじゃん! 手だって繋いだことないし!!」
「ふーん、そうなんだ……」

 涼子ちゃんは思惑顔になると、素早くスマホを手にし、目にも止まらぬ速さで両親指を使ってタイピングし始めた。

 今私が答えたことは、もう既に学年中に回っているのだろう……

 私についての話題なのに、私自身はどんなことを言われているのか見れないのだと思うと、余計に気が滅入った。

 ようやく昇降口で涼子ちゃんの魔の手から逃れ、一息吐くけど……ちらちらと向けられる周りからの視線を感じて落ち着かない。

 美男美女カップルなら分かるけど、なぜ地味に生きてきた私と矢野くんが突如スポットライトを当てられないといけないのだろう。スポットライトを浴びて輝く人もいれば、萎縮して影に隠れたがる人もいるんだよ。本当に……そっとしておいて欲しいな。

 とぼとぼと廊下を歩き、階段を上がっているところで、

「美紗ちゃーん、おはよー!!」

 多恵ちゃんが階段を転がる勢いで駆け下りてきた。

「美紗ちゃん、ほんっっとごめんっ!! 私が待ち合わせの場所、塩沼公園にしたばっかりに赤井に見られちゃったみたいで」

 やっぱり、赤井くんが噂の元だったんだ。

「多恵ちゃんのせいじゃ、ないよ……私も、まさかあそこで会うなんて思ってなかったし」

 終わったことは、仕方ないよね。でも……これから、どれぐらい噂が続くのかと思うと、気が重くなるのは確かだった。

「あの、さ……教室、一緒に行こ?」

 いつもより数倍固い多恵ちゃんの表情に、これは何かあるんだろうな……と、更に気が重くなった。

 矢野くんはもう、来てるのかなぁ。まだ、返事すらしてないのに付き合ってることが噂になってるとか、凄く顔合わせづらいよ。

 多恵ちゃんがガラッと教室の扉を開け、それに続いて中に入ると男子達のお祭り騒ぎの中に投げ込まれた。口笛が吹き荒れ、もう何言ってるんだか分かんないヤジがあちこちから飛び、黒板には相合傘で矢野と水嶋の名前が書かれてた。その中には、この騒ぎの張本人である赤井くんもいた。

「あー、もう誰よ! さっき消したばっかなのに!!」

 多恵ちゃんが怒ってドスドスと足を踏み鳴らして黒板に向かい、サッと素早く消してくれる。

 なんか責任感じさせちゃったみたいで、申し訳ないな。うぅっ、早くこのお祭り騒ぎが終わりますように……

 再び教室の扉がガラッと開き、矢野くんが入ってくるとクラス中の視線がそこに集中する。

「矢野ー、お前水嶋さんに告白したんだってな」
「颯太ー、りんごちゃんのことずっと好きだったのかぁー」
「ほら、お前らなんか話せよー!」

 口笛が鳴らされ、囃し立てられ、私たちは真っ赤になって立ちすくむしか出来なかった。

「ちょ、あんた達やめなさいよ! 二人が困ってるでしょ!」

 私達の代弁者として多恵ちゃんがかばってくれるけど、そんなことで騒ぎが収まりそうな気配はない。


 ガターーンッ!!


 突然の大きな音にビクッとして振り向くと、一番後ろの前川くんの机が床に倒れていた。ふんぞり返ってる彼の態度から、わざと足で蹴ったみたいだった。

「おめーら、うるせーんだよ!!」

 静まり返った教室に、前川くんの怒声だけが響き渡る。

 ぁ、れ……もし、かして……助けて、くれたのかな?

 すぐに予鈴が鳴り、同時に村中先生が教室に入ってきた。

「お前らなんの騒ぎだー。教室の外まで聞こえてきたぞー」

 先生の声を合図に、皆が蜘蛛の子散らすように一斉に席へと戻り、ホッと息を吐いた。

 チョークで濃く書かれた相合傘は消された後もまだ黒板に跡が残っていて、それを見た村中先生がニヤリと笑う。

「おぉ、若いなー中学生! 相合傘とかお前らでもまだやってんだな、懐かしー!」

 先生、そこは止めるとこじゃないんですか……

 あぁ、今日は長い1日になりそう。
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