矢野くんの、本当の彼女になりたい……です。

奏音 美都

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手紙

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 不安な気持ちで電話の前で正座して待ち続けていると、着信音が鳴り、慌てて取った。

「もしもし、水嶋で……」
『矢野との待ち合わせ、明日の4時半、塩沼公園だから』

 一瞬、言葉に詰まり、多恵ちゃんの言葉を頭の中で文字にして読んでみる。『矢野との待ち合わせ、明日の4時半、塩沼公園』……えぇっっ!!

「待ち合わせ、って……」
『やっぱこうゆうことは、当人同士話し合った方がいいと思って。矢野との約束、取り付けといたから! 合唱コンクールの翌日は全部活休みだしさ、ちょうどいいじゃん!』

 えぇぇぇぇぇぇっっ!!

「む、むりむりむりぃぃっっ!! 多恵ちゃん、ついてきてくれるんだよね?」

 藁にも縋る思いで言った私に、多恵ちゃんがフフンと鼻で笑った。

『何言ってんのぉ! せぇっかくの二人きりになれるチャンスじゃない。もちろん明日の報告は、しっかりしてもらうからね!』
 
 そ、そんなぁ……

 あまりに突然に言い渡されたミッションは、私にとって敵国の国家機密を探れと命令されるぐらいの衝撃だった。打ち拉がれる私の耳に、『ピンポーン♪』という小気味いい音が響く。

『あ、LINE来たから、じゃあねぇ。ふふっ、明日頑張ってね!』

 無情にも、通話が切られてしまった。

 どどどどどどうしよう…… 

 深く溜息を吐いた後、暫く放心状態でボーッとする。

 それから明日のことを考えて発狂しそうになって、叫び出したい気分になった。

 い、いきなり矢野くんとふたりきりで会うとか無理無理無理、絶対無理だよぉ。挨拶ですらドキドキするのに、それが会話、とか。し、しかも公園で……デート、みたいじゃない? え、待って。これって初デートになっちゃうの!? そ、そんなまだ付き合ってもないのにいきなりデートとか、ハードル高すぎる。

 あまりにも一気にたくさんの声が頭の中で喋りだして、大混乱の渦に呑まれていく。

 私の恋愛遍歴なんて、保育園の時にちょっといいなって思った佐々木くんと前の小学校の時に同じクラスだった鈴木くんで、二人とも会話を交わすことなく、私の淡い想いだけで終わってしまった、恋とも呼べない感情だった。

 そんな私に突然到来した矢野くんからのラブレターと明日の公園での待ち合わせは、14年の人生経験全て合わせたところで乗り越えられそうにない。

 逃げたいけど、どこにも逃げ場はない。いや、逃げちゃいけない。矢野くんが明日塩沼公園に私に会いに来てくれるのなら、行かないわけにはいかない。いかないわけにはいかないって何か変な言い方? とにかく、行かないと。

 そんなパニック状態の中、ふと、入院してた時の夢を思い出した。

 ちょっと待って。あれって……正夢、だったってこと?

 机に座ると引き出しを開け、あれから一度も開いていない大学ノートを取り出した。今の時点での私の夢の記憶は、かなり曖昧あいまいで、うすぼんやりとしたものになっている。

 和紗にまた覗かれることのないよう、二段ベッドの上にノートを持って上がり、うつ伏せになるとその下にノートを広げた。

 パラっと頁を捲ると、筆圧の濃い少し右肩上がりの字で、夢の内容がことごとく詳細に描かれていて、それを読み進めていくうちに、私の薄くなった記憶が上塗りされて濃くなっていく。

 もし、これが正夢だったとしたら……私はたとえ矢野くんと付き合えたとしても、別れを告げられることになるんだ。
 そして、その思いを10年も引きずったまま過ごすことになってしまうんだ……

 想像したら……怖い、と思った。

 今、私の気持ちは確かに矢野くんに向かってるけど……でもまだ、その想いは蕾から少しずつ開こうとしている段階だ。

 もし矢野くんと付き合うことになって、想いが花開いて……それが、無残に摘み取られてしまったとしたら……私は、深く傷つくことになるのだろう。だからこそ、10年も忘れられず、後悔を引き摺ってたんだ。


 そんな思いをするぐらいなら……
 矢野くんとは、付き合わない方がいいのかもしれない。

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